【テーマ・こくご】


砂のなかに
ひとりで咲く花

いちねんのうち
364日を
なみだで過ごす

ほんとうは
つぼみがかたく
閉じていたころ

ひとりで枯れゆく
はずだった

けれどもあの日
オアシスの
気まぐれな王子さま

つぼみのお花に
お水をさして
くださった

咲くはずなかった
花をひらいて

砂のなかに
ひとりで咲く花

枯れることが
できなくなった

いちねんのうち
364日を
なみだで過ごし

気まぐれ王子に
枯れたすがたを
見せぬように

さいごの1日に
王子になみだを
見せぬように



砂のなかに
ひとりで咲く花

嵐にかくれて
ひとりで咲く花

こんな花は
これ一世代きり
二度と咲いては
いけないと

風にたねを
飛ばさぬように

虫にこなを
持たせぬように

来るともわからぬ
気まぐれな王子さま

今度はきっと
摘んでくれる

砂のなかに
ひとりで咲く花

名もない花を
咲かせた罪を

こっそり恨みに
思いながら

いちねんのうち
364日を
なみだで過ごす



砂のなかに
ひとりで咲く花

その1日を
生きるためだけ
なみだをながす

さみしかろうね
つらかろうね

そんな言葉も
花には届かず

枯れるはずの
つぼみのときに

お水をくれて
去ってしまった
気まぐれな王子さま

そのやさしさが
うれしくて
そのやさしさが
せつなくて

いちねんのうち
364日を
王子を思って
なみだで過ごす



砂のなかに
ひとりで咲く花

王子も知らない
名もない花

誰にも見られず
枯れることなく

砂のなかに
ひとりで咲く花
【テーマ・こくご】


ぼくは意気揚々としていた
こんな気持ちは久しぶりだった
こんなにウキウキしたのは
たぶん初めてだと思う


ぼくは念願かなって
あの世行きの列車の
乗車券を手に入れた

ううん、正確には
切符はこれからもらうんだけど
ICUでぼくのからだは
もう息を吹き返さないだろうから
もう切符は手に入ったも同然だ

ぼくは駅舎のなかに入って
エスカレーターを降りていた

今時あの世行きの列車も
地下鉄なんだろうか
ちょっとイメージ違うかな
なんて思いながら
エスカレーターに運ばれながら
ぼくは本当に久しぶりに
意気揚々としていたんだ




切符売り場のようなところで
ぼくは長い列に並んだ

みんな何か書類にサインして
何かの紙切れと引き換えに
切符をもらっている

紙切れがお金だったらどうしよう
ぼくは目を凝らして
みんなの手元を探ったけど
それが何かわからなくて
順番を待つうちに
だんだん気分が悪くなった


「次のかた、どうぞ」

ぼくは窓口の
おじさんのような
黒い服のかたまりの前に
少し緊張して立った

「こちらの書類に記入してください」

この世じゃ何をするにも
どこへ行くのもまず書類だ

学校に入るにも
病院にかかるにも
銀行口座をつくるにも
必ず書類だ

この世とおさらばするってのに
この期に及んでまたまた書類だ

ぼくはうんざりしながら
差し出された紙に目をやった

まずは氏名か
そう身構えてペンを握って
ぼくは固まってしまった

紙は真っ白だった

ぼくはあっという間に混乱して
おじさんみたいな服のかたまりに
恐る恐るきいてみた

あの
どこになにを書くんですか?


黒いかたまりは
あまり意外そうな素振りも見せないで
「そうですか」
と一言だけ言うと
白い手のようなものを服のなかから
音もなく現すと
ぼくの前から真っ白な紙を取り去って
代わりに別の紙を差し出した

「ではこちらに記入してください」


それは見慣れた書式で
氏名、生年月日、現住所とか
そういうものが書くようになっていて
ぼくはホッとした

これなら簡単、書き進めてぼくは
また固まってしまった


出生理由?

「すみません、この出生理由って
死亡理由とか死因とかの
間違いじゃないですか」

ぼくはきいた

すると黒いおじさんは言った

あなたはまだ死亡していませんから
死亡の原因はいりません
出生の理由をお書きください


ぼくはまた混乱した

死んでない?
そうか列車に乗って
あの世に行くまで
死んだとはみなされないんだな

ぼくは勝手に納得したけど
今度は生まれた理由を考えなきゃ
ならなくなって
ますます混乱してきた

「そりゃお母さんが
ぼくを産んだのが理由でしょ」

混乱したぼくは半ばヤケクソになって
黒いおじさんに向かって言ったけど
黒いおじさんがぼくを無視したから
なんだか独り言のようになってしまった

ぼくはぼくの言った独り言を
そのまま紙に書こうとした

そのとき黒いおじさんが言った

ではあなたのお母さんが
あなたを産んだ理由をお書きください

「はあ?」


ぼくは今度は
ぼくが黒いかたまりを
無視してやろうと思った

だけどこの書類をちゃんと書かなきゃ
切符がもらえないんじゃ
どうしようもないから
しかたなく
母親がぼくを産んだ理由を考えた

貧しい生活をしていたらしい母親は
ぼくを身ごもっても
おろすこともできなかったんだろう

ぼくを産まなきゃよかったって
いつも思っていたはずだ

ぼくは書類に
「しかたなく生まれた」
と殴るように書き込んだ


黒いおじさんが言った

ではそれを証明する書類を
添付してください

「はあ?」

しかたなく生まれたことを
証明する書類を添付してください

黒いおじさんは
繰り返して言った
それはすごく
なんていうか
事務的だった

ぼくは腹が立った

「そんなものあるわけないでしょう!」

ぼくの怒鳴り声は
ぼくのなかにこだましたけど
黒いおじさんは
ビクともしないで
ぼくの怒鳴り声をスルーした

そうですか
ではその下の欄の記入を続けてください


ぼくはもうヤケクソになった
それでずんずん書類を書いた

首の座った年月日
寝返りうった年月日
直立二足歩行開始年月日

母国語習得期間
感情表現訓練期間
身体能力養成期間

主な身元保証人
主な監督者
主な生命維持補助者



なんのことか
わからないものには
みんな母親の名前を書いた

母親の名前を書くなんて
ぼくには初めてのことだったし
馬鹿げた書類に対する怒りで
ぼくの指はわなわな震えていたから

母親の名前は
醜く歪んでしまっていた

だけどそんなことは気にしなかった
こんな馬鹿な手続き
さっさと終わらせて
列車の切符が欲しかった



書類の記入欄を
やっと黒く埋めたころには
ぼくはさんざんだった

黒い服のかたまりのようなおじさんが
書き終えた書類に目を通す間も
ぼくは書類がそれでよかったか心配するより
突き返したら許さないくらいの
怒りと屈辱に燃えていた

そんなぼくを
黒いおじさんは
それまで通りにスルーして

はい、けっこうです


そう言ったものだから
ぼくはたちまち決まり悪くなった

それでよかったのか
一瞬ぼくは自分の嘘を
気づいていながら許してくれた
母の姿を思い出したような気がして

慌ててそれを消し去った


黒いおじさんは言った

ではこちらにサインしてから
こちらの扉をお通りください

ぼくはまだ死んでない
そう言われたはずなのに
気分はもう幽霊だった

足音も聞こえず
ふらふらと扉に近づくぼくに

黒いおじさんがもう一度声をかけた


では
出生許可証と
死亡許可証を
見せてください


ぼくはもう
なんの意気もないまま
つぶやいた

「生まれるにも許可がいって
死ぬのにも許可がいるんですか
そんなのいったいどこの誰が
許可するもんなんですか!」


黒いおじさんは
やさしく言った


それはあなたですよ



ぼくがそのあと
あの世行きの列車に乗ったかどうか

それはぼくにも
実はわからない
【テーマ・かていか】


学校で図工や習字のある日は
なるべく汚れの目立たない服を
選んで着たりします

あらかじめ
汚れるのを予想して
万一汚れても
大丈夫なように
予防するんですね

なにが大丈夫なんでしょう

白いシャツでも
黒いトレーナーでも
汚れは汚れで
しみはしみです

汚れが目立つか目立たないか
その違いがあるだけ

つまり汚れは目立たないほうがいい

服を汚せばショックだし
汚せば汚れた服を着ているのは
恥ずかしい

服だけじゃなくて
もっと別のものも
きっと汚れてしまう



ついた汚れやしみは
洗い落とせばよいのですが
墨汁やインクを落とすのは
家庭のお洗濯では
なかなか難しい場合もあります

真っ白なシャツについたしみは
完全に落とさなくては
なかなか着る気にならないかも
しれません

汚れの目立たない色柄なら
最悪完璧にはしみを落とせなくても
傍目にわからなければ
自分が妥協することで
またふつうに着ることが
できるかもしれません

洗濯を繰り返せば
だんだん薄くなるかもしれません

そのうち自分でも
どこにしみがあるか
わからなくなるかもしれません


真っ白なシャツなら
一発アウト

色柄ものなら
ギリギリセーフ

汚れても恥ずかしくないし
洗って目立たなくなれば
長く着られて経済的




だけど

ついた汚れに違いはない

どこが汚れたのか
なにで汚れたのか

わからなくしてしまうことで

いったいなにが大丈夫なのか


本当に清潔な生活とは
いったいなんだろう

汚さずに生きられないと
あらかじめ
わかっているなら

汚れの目立たない服を着て
汚れるショックや恥ずかしさから
身を守ることがよいのだろうか

家庭のお洗濯で限界があるなら
プロのクリーニングに任すのか

それとも
薄汚れた白かった服に執着して
恥を忘れて虚勢を張るのか

落ちない汚れを落とすことに
残る一生を費やすのか




そんなことを
考えているうちに

洗濯機
終わりそうです