【テーマ・こくご】


ぼくは毎晩夢をみる

誰だって夢をみる
ぼくだって夢くらい
見たっていいと
思ってる


ぼくは毎晩同じ人形の夢をみる

誰だって人形の夢くらい見る
ぼくだって人形の夢くらい
見たっていいと
思ってる




きのうの夜のあの子は
真っ赤なTシャツ
髪をふたつに縛って
いたずらに笑った

ぼくは一緒に
かくれんぼをした



その前の夜のあの子は
三つ揃いのスーツ姿
少し恰幅も良くなって

まるでぼくの先生みたいに
難しい物理を教えていた



その前の夜のあの子は
純白のドレスにベールを纏って
まるでぼくの花嫁だった

ぼくは少し緊張しながら
彼女の幸せを誓っていた



その前の夜のあの子は
汚れた裸足を投げ出して
お菓子を買ってとおねだりした

みんなが見ている菓子売り場で
地団駄ふんでぼくを困らせた



その前の夜のあの子は
腰の曲がったおばあさんだった

ぼくの誘うままに庭に出て
ぼくと一緒に鬼ごっこした


その前の夜のあの子は
ぼくにひどくツンケンした

ぼくはあの子を笑わせたいのに
ぼくをバカだって言うみたいに
誰かと遠くへ行ってしまう


その前の夜のあの子は
ぼくにとても甘えていた

きっとぼくがいないと
死んじゃうだろうな
そう思ってぼくは
夢から醒めてしまわないように

ずっとあの子のそばにいた




ぼくは毎晩あの子の夢をみる
だけど毎晩あの子はあんまり違う


だからぼくは今夜尋ねた


エプロン姿の小さなあの子に
どうしてきみは
いつもいつもと違うのかいって



あの子は言った

目を醒ませばわかるわよって




ぼくは恐る恐る
目を醒ました


ぼくの体にあの子が服を着せている

あの子のおばあさんが作った服

それからあの子は
小さなおままごとセットで
ぼくに紙と布の朝ごはんを
食べさせてくれる


お出掛けはいつも一緒
遊ぶのもいつも一緒
夜眠るのもいつも一緒


そうかぼくは
そうだったんだ




ぼくは毎晩夢をみる

誰だって夢をみる
ぼくだって夢くらい
見たっていいと
思ってる



【テーマ・こくご】


手をつないだらわかる


もしもあの子が
うつむいてとぼとぼと
歩いているのが
じれったいなら

見ているだけじゃ駄目だ

手をつないだらわかる
あの子が足をくじいたことを

それを必死に隠していることを



手をつないだらわかる

もしもその子が
どこまでも駆け出して
いなくなってしまうのが
気が気じゃないなら

呼び戻すだけじゃ駄目だ

手をつないだらわかる
その子がどこへ行きたいか

どこから逃げて行きたいか



手をつないだらわかる

もしもわたしが
ふわふわとひとり
つかみどころなく
よりどころなく
宙をさまようのが不安なら

助けを待つだけじゃ駄目だ

右手と左手
つないだらわかる

わたしの生きていることが
わたしの生きていたことが



手をつないだらわかる

もしも誰かに
手を差しのべられなくて
互いの孤独を感じたら

思いきって
誰かの手を握ればわかる

その手を振り払われることを
恐れていたことが

そしてそれは
恐るるに足らないことが



【テーマ・こくご】



男の腕時計の針はは止まっていた
もう二度と動くことはないと
男はもう知っていたけれど
男はいつも壊れた腕時計を
身につけて暮らしている


数年前
男がその腕時計を受け取ったのは
父親の死んだときだ
お父さんの形見だからと
やつれた母親から手渡された

そのときすでに
時計は正しい時刻を
指すことができていなかった
いくら時刻を合わせてやっても
気づいたときには狂っている

男は腕時計を放り投げた

古くさい文字盤
擦りきれたベルト
こなれて弛んだリューズ
時計として役にも立たないそれは
もはや時計とは言えないと思った

親父の時計

男はふと思い出した

いつの間にか腹が出て
酒を飲んで野球を見て
だらしなく口をあけて
寝ちまう親父

休みの日はぶらぶらと
パチンコ屋を渡り歩き
すっからかんな親父

いつの間にか口もきかず
いつの間にか顔も合わさず
おれにとって役にも立たない親父


男は放り投げた時計を
しばらくじっと見つめていたが
やがて思い立ったように
時計をつかんだ

足が勝手にむかったのは
むかしからある時計屋だった


時計屋のじいさんは
調べが終わると静かに言った

 おまえさん
 ずいぶんと遅かったね
 やっと直す気になったようだが
 こいつはもう直らないよ


それが修理屋の言うことか!
おとこは激昂して怒鳴りそうになったが
胸のつかえが邪魔をして一瞬
声を出すのが遅れたスキに
時計屋のじいさんが言った

 おまえさん
 直らないとわかっても
 手を入れる気はあるかね


男はじいさんが
何を言っているのか
よくわからなかったが
じいさんは
男の答えを待たずに言った

 明日の夕方
 取りに来なさい



それから男は
ぶらぶらと歩きながら
何を考えていたかって
親父のことを考えていた

親父はあの狂った時計を
毎日毎日身につけて
狂っちゃ合わせ
狂っちゃ合わせ
ムキになってネジを巻いて
親父はいつか老いた身体を
病んでは治し
病んでは治し
ムキになって働いていた

親父が死んでも
親父の時計は狂ったままだ
親父、もうなおらないんだってよ…

男はぶらぶらと歩きながら
ずっと親父と親父の時計を
思っていたようだった



翌日の夕方
男はじいさんのもとを訪れた

じいさんが黙って渡した
親父の時計は
きれいに磨きあげられていた
擦りきれたベルトにもオイルが塗られたように
やわらかい生き物の息吹があった

そして
時刻を狂わす秒針は
ピクリとも動かなかった

親父の時計は止まっていた


男は黙って時計屋をあとにした
なんとなくじいさんが
見送っていたように感じた

それから男は
時計を腕に
男の時間を刻んでいった