統計検定3級に落ちた後、もう一度受け直してなんとか合格した。
ちなみに私の派遣先のある正社員さんが、とある資格を会社で受けて合格し、周りから、
「スゴイですねー。」
と言われたが、
「実際に使えないと意味ないですから。」
と殊勝なことを言っていた。
それを聞いて、資格をとって安心していた私は、(『統計学』をもっと理解したい!✨)
と思った。
統計学とは、データを集めて分析することで、政治や医療や農業、商業、教育など分野を問わず利用されている。
統計に関する本を読んでいたら、面白い統計があった。
『オムツを買う人は、ビールを一緒に買う確率が高い。』という結果だ。というのは調査したとき、全ての買い物の中でビールを一緒に買う人の割合より、オムツを買う人の中でビールを一緒に買う人の割合のほうが高かったからだそうだ。
ただ、オムツを買う人は、ビールを買う人より圧倒的に人数が少ないので、誤差が大きく、本当かどうかは怪しいのだそうだ。
ただ、実際買い物をしていると、買っていない商品のクーポンを渡される事がある。もしかしたら買った商品とそのクーポンの商品の組み合わせが多いという傾向が、客の購入データから割り出されたのかもしれない。レシートと一緒にクーポンを渡すだけなので、手間と費用がほとんどかからず、やってみる価値があるということなのだろう。
他にも、誕生日月にキャンペーンやクーポンがあるのは、誕生日以外共通点(年齢、性別、住所、所得…etc…)がない人たちにランダムに試すことが出来、そこで確実に効果があると分かれば、日本全国に展開できるからだそうだ。やっぱりいきなり全国区より、費用がかからない。
もう一つ、本を読んでいて引っかかったのが、
『あわて者』と『ぼんやり者』の考えだ。
例えば、「スポーツが出来る人は出世するのか?」
という話。統計学である程度結論は出せるかもしれないが、どのスポーツのどの結果を元にするか、出世するとはどの職種のどの位からどの位までで、期間はどのくらいにするか?というような定義を決めなくてはならない。さらに誤差を小さくする為にかなりのデータが必要になる。
現実、私達の普段の何気ない生活の中では、物事を決めつける時、自分の経験から2,3例(ヘタすれば1例だけ)で判断する事がある。この判断を信じて行動する人が『あわて者』ということになるそうだ。
『あわて者』の判断は間違うことがある。
一方で『ぼんやり者』は、『あわて者』の意見を覆すか、無ければ、「そうとは限らない。」と言って認めようとしない。『ぼんやり者』の極端な例として、「カラスは黒いか?」という問いに対して、
「全部のカラスを見たわけではないから、『カラスは黒い』と決めつけられない。」
というのがあるそうだ。
『ぼんやり者』は哲学的なところがあるが、商売などでチャンスを逃すかもしれない。
この『あわて者』と『ぼんやり者』の話を読んでいたら、うっすらとだが、30年程前の小学生の時の記憶が蘇ってきた。
よく覚えていないのだが、たぶん小学校の〇〇周年記念とかで、クラスで催し物を開くことになったんだと思う。学級会が開かれて、みんなで案を出し合った。おのおの三輪車レースやお化け屋敷、宝探しなど意見が出たのだが、ことごとく一人の児童(N君)が、
「三輪車で転んでケガするかもしれない。」
など、何につけても「ケガするかもしれない。」と脅してきたのだ。
「じゃあ…」
ってことで他にも意見が出たのだが、やっぱりN君が、
「ケガするかもしれない。」
と譲らないので、結局展示にしよう。ということになった。そしたら今度はH君が、
「自然現象で壊れるかもしれない。」
と言って、会議はシーンと静まり返った。
みんながチキンになってたんだと思う。
(それに、よく分からないが、『自然現象』がカッコよく聞こえるも、何だか怖い感じがした👻)
先生が出てきて、
「コレじゃあ何も決まらない。」
と言った。
結局何をやったか覚えていないのだが、『ぼんやり者』の意見に呑まれて、思い出に残らなかった。
統計学ってスゴイね✨難しいけど😅💦