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火の玉BOYのブログ

スポーツは全般的に知識豊富です。特にサッカー,格闘技は負けない自信があります。


【本当の理由】


「電車での時間の使い道はないか?」…と考えたのがキッカケでした。

ただ今では本を読み始めた、読んでいる最大の理由が明確にあります。




「全てに共通する"コトバ"という存在。」


人間が生きる上で行う事は、全て言葉というコミュニケーションツールで成り立っていると僕は思います。

聞く、話す、書く、読む…。


それらで成り立つ人間関係。
僕はこれまでのブログで述べてきましたが、人が大好きで人の力を信じています。

だから何度もヘコむ事もあったし、これからもあるのでしょう。


人を信じている、人に愚直に生きていく中で必要なコトバ。
それを吸収し全方面に生かそうと思った一つの手段が,本を読む行為だったんだと思います。





そう,僕にとって"人⇔コトバ"は表裏一体の関係なんです。
だから僕はコトバに、もっと言うと日本語に誇りを感じています。

一つの表現をいかにして,唯一無二の表現にするか。
僕はいつもこれを考えています。


「一番楽しい」という事を伝えるにしても…、

生きてきた中で、最高に、生涯一、空前絶後の、
…などと色々な表現方法があります。


そのような事で悩める,考えられる言葉の綾を、日本人である事を僕は幸せに感じています。





言葉=上っ面だけで,気持ちという中の部分はどうでもいいのかよ。
…というと勿論,そういう訳ではありません。

表情,語気から伺える独特の感情があると思います。
僕自身も"人に生きている"と言った通り、大きく気持ちの部分で生きています。



その人間関係の中でより成長したいからこそ、その一部を成す"コトバ"を大事に誇りを感じているという訳です。

コトバは切っても切り離せないし、人間を豊かにするものだと僕は信じています。

聞く、話す、書く、読む。



繰り返しだがリンクするコトバという存在。
そして気持ちと共に,人間・人間関係を織り成すという意味で、繋がりを持つコトバという存在。


そう,そんな"表裏一体"の中で、僕はこれからも生き続けていくのでしょう。(≧∇≦)




こんばんは。


今日は少し前の事やが、お話ししたいなと思います。






確か2週間前だったかなぁ!?
会社説明会の帰りの電車内で,本を読んでいたわけ。

帰路(電車)もまだ途中で、とても良い場面がきたんだ。
めちゃめちゃ読み続けたい=ココ一番の盛り上がり所がね。


でも,僕は本を読むのをバッサリ止めて、家に帰りました。
そして帰宅後,部屋で残り少しを読み終えた訳なんやが…、


泣いてしまいました…。


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僕は元々,"本を読む事自体"が好きです。

ただモノ凄いぺースで読む訳でもなく、中学生頃からスポーツ雑誌を年に数冊読んでたってくらい。



高校生からは少~しではあるが、しっかりした本=文庫本を読むようにはなったの。

読むジャンルとしてはほぼ自著伝。又は密着しているライターなどが書いたもの。

それもスポーツ選手の。
当時は知ってたり好きな人の方が,感情が移入しやすく、単純に読みやすかったからね。



そして大学生。
徐々にではあるが、読むペースは増え続けた。

そして3年の夏頃から、極端に冊数は増えた。
この半年強で20冊近くは読んだかな。

↑ただ周囲との量の比較でなく,自身の中で増えただけやから、世間的には大した事ないんだろうなぁ(>_<)


ジャンルは未だにスポーツ選手の自著伝が主ではあるが、だいぶ幅が広がった。

松下幸之助さん、太田光、堀江貴文、松本人志、スティーブ・ジョブズ、高島彩…。


「電車の移動で何か出来ることはないか?」と考え、好きな読者でもしてみようと考えたのがキッカケだったの。

今では就活での移動も多々あり、ペースはうなぎ登り。
おかげで本への出費は重なり、今は図書券が一番欲しいかなというくらい、読みたい本は頭の中で行列待ち(≧∇≦)←←嬉しい悲鳴!?


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【芸人交換日記 イエローハーツの物語】


冒頭でお伝えした泣いた本というのがコチラ。
ちなみに2度目だったんだ。

僕はこれまで同じ本を再度に渡り,読んだ事はなかった。
特にコレっていう理由はないが、2回も読まなくても内容知ってるから…くらいの感じかな!?

皆は映画とかマンガとか何度も見るみたいやが、そういう意味では僕は特殊なのかも。


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【感情の変化・表現】


僕は昔からドラマ・映画・本などで、泣くという事がなかった。
もちろん情の動きというのが無い訳ではないが。

泣いたのも数える程で、シドニー五輪でサッカー日本代表が準々決勝で敗れた時。
日韓W杯でベスト16で敗退した時…くらい。



ただ成人前後辺りからは、変わってきた。

ちょっとしたドキュメントの一場面でグッときたり、人の事を心配したり考えたりするとウルッときたり…。

それでも涙をこぼすという事は,めったにはないです。



今でも昔でもそうなんやが,その最大の理由が、「人前では弱さを見せない」という事にあるのかと。

僕は友人の前、家族の前では涙を見せません。(…というより,そう意識してますと言うべきなのか!?)

弱い自分は見せたくない、自分の絶対に見せたくない部分はそれだから!?
そういう誇りがあります。

↑ちょっと言葉におこすと難しいです(>_<)




まぁ人前で泣くか否かは別にして、この感情の変化は何なのだろうとよく考えます。

人として豊かになったから?
それとも脆くなったから?


この変化を良い事とも悪い事とも捉えてはいませんが、物も気も万物全て"表裏一体"だなと僕は思ってます。

寂しい⇔嬉しい、好き⇔嫌い、生⇔死…。

人間ってこの葛藤の中で,考えて生きてるんだって。
だから人間なんだなぁって。





続く…
こんばんは。


今日は俺が常に考えてて、目指してて、そして伝えたい事を書きます!!

面白みには欠けるかと思うが,よろしくですm(_ _)m






【感謝する、自分に出来る事】

そんな多くはないが僕は,相談を受けると相手に非常に感謝をする。
「ありがとう」と言われるがそれ以上に、「ありがとう」という想いを相手に伝える。

だってとても嬉しいんだよ。なんか生きてる心地がするっていうかジーンとするんだよね。

だから俺は何か人の為に,何かをしてあげたいと考えるんだ。



でもその前に、一つの考えがある。

それは相手の話に対して自身の返答は、正解じゃないって事。正解はないってこと。
一意見に過ぎない。



各々に対して100%コレというものなど言えない。
ましてや生きてる以上は,その本人でさえ正解など分からないものだと思う。

↑でもベターやベストはあるのかもしれないね。


じゃあ,この話は終わりじゃん。…と言うかもしれないが、そうではない。

だからこそ俺には生きる中で心掛けている事がある。




『相手を想った上で、今の自身の100%を出し切る』


正解はない。じゃあ何も出来ないのか、何もしないのか。

相手の事を一生懸命に考え思い遣り、その上で100%の自分(の考え)を表現すること。


それが相手への愛情ってものだと俺は信じてる。

正解を出す以上に,そういう心が大事やと思っている。






【誠実に生きる】

人間は不安を漏らす。
それは今が将来が心配で、未来を良くしたいっていう願いの裏返しだと思う。

だから不安、又は期待を口にするのは良いと思う。


でも僕は絶対にしないと決めている事がある。




『愚痴をこぼす事』

愚痴だとか相手の嫌な所などを言うのはしない。

相手のせいにする事で自分を守るという姿は許せない。
そうまでして自身をオブラートに包むのはどこか悲しい。


その前に出来る事があった、あるのではないか。
相手に良いも悪いも想いを伝え話し合うなど…。

その結果が勿論,好転するとは限らない。
でもその段階を踏まずして,自身を言い訳で繕うのはよくない。




『誇りを守るな。誇りを育てろ。』

自分を支える誇りを自分を守る為に,上記のような使い方をしてほしくない。

むしろ誇りを育てる。そんな人間でありたい。






【最後に…】

今回は僕の想いを述べてきた訳だが、既にこれ自体が70億人の中の一意見なんだよね。

そして正解なんかでも何でもない。



でもこれだけは伝えたい。

これらの考え,行いに私は誇りを持って生きている、話しているということをね。