私、大島奈保美は五年という長い時間の中で避けてはいけない問題と向き合うことが出来ずにいました。今も向き合うのは少し勇気がいるのですが…
私のこのブログを開設した時は、私の夫、大島康徳が癌と共存していたときの話や、在宅緩和の話や数日間とはいえ緩和ケア病棟(ホスピス)での話をさせていただく心づもりをしておりましたが、自分のメンタルの弱さからか蓋をして堪えようとしておりました。
「繋ぐ」で書いた気持ちを忘れたのではなく、自分で勝手に恐れて蓋をして遠ざけてしまいました。それに触れないように何気ない日記を書くことに集中することで平常心を保っていたのです。思い出せば後悔し、辛く、自分の弱い心を保てる自信がなかったからです。
そんな私自身の思いを語ることもなく皆様を待たせることに罪悪感を抱きながらこの5年間を過ごしてきましたが、大島康徳のファンの皆様やブログ読者の皆様には、妻である私の心中を察してくださると甘えがあったのですが、やはりこのまま蓋をしていてはならないという思いにやっと至りました。
私の夫である前に大島康徳という野球のことしか考えないような一人の人間を、誰かの記憶に、誰かの心に大島康徳の思いや言葉を刻めるように丁寧に救い上げ、思いを込めて書かせていただきます。蓋をし続けてしまったせいで記憶が曖昧な部分も出てきてしまうかもしれません。その所為で時系列通りには書けないかもしれませんが、大島康徳の人生の一部を私に語らせてください。
今日は、皆様へのご挨拶として私の今の思いを書きましたが、冒頭部分の言い訳を皆様がお許しくだされば、私が皆さまにブログを通じて伝えたいことは何なのか。それを良く考え、決して見失わないように主人に託された言葉や思いを繋げて行きたいと思っております。
ーー 妄想はここまで ーー
吾輩が大島奈保美殿のような立場であれば、たとえブログでの上辺の言葉だとしても読者に誠意が伝わるようにと必死に言葉を探し文章にしようとするが、大島奈保美殿は「待っていてください」というだけで、「パパ」の好物しか語らぬのだ。5年前に自ら語った主人に託された思いと言葉とは、一体なんだったのであろう…