大島奈保美さんが嫌われる理由 | いなごが語る、とあるオフィシャルブロガーについて

いなごが語る、とあるオフィシャルブロガーについて

いなごと申します。
夫の意志を繋ぐと始めたあるオフィシャルブロガーについて書いておる。
そして、Amebaのオフィシャルの在り方にも異論を唱えておる。
時々、吾輩のことも話すこともある。

大島奈保美殿がブログ開設したときの『繋ぐ』の記事について、吾輩以外にも数名の方が振り返ってはブログを書いておる。

その『繋ぐ』と題された大島奈保美殿の記事には何が書かれていたのか、その記事にどれ程の人が応援し、どんな話をしてくれるのかと期待して待ったのか、5年前の『繋ぐ』を知らない方もおられるのだ。

 

人の噂も75日。

 

2,3か月も月日が流れれば忘れ去られる。大島奈保美殿は『繋ぐ』で約束したことを読者は忘れるだろうと初めから目論んでいたのか思えるほど、毎日、毎日、「私」のことだけを綴り、ブログのメインは体調不良と食べた物の報告になっておる。

 

”それのどこがいけないのか?”

 

オフィシャルブロガーが日常生活を披露し、他愛もない事を書くことがダメだと言っておるのではない。そこを理解されぬ方もおられるのだ。それは5年前の『繋ぐ』を知らない方だからである。大島奈保美殿はオフィシャルという立場を与えられ、夫の言葉や思いを大切に綴りたい。緩和ケアのことも話したい。そう綴っておられた故、大島康徳殿のファンや野球ファン、闘病時代に応援していた読者たちは、妻である大島奈保美殿が語ると思うのは当然で、そのブログに期待が集まるのも当然である。それを、その方たちの思いを蔑ろにして「私の日記」が始まり、『繋ぐ』で書かれたことは何一つ果たしておらぬのだから、妻の大島奈保美殿に批判が集まるのもこれまた当然であろう。オフィシャルだからではなく、大島康徳殿の妻として話すと言っておきながら約束を果たさぬ相手に不満を持つのは人間の性である。

 

思い出したかのように大島康徳殿の話をするかと思えば「パパはこれが好きだった」という話ばかりでありながら、これも思い出したかのように「待っていてください」と匂わせるだけで終わるのだ。何に対して待っていて欲しいのかという話は一切書かぬのところは卑怯である。だから吾輩は 読者を欺いておる と言い続けておるのだ。

 

吾輩が、オフィシャルから撤退して欲しいと本気で願っておる理由は、大島奈保美殿の言動に全てがあるのだ。夫が野球人で活躍されたその恩恵を受けただけの一般人のオフィシャルであれば、ここまで嫌われることも批判されることもなかったであろう。だがしかし、大島奈保美殿は大島康徳殿のファンや読者に対して ”約束” をしてオフィシャルブロガーとして始められたのだ。そこが重要であり、何も語らぬのであればオフィシャルである必要はないと吾輩は思う。

 

大島康徳殿が他界されてから5年。人の噂は75日という感じでそのうち大切な夫のことを「私の大切な読者さま」達に忘れ去られているのではないか? 「私だけ」のブログをするのなら夫の名を利用せずとも良かろうに・・・