あんでぃもりについて | ゴミ箱

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あんでぃもりについて

いつからそんなにはまったのか覚えてない。
アーティストを好きというよりかは、曲一つ一つが好きで、他の情報にはあまり興味がなかった。新しい曲が出なくなるのは寂しかったけど、いままでの曲が無くなるわけではないと思ったから解散にもぴんときてなかった。ハーブの事件の時、共感さえ生まれた。飛び降りたのもしかり。

でも、Flipのライブに行ってから、曲を作ってる人を、演奏してる人を見聞きして知ることで自分の中の曲への気持ちとか快感とかを増幅させるってことを知った!

歌詞の共感も、勝手に解釈を加えて共感してたけど、背景を知ったら解釈が増えて楽しくなった。

そういうことをもっと早くに気付いてれば、わたしのあんでぃもり生活はもっともっと楽しかったんやろうなと思う。

何かを好きとか誰かを好きとかにイマイチいつも自信を持ってないけど、あんでぃもりは確かに好きやったんやなと解散してからしみじみした。

チャットモンチーもすげーすきやけど、私の中の一番はいつのまにかあんでぃもりになってたんかもしらん~。

こんなに感情を揺さぶられるのは、終わってしまったという気持ちも相まってるんやろうか。あんでぃもりをきいたときの感情の高ぶり方とか込み上げてくる懐かしさは一体どこからくるんやろうか。

音楽をやめるわけではないときいてホッとしたけど、あんでぃもりでなくなった壮平さんのつくる曲はこれからもわたしにとって沿うものなんやろうか。

物事の終わりはいつも悲しいのに、同じくらい、んーそれ以上に気持ちいいという感覚さえ呼び起すものかもしれん。

あんでぃもりは好きとかいうものをこえて、もはや気持ちいいものやった気がするな。