お知らせ。「カメムシとトンビ」全五回の予告をしていたのですが、六回になりました。第二部スタートです。
【カメムシとトンビ2-1】
里穂は天使に遭遇した後も仕事帰りになると、バットを持った近所の女性陣に囲まれて攻撃を受けていた。雷鳴がとどろく豪雨の日は公衆トイレの外の壁際に追い詰められる。トイレは大型で、隣の休憩スペースと合体しており、大きな雨よけがあった。加害者たちは口々に言った。
「甘やかされやがって」
「何だ、その汚らしい顔面アトピー」
「そんなひどい顔じゃどこにも出せない」
「心が汚いからアトピーになったんだ」
「お前のせいでアトピーになったんだ」
「持って生まれた素材を台無しにして」
「顔を直せ!」
「不愉快なんだよ。顔を直せ! 恵まれてるくせに」
「苦労したことないで、あたしって可哀相って思ってるんだ」
「愛されてるくせに。社会に愛情還元しろって言ってるのがわからないのか」
「顔で気を遣え」
里穂は尋ねた。
「どうしてそんなひどいこと言うの」
加害者たちは答えた。
「きれいだから心配して言ってるんだよ」
「私、絶対美人を許さない」
里穂は再度尋ねた。
「本当に心配してるの?」
加害者の一人、歩美は子供のように素直に、まっすぐ里穂を見つめた。「うん、してる。美人絶対許さない。いつも怠けてるから心配なの」言いながら、濁り切った汚らしい目をしていた。
歩美は里穂のアパートの近所に住んでいる。極端に太っているが、一年中、流行の勝負服を循環しており、愛らしい見た目をしていた。もう小さな子供がいてもおかしくない年齢だったが、物欲が強すぎて、経済的に親から独立出来ていない。彼女はアダルトチルドレン回復カウンセラー巡り会えないまま、毎日親の愛情不足に不満を垂れていた。
同世代の加害者、朱里は既婚者で、家事、育児、介護、仕事をこなし、看護師のような優しい性格が町で評判のスーパーウーマン。あまりにも自分を追い詰めすぎて、二つ目の顔を持っていた。
「きれいなんだから努力しろ」
里穂は朱里を睨んだ。
「私が二目と見られない醜い顔をしていたら、あなたは何と言って攻撃するの?」
「汚いんだから努力しろって言うに決まってんじゃん」
「あなたの分担は何ですか。あなたの分担を言ってください」
「私たちは苦労したからもう努力しなくていいし、分担のない人間なんだ」
若い加害者の中に、豚の顔、猿の顔をした者もいた。被り物ではないし、アニメや漫画のようにデフォルメされた、ファンシーなケモノキャラクター、というわけでもない。愛情を注がれないで育った、リアルな家畜と獣の顔だった。二人は朱里に続いた。
「そうだよ。醜い女の分担を考えて、美しい女の分担を考えて、いじめ、暴力、虐待被害者の分担を考えて、相手に痛みの教育をし続けていれば、分担のない豚みたいな仲間の中にいられるんだ」
「苦労してない人の分担考えて、本人が悪い人の分担考えて、相手が自分の好みを“知らない罪”について、サルのマスターベーションみたいに考えて、楽しく人生を送るんだよ」
里穂は冷静に告げた。「分担のない人が私の分担を考えるのはおかしいよ」次の瞬間、朱里にバットで殴り飛ばされていた。
――被害者の見た目が加害者にとってあまりにもショッキングだった場合、史実にあるように『理解できないから敵』とされる場合はある。しかしそうでない限り、加害者の多くは被害者の見た目が動機で攻撃しているのではない。嫌いだから攻撃しているのだ。
加害者が攻撃対象に向かって見た目の話を持ち出すのは、傷つけるのに効果的と知ってるから、というだけである。里穂は醜い者と美しい者が加害者――病人に踊らされて争うのは無益と知っていた。加害者たちは口々にさえずった。
「おい、こいつ、生意気に考えさせるぞ」
「せっかく楽しく思考停止してるのに、考えさせる奴がいたら不安定になる。結束していられないじゃないか」
「危険分子だ。口答えできないように、ボコボコにしてやれ」
加害者たちはバットで里穂を殴打し始めた。
「きれいな女が心配だ」
「きれいな女が心配だ」
「早く感謝の仕方を教えないと。心配で胸がつぶれそうだ」
里穂はぐちゃぐちゃのミンチになった。でも生きていた。
(続く)
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