はじめての方、ようこそ。再来、応援してくださっている方にありがとうございます。ハクジュと申します。集団ストーカー被害記録と、趣味のファンタジーといろんなジャンル書いてます。ご興味のある方はこちら。
 
ファンタジー過去作品はこちら。お時間のない方は作詞シリーズが短くてお手頃かと思います。

 

 

前回までのあらすじ

北崎ゆかりはあさかの丘病院ケースワーカーをしていた。入院患者の片桐皐月が助けを求めてきた時、彼女にざまあみろと言った。その後、着物を着た正体不明の人物に遭遇する。

直後から、ゆかりは自分が勤務していた病院に、今度は患者として入院することになった。腹違いの兄、智樹と病院側から統合失調を認めるよう自白強要をされる。その後、智樹からけモラルハラスメント、性的、経済的虐待を受ける。

 

登場人物

片桐皐月……二十代。集団ストーカー被害を受け、あさかの丘病院で統合失調の烙印を押される。入院中、兄の経済的、性的虐待とモラルハラスメントを受ける。

片桐博隆……三十代。皐月の兄。モラルハラスメント加害者。

北崎ゆかり……四十代、あさかの丘病院ケースワーカーの美魔女。なぜか患者としてあさかの丘に入院、統合失調の烙印を押される。家族は列車の事故で全員昏睡中。

青木智樹……入院中のゆかりの前に現れた、腹違いの兄。ゆかりの保護者を引き受ける。

 

最初から読まれる方はこちら。

 

 

【私は全8】

 

 桜と卒業式の季節が巡ってきた。ゆかりに季節を楽しめと言っても無理な話。彼女は病院一階の相談室に向かい、ケースワーカー、神崎を頼った。忙しい彼をあさかの丘ロビーで捕まえ、立ち話。

 「保護者から虐待を受けています」

 「状況証拠がそろってるのは知ってるよ。でも傍観者はたとえ医療関係者でも、そんな家庭あるはずない、何か理由があるはずだって、自分をだますんだ」

 「どうしてですか」

 神崎の瞳は正義できらめいていた。

 「だって家族が憎みあうなんて悲しいじゃないか。医療関係者は患者家族が助け合うように、形だけは最善の努力をするんだ」

 「じゃあ努力してください」

 神崎はママのような目でゆかりを諭した。

 「いいですよ。ゆかりさん、どんなに暴力を受けていても、あなたの家族も大変なんです。そして、統合失調患者の具合が悪くなったら誰か責任を取る人が必要だから、あなたに逃げ道はないんだよ」

 「対処できないから我慢しろって言ってるだけじゃないですか。そんなの相談員じゃない。私は人間です。暴力から助かる権利がある」

 「いいえ、精神病患者を抱える家庭では、患者が被害者でも、健常者の家族側が被害者でも、助け合いの義務から逃げることは許されない。義務を弱者になすって逃げられるのは、家庭内で強い立場の加害者だけだ。あなたには助かる権利なんかないし、助ける人もいないんだよ」

 神崎は弁護士を倒す時の検事のようだった。ゆかりは弱者でしかないのに、彼は笑いながら悠然と、それでいて全力で牙をむいた。ゆかりは言い返す。

 「あなた、今の発言で暴力の存在を認めている。ケースワーカーとして対処してください」

 「いいや、どんなに暴力とわかっていても、まだ“本当に”暴力かわからない。僕の好きな時に暴力でなかったことになるのさ」

 「あなた、自分で状況証拠はそろってる、被害者は暴力と家族の分担から逃げたらいけないって言ったじゃないですか」

 「そこはどうとでも握りつぶせる。医療関係者には医療関係者の逃げ道があるのさ。統合失調患者の主張は被害妄想か本当かわからない。わからなかったら周囲は証拠が出るまで全部患者の妄想で片付けてしまうんだ」

 ゆかりは食い下がった。

 「だから、状況証拠がそろってるって、あなた自分で認めていたじゃないですか。証拠があるんですよ」

 「傍観者は暴力の状況証拠なんか信じない。おれたちが信じるのも、被害者の分担を数え上げながらヒステリックにじりじり待ち続けているのも、暴力が本当は暴力でなかった証拠だけなんだよ」

 ゆかりは戦慄した。

 「あなたの話のひるがえり方、狂ってる」

 神崎は表情が醜く崩れたわけではなかったが、ふっくらした唇で醜悪に笑った。風もないのに彼の髪が生き物のように揺らめいた。

 「当たり前だろう。おれは個でなく全。ギロチンで受刑者の首を次々とはねたのも全。全体に心はない。安全なおれたちは、暴力に対処しない欺瞞のためだったら、解決する時の100倍以上のエネルギーを注げるんだよ」

 「私の人権は?」

 「ないね」

 神崎の美貌はますます艶めいた。

 「あなたはどうしてそんなに醜いのですか」

 「火の粉をかぶりたくない傍観者は狂ったみたいに被害者を憎むのさ。お前さえいなかったら加害者と戦わないで済むんだ。傍観者は加害者が憎いのに、憎い奴と同じことしかできない。その理由を全部被害者が悪いからだと考える。傍観者は暴力に対処したくない欲望と罪悪のジレンマ、そして加害者と同じ暴力で全て忘れる快感に引き裂かれ、もう自分がわからない。これを全という。合法的な暴力は結局いつだって楽しいんだ。ざまあみろ」

 

 ゆかりは叫んだ。

 「私はどうしてこんな目に遭わなければいけないの」

 その時、あさかの丘病院一階のすべての壁面と天井が外側に開き、どうと風が吹いた。桜の花吹雪が逆巻き、神崎は一瞬見えなくなった。

 ゆかりの視界が開けた時、病院からはすべての人気がなくなっていた。正面に立っている神崎は女物、群青の生地に、桜、えんじ色の柄の入った和服を着ていた。

 ゆかりの唇が上ずった。彼を知っている。

 「あなたは」

 彼はターコイズブルーの巨大な前帯と低めのぽっくり、銀の装飾品、現代風の男性の髪形にほんの少し手を加え、飾りとつけ毛をしている。女装には見えず、露出も少ないが、花魁の男性版としか思えない。そして女性よりはるかに色香を放っていた。

 「私はゆかり」

 彼はうるんだ睫毛で伏せていた瞳をゆっくりと上げた。

 「私は傍観者であり、個でなく全。心なんかないの」 

 ゆかりは情景の美しさ、恐ろしさと、己の罪の重さを思い出して、涙をこぼした。

 「仕方がなかったの。私は悪くない」

 「そうだ、私は悪くない。だからあなたを助けない。モラルハラスメントに苦しみなさい」

 ゆかりは抵抗した。

 「どうして私だけが責められるんだ。みんな被害者を見て見ぬふりするじゃないか」

 男性の花魁は、女性がするように袖で口を隠してクスクス笑った。長い睫毛があまりに妖艶で、およそ人間に見えず、白蛇の化身のようだ。

 「そうだな。責任は常に分散してる。でも歴史を変えるためには、傍観者の中から最初に責任を取る者を選ばなければならない。自転車保険ができる前は、金を持たない誰かが事故の責任を取っただろう? そいつは理不尽だって叫んだよ。それでいいんだ。私は傍観者の私を使って世界を革命する」

 ゆかりは床に両手をついて泣き崩れた。

 「私は一体どうすればよかったの」

 その時もう一度花吹雪が逆巻き、花魁は見えなくなった。ゆかりいた場所の床の底が抜け、彼女は暗闇に転落する。花魁とは違う、若い男性の手が彼女を横抱きに受け止めた時、漆黒の悪夢は終わっていた。

 「あなたは」

 「ハーメルン第三部隊員、若鷺仁(ワカサギ・ジン)です。我々は大切な人材を捨てたりしない。あなたはもう罰を受けなくていい。代わりに革命に協力していただきます」

 

 仁は腕の中のゆかりの瞳を友愛をこめて見つめた。ハーメルンは友の会と対決していることで知られているが、女性問題や児童福祉も真剣に扱っている。

 その後、皐月の集団ストーカー被害はハーメルン第四部隊が片付け、皐月はハーメルン本部で修行を積み、第一線で働くカウンセラーになった。ゆかりの方は五体満足で元気な家族と再会。彼らの事故の話が、花魁をやっていたハーメルン隊員、(みかど)(なぎ)の演出だったと知る。ゆかりは皐月と和解し、ハーメルンでカウンセリング治療を受け、さらに勉強を積むことになる。のちに、ゆかりは若手ケースワーカーを育てて世に送り出す講師になり、世界的にも評価され、たくさんの弟子に愛された。

(終わり)

 

 

【作者のコメント】

 

応援ありがとうございました。次回は後書きです。

 

 

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