祖母、南タカ子<下杉正子 

祖母、南タカ子<下杉正子 

思い出と、今と、これからと。主に家族のこと

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落ち込みの度に何度も思って立ち上がってきた。

落ち込みの向こうには、飛躍があることを知っているから。

ただ倒れっぱなしではいけない。

こんなはずじゃなかったと思うこともある。

人を信じては、落ち込むことは多い。
人に期待はしてはいけない、、、ということを勉強してきたつもりだった。

あんまりにもひたむきにがんばっている方に、いつからか私は応援していた。

やはり一流の人は、人に対して謙虚だと知った。

でも、もしかしたら違うのかもしれない。

人の数だけ考え方があり、むなしく生きることは私が勝手に選んだ道だと思い直して絵を描いた。

こういう迷路に入ったときは、気持ちを絵にして吐き出すようになったのは、いつからだろうか。

私には、おばあちゃんの言葉がある。

「まっちゃん、つまらなかったらなにか描いてご覧。すんごく楽しくなるから」

ここからはい上がってみせる。





今日は猫の日。


タネコがいなくなってからもう何年が経つかなぁ。

辛い時は何も言わず近くにいてくれたタネコ。


留守番をさせてしまってごめん…と、今頃思ったり、撫でた時の感覚を久しぶりに味わった。


こんなに幸せな時間だったのか……と、あらためてタネコに感謝した。


今日は、耐えきれず猫カフェへ。


中は人間がたくさんいてなんとなく人見知りになった。


でも、猫と仲良くなりたかった。


チュールを購入することにした。


立ち上がり、説明を受けると猫が集まってきた。


わかるのね。。。


やんちゃな子、ドスドスくる子、静かに目線をくれる子、人間みたいに千差万別だ。


チュールは、あっという間になくなった。


椅子に座ると、なんとなくぼんやりとキャーキャー言ってる人を見ながらぼんやりとした。


すると後頭部に猫さんきた。


エリザベスカラーをして、洋服を来ていた。


なにか怪我なのかな?

大丈夫?

かわいいね!


小声で話しかけると、目をつぶってまばたきをした。


エリザベスカラーの首が痒いかなぁと撫でてみると、そこそこ!というように首を差し出してきた。


タネコもうるさい音を立てたり、ドスドス歩く人が苦手だった。


愛しのタネコ…


また、会おうね。










先日、姉が遊びに来て原画が戻ってきたことを伝えると、それはなにに載ったの?

と、言った。

道徳の教科書と、話した。

え?そんな仕事したの?

うん。


そんな話をして帰っていった。

姉が帰ってから、ラインが鳴って

「甥っ子が見たいと言っている
時間のある時にラインください。」と。

私は嬉しくなって、ホームページを添付しようと…下杉正子を検索、、、、、

そうすると…下杉正子 年齢と出た。

AIの答えは、あっているところと全く違うことが書いてあった。

下杉正子の年齢は、合っていたけれど、おばあちゃんも木彫り作家で、下杉正子さんも木彫り作家と…


そしてそんなー!ということまでウソが本当になってしまう。

今年、50になるということはあっている。

それだけ。


おばあちゃんが夢に出てきた。

そうだ!もうすぐおばあちゃんの誕生日だ!

パンを買って仏壇の前に置いて、おばあちゃんお誕生日おめでとうと、目をとじた。



今は手紙ではなく、メールなのかな。

そう思うけれど、仕事でイラストを届ける時などは手描きのイラスト等を書くことが多い。

時々お仕事をさせていただいているデザイナーさんのところへ。

以前送ったハガキが貼ってあることを教えてもらって知った。

「下杉さんの絵、飾っていますよ」と。

「あー!ありがとうございます!」と答えた。

まさか私の絵を飾って下さるわけがないと思っていた。

こないだ、お仕事をご一緒した編集者の方にメールのアイコンになっていた猫を描いてお送りしお世話になったことをお伝えした。

とても喜んでくださった。


また別のお仕事では、編集者の方に手描きの絵を描いてお手数をおかけすることをお詫びしお願いすることを書いた。

原画を喜んで下さった。

紙はいつかなくなるかもしれない。

でもそのお相手の心に届いていればいいなぁと思った。

よくのりこえられない壁はやってこないと言う。

本当なのかと思ったり、軽い励ましに落ち込んだこともあった。

わからないけれど、のりこえられないことはやってくると思う。

それをもしも乗り越えられなくても、サーファーのようにその波と共にその波を楽しむことはできると言うことはわかった。

すべては楽しむこと。

生きているといろいろな事があるけれど、その波は意味があり、その波と楽しむことはできると知った。

生きてこそ。

辛い時は辛いままでいいのだ。

楽しいときは楽しいままでいいのだ。

その時の気持ちを大切にすることがだいじなことなのかなぁとぼんやりと思った。

辛い気持ちを避けたり、楽しい気持ちを避けたりも良くないと思った。

どんな気持ちも無駄にせず、人生を味わいそのままの気持ちを純粋に受け止め、逃げずしっかりと前に進んでいけたらいいなと思った。

その気持ちは、きっと私の血となり肉となるだろう。

それでいいのだ。

あるがままに。

おばあちゃんに似ていれば良かったなぁと思うことは子供の頃からだった。

どちらかと言うと、じぃちゃんに似ているのだ。そして、母に私は激似だ。

目は小さな頃から一重でとても嫌だった。

寝過ぎでたまたま二重になったことがあって、奇跡が起きたと思ったことがあった。

小学生の低学年は、大人ってお金をたくさん持ってるから色んな事ができると思っていた。

普通に働いて稼ぐことを夢見ていた。
普通ってなに?なんて考え出し一般的な仕事をこなせなかった。

そして、二重にしたいと本気で思っていた。

大人になり自分らしさってなんだろうと考えたりするようになった。

生まれたままの姿は、いまだに好きになれないけれど、これが私なのかな。

顔や肌の色でいじめられたりもしたが、いじめ返す事もあった。

よくわからない小学生時代、とても不安定だったように思う。

小学高学年は、髪の毛をオキシドールで染めていた。
メッシュっぽかった。

いま思うとヤンキーだったのかな。


見た目や美しさだけじゃないのに、自分にないものをうらやむのが人なのかな。







まだ眠たくないので、布団から出て作業をしたいと思ったけれど、ギコギコと近所迷惑になるので我慢している。

この頃やけに母も父も寝るのが早い…そして起きるのも早い。

そんなリズムにのれない日がポツリポツリとあるようになってきた。

でも、あわてるのはなくなった。

みんな寝ていると静かにしなくてはならない。
すごいイビキをかいて寝ている母、気持ちよさそうに眠ること眠ること。

まだ、寝るのは早い時間から寝ようとスタンバイすると、眠れなくなる。






私は、よく道を聞かれる。



ある日、スマホでラジオを小さめの音量で聞いていた。
少し離れたところにいるおばさん2人の会話の声がでかすぎてラジオより、聞こえていた。

私は、気になりつつも、約束の時間に遅れては、、、、と、思いながらどこの出口がいいのか、地図を見ていた。

おばさん2人の会話がよく聞こえてしまう。。。というか、聞いていたのかもしれない。

イヤホンをしていたので、まさかきかれないだろう。と、思っていると、、、

「今、ああいうので、すぐ乗り換えしらべられるらしいわよ」という会話が耳に。

思わず周りをみたが、地図を見て止まっている人は、私だけ。

とことこと、歩いてきて、腕のあたりを、トントン。

イヤホンをとると、、、「あのね、東京駅行きたいの。どうしたらいい?」
まるなげじょうたいの2人に、なんだか笑いそうになった。

さっきおばさんたちが話していたように、スマホをだすと、じーっと、手元を見ているので、なんだか焦ってしまい、気が動転。

操作法がわからなくなってしまっていると、、、、「今の時代って便利よねーーーーー。なんだってわかっちゃうよね。」など2人で世間話を始めたので、私の緊張もとけて操作法を思い出し検索。

乗り換えの駅を伝えると、、、、、
「え?その方法で来てないよ」

「1番早い行き方はそれなんですが、時間とか関係なしに安いとかの調べ方でまたかわってきますよ。」

「ちょっと、言ってみて。」

すごいずうずうしさに、笑いが込み上げた。

そばにあった、アナログ地下鉄路線図で、説明。

2人は、どうやって、ここまできたか、路線図を見て記憶がよみがえったようで、勝手に話し合い始めている。

結局2人ともが、納得したところで、一件落着。

満面の笑みで「ありがとうね。」と、去って行った。



こないだ、体調がおもわしくなかったが、どうしても行かなくてはならない用事があり、大門で乗り換えてエスカレーターをあがろうとすると、周りをやたらきょろきょろしているおばさん。

重そうなカートを持っているが、階段の方を選ぼうとしていた。

ちょっと目が合うと、、、、
「これ、こっちの階段と、エスカレーターってなにが違うの?」

「ホームの前方か後方かの違いですから、お荷物ありますし、エスカレーターがいいかと思います。」

「あー、そういう違いー。」

私の後ろにチョコンと乗って、ホームへ上がっていると、、、

「浅草いきたいの。大丈夫?合ってる?」
「浅草行きますよ。」

ホームにちょうど電車がきた。

「2つ目ってきいたんだけど。」
「え?浅草ってもう少し乗りますよ。」

そんな会話をしていたら、おばさんは、なんだかパニック状態な顔。

ぞくぞくと、電車に人が乗り込む。

「ちっょーと ちょっと ちょっと待って。」
私は待つことにした。

不安がるおばさんを安心させるため、スマホで調べていると、、、

「結局は八丁堀に行きたいの。」

あ、きっとおばさんの頭の中には、浅草線に乗り換えて、というところがつよくインプットされてしまったんだな。と思った。

「2つ乗って東銀座までて、日比谷線に乗り換えです。」
「じゃ、とりあえず、これでいいのね。」と、再確認。

「大丈夫です。」

「あら、あなた急いでないの?」

・・・・・・・待って、、、、のあの目されたら。。。。


急いでないということにし、ホームで会話。
大阪から来たと話して、地震があった日も仕事で東京にいたとはなしていた。マシンガントークしている間に忘れてしまいそうだったので、メモに乗り換え駅と何個目でおりて、日比谷線と大きな字で書いたのを降りる間際に渡した。

「あーありがとう。東京の人っていい人やな。また。」と、手を振る。
なんだか嬉しくなってにこにこして私も手を振った。
「あーーそうね、また。ってことは、、ないね。じゃあねー」

またと言ったままにしてほしかった。。。。
またって言ってまた会えないのは、わかってるけど、、、、、

ありのまますぎるおばさん。


ずうずうしいおばさんに、なんだかわからないけれど、癒された。

タネコに会いたいなぁ。

めずらしく今日は、眠れないけれど、昔みたいに苦しくないのが不思議だ。

まぁ眠くなったら寝よう。

個展をさせていただいたところに大きめなリュックを置いて、ゴソゴソ出して私の目の前で、タオルにくるまれ大切にしてくださっていた私作の、木製猫の人形を見せてくださった方がいた。

「ありがとうございます!」

「たまには、お母さんに会いたいだろうと思って連れてきました!」と、ニコニコして笑っていた。

なんだかかわいらしい方だなぁと思った。

そしてゲラゲラ一緒に笑った。