祖母、南タカ子<下杉正子 

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思い出と、今と、これからと。主に家族のこと

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この人は、わたしの父親。

まだ若い時の父親だ。

笑顔が似合う男だ!

でも、過去はいろいろなことがあったようだ。
全てを乗り越えてきた。


このごろある人からなんでそんなに意地悪するのかなぁと思うことが多くなってきた。

私は同じ境涯にいかないように気をつけている。

目には花を歯にも花を!

と、母に私が伝えたこの言葉を母に言われた。

怒りなどのいっときの感情に対して感情で向き合うといいことは一つもない。

自分の影からは逃げられない。

どんな時も負けずにいたい。

人の性格は顔に出るのかなぁ。

私は、子供の頃から動物を描くことが多かった。

その中でもとくに猫が多かった。

子供の頃から猫が好きだった。

人物に挑戦する前から、描けないしむずかしいとあたまから決めて描いていなかった。

声をかけてくださったギャラリーのオーナーさんFさんは、とても親身になって聴いてくれた。

「これだけ動物が描けるのだから、人物も描ける!自信持って!」

と、私を応援してくれた。

それから、似顔絵を描いてみようと思った。

まず好きな友達を描いた。

音楽をヘッドホンで聞きながら、ノリノリ描いていた。

だんだん似てくる。
なんだかスイッチが入ったように楽しくなった。

楽しく描くことが人にも伝わることを知った。

あんなに苦手だった人物は、似顔絵まで描いていた。

動物を描いていたころより、世界が広がった。

描けないことを責めるのではなく、応援してくださったFさんに、今でも感謝している。

あったかい応援や励ましは、とても力になることをしった。





今日は、仕事をして夜は母の髪を切り染めた。

もう何年も私が切っている。

父は難病になってから私が担当している。

母の髪を切っていると兄に呼ばれた。

部屋に行くと、、、

「ごめんね。車椅子広げてくれる?」と、穏やかに言った。

こんなに穏やかな兄を見るのは久しぶりだった。

つらい気持ちを乗り越えてきたのだろう。

お兄ちゃん、応援しているよ。

兄の声と叔父の声は、よく似ている。

おばあちゃんは、晩年よく孫である兄のことを息子だと思い込んでいた時期があった。

のぶちゃん!よく来たね!などと歓迎していた。
孫の兄ははじめは違うよと否定していたが、叔父のフリをするようになった。

そこで2人の会話…なんて言ってたのかなあ。



甥っ子が、小学5年生になった。
つい最近まで、一緒に遊んでいたのに、子供の成長は、とても早い。

お正月は、甥っ子と姉と三人でご飯を食べた。

私たちは食べ終わり、姉がトイレから戻るまでの時にお年玉を渡した。

「ありがとうございます!」と、両手で受け取り、ニヤニヤしていた。

帰りにじぃさんばぁさんの待つ実家へ。

またもやお年玉をもらい、ニヤニヤしていた。

帰ってから姉から連絡が来た。

「エグっ!エグっ!」と、連呼しながらお年玉を数えていたと聞いた。

エグいって何?

甥っ子は、すごいとかってことだよ。と教えてくれた。



木彫り作品を作っている。

一時は、もう木彫りをすることができないのでは?と、覚悟した。

手のひらを深く切ってしまったのだ。

母に伝えたが、滝のようにあふれる血液に動転していた。

私は救急車に電話をして、住所を伝えた。
それからも電話のむこうがわでは、私にいろいろなことを話しかけてきたが、意識がとおのいた。

立っていられず、座り込んだ。

どのくらいたったのかわからないが、救急隊の声で少し目が開いた。

「もう大丈夫!」と、声をかけてくれた。

あっという間に抱えられ、救急車に乗って運ばれた。

「オペ室空いてないです!ここでやります」と、私はぼーっとしていた。

傷口洗いますが、痛いですが我慢して下さい。と。

それがめちゃくちゃ痛かった。

傷口がだいぶ汚れが入ってしまってるので、もう少し我慢して下さい。

と。

麻酔が、途中できれた。

あと一針なので、我慢しちゃいましょう!

えーー!

痛さを我慢するので、精一杯だった。

10針縫った。

よくある国では、手相を整形するとかって、テレビで見たけれど、そんな感じなのかな。。。

リハビリ施設にも通い、ようやっと全ての指が動いた。

もう少し切っていたら、動かなかったですよ。
不幸中の幸いです。
と、言われた。

冬になると古傷が痛む。

でも指の全てが動いたことに心から感謝した。

たくさんの方々に助けられた。

リハビリが終わる日に、握力を測ると……え?!すごいです!男性よりもあるかも!と言われた。

もしかして、もう木彫りの彫刻始めてますか?

はい。


トンネルの向こう側。

少しづつトンネルの先が見えてきたのだろうとその子の気持ちを察した。

「少し落ち込んでいたとラインに書いてあった。」

時々やってくるライン。
私も時々送るライン。

なんてことない時もあるし。
実はとても落ち込んでいる時もある。

落ち込みの底にいるときはなんだか本当に人に話すことができなくなる私。

その子もそうかなぁと、ぼんやりと思った。

私にできることはなんだろう。
話を聞くことかなぁ。
それともなんだか笑ってしまう何かを作ることかもしれない。

泣いてしまう時も、笑う力があれば全てを乗り越えていけると思う。

悩みは薪だ。



おばあちゃんが絵を描くところを、ジーッと見ていた。


おばあちゃんは、よく失敗だ!と言いながらもきちんと最後まで描いてそれをスケッチブックにはさんで残していた。


だから、それらを今でも見ることができる。


おばあちゃんは今はいないけれど、きっとどこかで私を応援してくれているのだろうと思う。

私がどんどんひどいうつになっていった時、私がどれだけ痩せていってもいつもと変わらないおばあちゃんだった。


反対に今ではデブってしまっているけれど、おばあちゃんは笑い飛ばすだろう。


おばあちゃんまた会おうね。


それまで絵は途中でやめないで描いてみることにするよ。

またね。


火事です!

ピーピーピーと、すごい音がなった。

上の方で火事が起きたようで、上の階の人は階段で避難していた。

父は歩けないし、母はビビってトイレへ。

父に一応コートを着るように!と言って渡すと、肩にひっかけて袖は通さなかった。

父に火事だって!
と、伝えると……なるようにしかならない。。。
ケ・セラ・セラと。。。

えー!

母も落ち着いた様子で、コートを私が着るように言うと素直に着た。

もし外に出ることになったら寒いから…
そんなことしか頭に浮かばなかった。

いろいろなことがあるなぁ。

どうすることもできないことも起こる。

兄の部屋に行くと……寝ていた。

え~~~!

みんな自由だ!

防災センターからアナウンスが聞こえて、天ぷらを揚げていて、火が燃え上がった様子。
今は鎮火しているとのこと。
安全が確認されましたら、またアナウンスします。

こんな時間に天ぷらかぁ。
時計の針は11時近くなる。

胃がもたれないのかなぁ。

その後、速攻眠りについた。



いろんな人がいるけれど、私に似ている人が周りに集まるのだろう。
引っ越しをしたころ、そのことを伝えるためにアプリをダウンロードしたまではよかったけれど訳がわからなくなり、銀行へ。
下町の銀行のおねえさんが、それはとても簡単ですから、チョチョイとやっちゃいましょう。
私はホッとした。
マイナンバーカードを持っていった。
そして、銀行の4桁の番号を血迷って間違えたことを話すと、わかりました!それは新しくしないとお金おろせないね!
と、なんだか楽しそう。。。
ノーメイクのためマスクにメガネに帽子
「これ、全部取って!」おねえさん怒ってる…急に怒る。
帽子をとられ…頭ぐちゃぐちゃ…
「髪型違うね」
「メガネ?!」
「なんか太った?マイナンバーカードとちがーーーう」と。
すごい近さでカードと顔を見比べられる。
太りました…とつぶやくと、そうでしょうね。えへへ。
失敬だなと思ったけれど、早く終わってほしかった。
下町……激しいなと、なんだか落ち込みながら帰ってきたけど、終わったからまいっか。


兄を見ていると、辛くなる時がある。
本人が一番辛いと思う。

あの日、兄が倒れて病院に行くと、管だらけの兄。
呼吸が2度も止まった。

呼吸器の音がゆっくりと聞こえた。

とてもショックだった。

不安な顔をしていると、医師が説明をしてくれた。

なにか話しかけてあげてほしいとのこと。
私は管だらけの兄にいろいろ話しかけた。

姉は、なにも言葉を発することなく固まっていた。

それから、リハビリ施設へ転院することができた。

私もお見舞いに行くと…自分の思うようにいかない体に不安を感じているようだった。

「お兄ちゃんお見舞いに来たよ」

「ありがとう…俺そうとう迷惑かけると思う。」
と。

うつが強くでていた。

その気持はわかったので、その時は何も言わなかった。

家に戻ってきて、1年が過ぎた頃私は兄に問いかけた。

「お兄ちゃんリハビリ施設に通うのは嫌なのかな?」
兄は泣き出した。
「もう俺は頑張ったんだ!これ以上責めないでくれ!」

私は心を鬼にして話をした。

「医者にもう歩くことはできない」って言われたんだ!

と、兄は泣きながら話した

「もう希望を持たせないでくれ」

もしそれが本当ならば、その医者はとても罪なことだと思った。

希望を持ち、何年もかけて動くか動かないかわからないけど頑張る

そこにかけてみないか!

私と兄は泣きながら話をした。

俺にかまわないでくれ!

泣きながら私を拒絶した。

とても辛かった。
きっと兄の方が辛かったと思う。