マサコテン

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叔父さんがひょっこり、メロンを持ってやって来た。
何年ぶりだろうか。
私が覚えているのは、まだおばあちゃんがいた頃かなぁ。
その時は、パイナップルを持っていた。
今日は、メロンを2つ。
前もパイナップルを2つ。

人数が多いからか。

おばあちゃん(南タカ子)の仏壇にと。
メロンを仏壇にドーンと置いた。

その後は、母「姉」と、叔父さん「弟」の思い出話に大笑い。

やっぱり家族が集まると、最後はおばあちゃんの話になる。
そして、大笑いする。


なんだかわからないかわいらしい毛糸の編みぐるみのあれやこれを飾ってある我が家。

叔父さんは懐かしそうに眺めていた。

世田谷で、やらせていただいた展覧会の話になって、いまだにあのときの事を話しかけてくれる方々が叔父さんのまわりにも私のまわりにもいることに感謝した。

おばあちゃんのモーレツ工作のやり取りを話すと叔父さんは嬉しそうに笑っていた。

書いてきた記事にあることをいくつか叔父さんにも話した。
みんな大笑いしてお腹がいたくなった。

おばあちゃんよ。ありがとう。
いまだにわたしは、さみしくなるとおばあちゃんに会いたくなって泣くときがある。

そして、へんてこな笑える絵を見て、大笑いして寝る。

おばあちゃん、不思議な人。
おばあちゃんはかっこよくて、賢い人だった。
私に生きる希望をたくさん分けてくれた。
おばあちゃんのお葬式では、たくさんの作品をかざり、笑って100人を越える人々で送った。
今でもおばあちゃんの話になると、話は絶えず、笑いに変えてくれる。


私もいつかそういう人になりたい。


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おばあちゃんは、毎日毎日ものすごいパワーで作品を作っていた。

子供の頃とても不思議に思っていた私は、その後自分も木彫りを始めたりコラージュを夢中でしていた。
集中は、おばあちゃんの方が凄かった。

時々座椅子で入れ歯をもろだしにしながら、15分くらい寝てすぐに起きてなにかを作っていた。

時々思う。
私がなにかをしたいときはなにかを忘れたいとき。
幼い頃の孤独をうめるためだったりもした。
仕事があると、心があんていする。

おばあちゃんの家もすこし複雑だったようだ。
おかあさんの2号さんもいらたらしい。
そういうことを、直接聞いたことがなく、ただただ私はおばあちゃんの助手だった。

うまくかけねぇ。

と、寝てしまう日もあった。

私が出かけてきて、あみぐるみのキッツキッツあみぐるみをおばあちゃんにわたすと、、、、

負けてらんねぇ!!

という根性を発揮しだして、まっちゃん!これと同じもの作れるから待ってて!!

燃えるおばあちゃん。

部屋に行くと、、、
夜なべした様子。

私の気配に気付き、あ!まっちゃん!できてるよ!!

と、満面の笑み!

私まで嬉しくなるほどの、ゆるゆるあみぐるみがいとおしくて、おばあちゃんにたのみこんでほしいよー!というとおばあちゃんは、ニッコリしながら、それを私にくれた。

作りたくない日もそれゃ、いまじゃアーティストだから、あるよね。
何かヒントみたいなものがあったり忘れたいとき作家は狂ったように作品をつくるのかもね。

当時は、知らなかった。
こんなアーティストがこんな近くにいたなんて!

歯が鋭く、ジッパーでできている。

たくさんのことがあるけれど、私もおばあちゃんみたいに負けない!


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おばあちゃんは、からからせんべいが大好きだった。
というよりもなかに入っているおもちゃが好きだった。

袋からザザザーと、全部だしてトンカチで叩きまくり。

カラカラとなる音を私に聞かせて<まっちゃん次はどんなのが出るかね?>と。

ガンガン叩いてすべてのおもちゃを出して袋にせんべいを戻す。
おもちゃを嬉しそうにみてから、せんべいをゆっくり食べていた。

おばあちゃんが子供に見えた時、かわいいなぁーと思っていた。

4月になり、やけにおばあちゃんの顔が浮かぶのでなんでだろうと思っていたら、おばあちゃんの命日が4月末だった。

命日までに、からからせんべいを買ってこようと思った。

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私のおばあちゃんは、ささやかなことにも感謝できる人だった。

もうすぐおばあちゃんの誕生日。

2月になるとおばあちゃんのことで頭がいっぱいになる。
もういないから、話はできないけれど、私にたくさんのことを教えてくれた。

生きていれば必ずいいことがあるよ。と、ニコッと笑ってよけいなことなど聞かなかった。

おばあちゃんのことが、大好きだった。
同じ空間にいられた私は、とても幸せ者だった。

晩年お風呂に一人ではいれなくなり、私がおふろにいれると、鼻唄をうたいながら、まっちゃんきもちよかったー!ありがとうね!

と、満面の笑みをうかべた。

車椅子で図書館にいったり、散歩をしながら写真を撮らせてくれた。
おばあちゃんは、いいモデルだった。

花がきれいだね、まっちゃん!

私は、花には当時それほど興味はなかったけれど、花がすきになった。

おばあちゃんは、希望の人だった。
そしてその希望をわけてくれるふしぎなひとだった。
後ろを振り返らず、前に進む勇敢なひとだった。

私もそんなおばあさんにになりたい。

まさこちゃんて、おばあちゃんぽいよねといわれたことがある。

私の憧れのおばあちゃんのように生きられたら幸せだ。



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友達が、かごに入ったみかんを描いていた。


あたたかいという印象のみかんがそこにあった。

思わずおばあちゃんがかごに山ほどみかんを入れていたことを思い出して心があたたかくなった。
みかんも好きだったけれど、
飴も好きだった。
おばあちゃんの飴のなめかたは、よく覚えている。

口の中で転がすこと転がすこと。
すいとることすいとること。

先日、バスに乗ると、後ろのおばあさんが飴をなめていた。
はじめは懐かしいな。。
おばあちゃん。

等と思っていたが、なめ力を聞きすぎて気分が悪くなった。

そこまで吸いとらなくても。。。
自然にとけるよ。

おばあさんは、早くなめて飲み物のように
唾液を飲み込んでいた。
のど、鳴ること鳴ること。
そして飴をかじることかじること。

耳をすましすぎて、本当に具合が悪くなり本当に降りる駅予定の一つ手前で降りた。

タカ子ばぁちゃんが飴をなめているならば気にならなかったのに、なんでだろう。。。



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おばあちゃんのお墓参りに行った。

ちょっと遠かったけれど、なんだか心がすっきりとした。

おばあちゃんと若い頃に亡くなって会ったことのないおじいちゃんと、小さい頃に亡くなった母の妹のリーボ。

目を閉じて手を合わせていると、、、、

はい!と、母が言ったので現実に戻ったようだった。

お墓をあらったり、お線香に火を着けたり、葉っぱをとっている私を両親はボーぜんと見ていたことに、あれ?とおもった。

行きも帰りも母は電車のなかで眠りすぎてよりかかることよりかかること。

髪の毛が当たるか当たらないかのときは、みのけもよだつザワザワ感。

帰ってきたら、タネコが迎えに来てくれた。

超天然両親に、帰り道は突っ込みをいれてかえってくると、そうよね。
へんなこといわないで!笑いすぎておしっこもれちゃうから!
とのこと。

ありのままをはなしただけなのだけれど。

帰って来てピクリともうごかず、いまも眠りの中にいる両親。

おばあちゃんは、かたちとしてはお墓に。
でも私の心のなかにいつもいる。

おばあちゃんのひ孫が描いた絵。
ヒロ。
3才になった。


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皆悩んでいるんだなぁと、話を聞いて思った1日。
でも、悩みの中でも、人それぞれ深さも悩みかたも、すべてが違う。

だから人なのかな。

当時私が悩みごとを話せるのはおばあちゃんだけだった。

いつもニコッと笑って、あんたの好きなことをしなさい。
と、微笑んでいた。

おばあちゃんは壮絶に苦労したから、説得力があったのか、当時はなにも知らなかった。

多くの悩みごとをかかえ、自暴自棄にも何度もなった。
おばあちゃんはいつもにこにこしてあんたの好きなことしな。

私は絵を描いた。

その事ですべてを忘れることができた。

今年も、お墓参りに行く。
じぃさん。。父のわきのかほりで、皆がキレ出さないように、入念な手入れが必要だ。

若い人、イラストレーターを目指す人は多い。
私は、才能ややる気のある人を応援している。
イラストレーターでも、自分がよければいいという人を見かけ残念に思った。

皆オナジトコロヲ目指す同志なんだと思う。

人をバカにしたり、さげすんだりする人を私は悲しく思った。

皆を応援しながら、私をも応援しているのかもしれない。

失敗は成功のもと。

おばあちゃんがよくいっていた。

おばあちゃんは晩年狂ったようにタコを作っていた。
おばーちゃんこれはむりだよ!

それでもあきらめない。
かっこよかった。
おばあちゃん。

写真の向こうで笑っている笑い声が聞こえる。



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このブログへアクセスをしてくださっている方々ありがとうございます。

私の名前を検索すると、このblogがわりと出てきています。
そして、まだアクセスしてくださっている方々がいらっしゃることに感謝申し上げます。

ここには祖母のことをなんとなく思い出したりそんなときに書きます。

私自身のことは、ホームページのdiaryとして作りました。

言葉は時に武器にもなります。

そういったことや、行動に気をつけて参ります。

皆様どうぞよろしくお願いいたします。


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ここにかきためていたブログ、マサコテンのは祖母のことのみとなりました。

すべてのことは心にあるとは思っています。


でも、祖母のことは消すことができませんでした。

いなくなってしまったひとだからかなぁ。
きっとそばにいるように思う。

私は個人的なことを書きすぎました。
そのことにより多くのともだちに心配をかけたり、よからぬ不安を招いたり、でも、ここは私が生きている証であった。

本当のことをありのままに書いていました。

時にはそれは、よくない方向になることをおそすぎて知りました。

知る権利。
知られたくない権利。

電池のようにプラスとマイナスがあるのがひと。

大好きなおばあちゃんともけんかもした。
ケンカをできるなか。というやつなのか。

今はいないから、確かめようがない。

今私はこうかいのないように生きたい。

そこには、自分自身を自覚しなくてはならない。




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なんとなく苦しくなったので、おばあちゃんの絵を見た。


しばらくすると、不思議と笑っている私がいた。


おばあちゃんは、人をわからそうなんてちっとも思っていなくて、とても真面目に描いていた。
必死で描いたり、謎のものを作っていた。


大好きだったロボットはないけれど、残してあるものがたくさんある。


私はこの年齢ですでにわりと波瀾万丈。
でも、おばあちゃんにはかなわない。

辛い思いをして、でもどんなときも負けなかったおばあちゃん。

いつもおもしろくて、いつも優しいおばあちゃん。
時々、むしょうに会いたくなる。


おばあちゃんは私の異変にすぐに気がつくひとだった。

でも、そういうことを聞かずに普通に話しかけてくれたり、オセロをしようよといってくれた。

悔しがりの負けず嫌いのおばあちゃん。

オセロ、私は強かったけれど、一度だけ、わざと負けたけれどそれもわかっていたみたいだった。

まっちゃんに勝ったよ!おばあちゃん!すごいなぁ!!
ゴニョゴニョいって。。。
ありがとうね。

と、にっこりと私の目をみて笑った。


おばあちゃんはいま、どこにいるのかなぁ。

きっと近くにいるとは思うけれど、会いたくなる。


私は、なぜか赤子の時からおばあちゃんがいると泣き止んでいたらしい。



おばあちゃんの若い頃の写真を見ると、とても美人だった。

私のおばあちゃんとは思えなかった。

ラブレターをもらったときもあったらしいが、読んだりもせず開けたりもせず、そっこう燃やしていたことがあったと、亡くなってから聞いた。

あんなにキレイだったのに、なんであんなにましかくなおじいさんと結婚したのかな。


当時としては晩婚だったらしい。

お見合いなども、断り続けていたと聞いた。


モテるのに。
なんでだろう。


中身がそうとう謎なひと、おばあちゃん。

面白い話ばかりしてくれたけれど、苦労したとかそういうことは、本人から聞いたことがない。


毎日見る夢の話をしてくれるのが日課の時があった。

毎日とんでもない夢を見ていた。


頭が、恐竜で体が人間のやつが出てきたの!

など。

おっかねーよ!おっか、おっか、おっかねかったー!!!
まっちゃーん!

こわい夢を見ておいてこわがりなおばあちゃん。

ケンタウルス?!

そういうのが、風呂に入ってたとか。


おばあちゃんの頭のなかを私は当時から見てみたいと思っていた。


私はおばあちゃんのようになりたい。
それは、見た目もある。
容姿のことはよく人からいわれたりもする。
言いやすいのかなぁ。
わりと傷つく。

でも、私はおばあちゃんの中身こそすごいなぁと思う。


どんな状況をも乗り越えていくひと。
強いひと。

私はまだまだだなぁ。


なにかに、落ち込んだりすること。
それは、きっとそんなに悪いことではなく、もっとひとに優しくもっと強くなるための試練だととらえよう。


どんなにつらくても、どんなに泣いても、おばあちゃんに少しでも、喜んでほしい。


こんなに笑えるものをたくさん残してくれたのだから。


乗り越えたい。

笑える絵をみよう。




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