僕は楽器の単独な音色ではチェロの音が1番好きですラブラブ


最近日本のバンドでボーカルの女の子が、チェロを弾きながら歌っていたのを見て格好良かったですねひらめき電球


中低音があれだけ豊かに響くのに、高温域も痩せた響きにならずに伸びやかに鳴らせるというのは素晴らしい楽器ですねニコニコ


そのチェロをコンテンポラリーな音で鳴らしているハンク・ロバーツの「BIRDS OF PREY」というアルバムは大好きな一枚ですパンチ!



1曲目の「COMIN'HOME」でのエレキ・ベースのチョッパーとチェロの16分での絡み方は中低音を分厚く、ファンキーに響かせます。



2曲目の「PRETTY BOY TOM」はオープニングのチェロのソロで静かに始まりますが、ピチカートの響きから引き込まれます。

歌声と楽器が増えていき、チェロの音はだんだんロングトーンに変わっていき、ドラムが加わって来たときの疾走するようなチェロのソロには凄く痺れます爆弾



4曲目の「ANGELS AND MUD」ではボーカルのバッキングだったチェロがだんだんフリーキーに鳴らされていく部分が堪らないですパンチ!



5曲目の「SCREAM」は最初から叫び声で始まり、アヴァンギャルドに一気に終わってしまいます。



ラストの「HEAR ME」はある種のマニフェストといった感じの力強いボーカルで始まる感動的なナンバーです。

「LEAVING HERE ALL TOO SOON」の歌声のリフレインに痺れながら、エンディングでの「NO HOME,NO CONFORT, BUT MY SPIRIT IS STRONG」,「NO HOME,NO COMFORT, BUT MY LOVE IS STILL PURE」のフレーズで昇天するという感じですショック!


アホみたいな頑張れソングではなくて、こういう歌こそ被災地に響かせたいと思ってしまいますパンチ!


女性ボーカルのD.K.DYSONの凛々しく、伸びやかな歌声も素晴らしいですねニコニコ


ギター、ベース、ドラムも上手な人達なのですが、音色の作り方が少し古い感じがするのが残念ですねガーン


音楽のスタイルとしてはロック、ジャズ、フォーク、ファンク、アヴァンギャルド、などジャンル分け不可能という感じです星空



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実家には犬のミニチュアシュナウザーがいますわんわん


最初は元カノと新宿の僕の家で飼うことになりましたが、元カノが病気療養のため北陸の実家に帰ることになりました飛行機


僕1人で飼うことになりましたが、昼は家を空けることになって寂しい思いをさせてしまい、結局千葉の実家に連れて行くことにしましたしょぼん


そして両親にも実家にも馴れてくれました家


そのとき実家には柴犬とビーグル犬がいたのですが、その2匹とも仲良くやってくれたのでほっとしましたニコニコ


しかし、その2匹が交通事故と老衰で相次いで死んでしまい、ミニチュアシュナウザーがいなかったらて寂しくしょうがなかっただろうという話になってしまいましたガーン


今では実家でなくてはならない存在になっていますクローバー


そんなミニチュアシュナウザーですが、ある意味で僕は彼を捨てた親ということになりますガーン


しかし、誰よりも僕が帰ると尋常じゃなく喜んでくれますひらめき電球


こんなダメ親なのに慕ってくれてると思うと泣きそうな気持ちになりますねしょぼん


離婚して自分の子供を捨てる親の気持ちはこんな感じなのかななんて思ってしまいますガーン


ちなみに、新宿コマ劇場横のペットショップでの出会いだったので、家の犬はバリバリの歌舞伎町出身ということになりますガーン



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NHKのBSでやっていた番組でのサンデル先生の東日本大震災に対する基調講演は面白かったですねニコニコ


かつてポルトガルの大地震が起こったとき、それはちょうど啓蒙思想の発芽の時期だったこともあり、ヨーロッパの価値観が大きく変わったことがあったそうです。


被害の大きさなどが直接価値観の転換につながるわけではなくて、時代的なタイミングが合致したということです。


今はネットワークによるグローバリゼーションの真っ只中ということで新しい価値観が生まれる可能性があるということでした。


これだけの傷を負ったわけですから、このことが社会に新しい価値観をもたらして調和が生まれるのなら本当に素晴らしいことだと思います。


しかし、その中でYouTubeで津波の映像を見て、遠く離れた外国の方がリアリティのある問題として受け止めることが出来るかという話になりましたが、僕は甚だ懐疑的になってしまいますガーン


いわゆる地球市民という発送だと思います。


僕たちは身体のサイズも限定的であり、それぞれの生活圏も限られています。


フェイスブックで離れたところに恋人や友人が出来たとしても、どこでもドアがあるわけではないのです。


被災された方々への共感はある程度はイマジネーションで補うことが出来ると思いますが、僕たちは傷を負ってみないと本当の痛みは分からないと思います。


節電のために電車が走ってないとか、食べ物が手に入らないとか、テレビが地震関連の番組しかやってないなど、生活の上での不便さを実感出来たから、僕にとっては対岸の火事には思えませんでした。


しかし、震災直後であっても、関西より西方面の方とでは温度差があったのを思い出します。


そのとき南米を旅行中だった両親とでさえ、震災の捉え方が違っていたこともありました。



政治の世界でも、ネットワークによる革命が可能になっていますが、地政学的な距離の問題を考えることなしには政治を行うことは出来ません。


まさに原発のロケーション自体が都心にエネルギーを送るには近くて、放射能汚染があったときはとりあえずは回避できるという理由で、茨城や福島が選ばれているのは間違いないところです。


それでもこの未曽有の悲劇の中で、本当に感情を内包した哲学こそが求められているというサンデル先生の考えは理想的ではありますが、やっぱり素晴らしいと思いますニコニコ