新宿から九十九里に居を移してから、前から聴いていた音楽の聞こえ方が違っていることがあります

来週の武道館でのライブも楽しみなシガーロスなどは、以前よりもしっくりくるようになりました

この季節は、山並みだけでなく、田植えの終わった田んぼまで、緑のグラデーションに包まれていますが、そんな田舎の道を窓を開けて走りながら、蛙の鳴き声に混じるシガーロスを聴いていると、とても幸せな気持ちになります

昨日は高校時代の同窓会がありましたが、未婚で音楽にアートに本に映画にスポーツにと貪っている自分の浮いてる加減をつくづく思い知ることにもなりました

と同時に彼らの話を聞いていると、少子高齢化や不況から抜け出せない産業構造など、自分たちの街は疲弊した地方都市であるということを改めて感じることとなりました

シガーロスが地元アイスランドの田舎町でのライブの映像を収めたDVD「HEIMA^故郷」を見ていると、素晴らしい音楽とともに風景の美しさが突き刺さります

美しさに浸って、ユーフォリアに満ちた後は、お返しとして、現実でもその美しさを見届ける必要があると思います

自分が浮いた夢想家で終わらないためにも、美しいものとともにあるためにもやらないといけないことがあるように思います

村上隆さんの「めめめのくらげ」なんかもそんな気持ちで作られたのかななんてことを思ったりしました

しかし、「名前のない女たち」の番外編を読んでいると、安寧とか穏やかな日々が、転がり落ちる瞬間と隣り合わせであることを痛切に感じてしまいます。
それが醜く堕ちていく姿なのか、空を昇っていく天使の姿なのか、誰にも言うことは出来ないのかも知れません。






