狛江の電力中央研究所といういかにも天下りな施設に火炎瓶が投げ込まれたそうですね

今更という気がしなくもありません

僕が原発事故により転居を強いられた福島県民であれば、東電の社長や原発誘致を決めた自治体の長や当時の与党の担当の大臣に対してテロでもかましてやろうかと思ってしまいそうですが、福島の方はおとなしいのかも知れません

もしかしたら意図的に文句を言わなそうな人々の住んでいる地方だからということで、原発を作ったのかも知れません

でも金なんて国民から巻き上げればいいっていうような役人の性根を叩き直すには、命の危険を身近に感じさせる必要があるんじゃないでしょうか?
緊張感はやっぱり大切だと思います

生活に困って犯罪に片足突っ込んでる売れないホストとかをやるぐらいなら、憂いのあるイケメンのテロリストなんて目指した方がマスコミも飛び付きそうだし、人生が面白そうな気がします

「太陽を盗んだ男」の沢田研二さんは、別に高邁な理由があるテロリストなんてものではありませんが、今見ても死ぬほど格好良いのです

僕の知ってる方で、高学歴、高収入でありながら本も何も読まない方々いました

仕事で成功はしていますが、いわゆるビジネス書の類も読んでいなそうなところは逆に尊敬できるところではあります

ニュースとかもおよそ穿った見方などしないというか、ニュース自体に興味がないと言った方がいいのかも知れません

趣味といったら、ジムに行っての筋トレや接待による高級ディナーぐらいのものです

その人は毎日が本当につまらなそうでした

つまらない日常に対しての処方箋として、薬物を使って脳内物質を直接刺激すればいいのでしょうが、放っておけば薬というものに対して耐性が出来てしまうのが人間の身体です

刺激を上げて、それに慣れて、また刺激を上げてといういたちごっこを身体が壊れるまで繰り返すだけのように思います

それもひとつの可能性なんだと思いますが、快楽が即物的であることに人は耐えられるのでしょうか?
一般的な生活レベルの実感からすれば、快楽は自分に固有なものであると信じたい人が大半だと思います。
ラカンの言うように欲望は他者によって作られていると思っている僕みたいな考え方からしても、薬理的な作用だけで快楽が決まるとはとても思えません。
いわゆる脳科学というものに対する僕が感じる違和感というのもこの辺りなんだと思います。
そもそも同じ薬物を使えば同じ快楽が経験出来るなんていう発想が、人間や社会、ひいては世界そのものを完全に管理できるかのように考えているようで、いまいち乗り切れません

まあもっとも薬物を楽しんでいる方にとっては、高級ペントハウスや海沿いの別荘やクラブなどのシチュエーション自体が快楽を構成する要素として大きいのかも知れませんね

そうすると結局は楽しいことなんてそれぞれの想像力が支えているんではないでしょうか?
チュートリアルがM1を穫ったときのネタなどもまさに、冷蔵庫を買った人や自転車のサドルを無くした人に対しての妄想という想像力が爆笑を巻き起こしたんだと思います

東電関係者や役人の危機感の無さは、彼らの想像力の欠如と通じているはずです。
そんな彼らの想像力を刺激するには、テロリズムのひとつやふたつは本当に必要なのかも知れません




