メッシが当然のように再びバロンドールを穫りましたが、今年はアルゼンチンで次のオリンピックの開催地が決まりますね

前回の誘致では、石原伸太郎元都知事がオリンピックを東京に誘致しようと躍起になっていたのに市民の賛成が少なかったのが誘致に敗れた原因のひとつのように言われています。
それがロンドンオリンピックの祝勝パレードの後、次のオリンピックの東京への誘致の賛成が一気に増えたそうですね

僕はオリンピックに熱狂するタイプではないので冷静に見ているということかも知れませんが、人々のこういう考えの変化には本当に驚かされます

何しろ去年のロンドンオリンピックで僕が1番盛り上がったのは、フジロックのグリーンステージのモニターに映し出されたポール・マッカートニーの「Hey! Jude」で大合唱したときというぐらいですから…

このオリンピックの誘致を巡る人々の気持ちの変化を見ていると、この前の総選挙で自民党に票が一気に流れたのを思い出してしまいます

大平洋戦争でマスコミと持ちつ持たれつで民意が戦争を肯定するように翻っていったのは、こういうことなのかなとも想像してしまいます

山本七平さんの「空気の研究」のように、見えない空気の支配というのは今も変わらず日本の大きな社会的なイッシューなのかも知れません

そう考えると石原伸太郎さんのように強い右翼的なリーダーシップが国を煽動するというより、マスコミとの共犯で民意から立ち上がる世間の雰囲気とでも言うものの方がはるかに恐ろしく感じてしまいます

福島原発事故の後、轍を踏まないように脱原発を真摯に模索している国がたくさんある中で、原発推進派である自民党の圧勝というのでは、人々の言う脱原発は一過性のファッションだったのかと思わされます。
被災者からすれば、まったく現在形の話だと思いますが、人々にとってあれだけの事故でさえ喉元過ぎればということかも知れません…
変わるということは変化への適応と言えるのかも知れませんが、度を過ぎれば信用を失うということでもあるはずです。






