アメリカの意向に寄り添うような形でしか生きられないというのは残念で仕方がないですが、世間では一見したところ株価も上がってやっぱり自民党で良かったんだという安心感があるのかも知れません

でもそれは今のところは実体経済ではなくて、タイムリーなトンネル崩落事故をだしにして大々的にぶち上げた公共投資に期待する旧態依然とした投資レベルの話でしかないように思います。
自民党が与党に返り咲いてからというもの、選挙前と違って原発を肯定するような世の雰囲気を感じてしまいます。
福島原発の廃炉処理や核廃棄物の問題もままならないというのに、自民党は停止していた原発の再始動どころか、新規で原発を建設するなんてことまで言い出してるようです。
僕の住む街も似たようなものですが、仕事が失われて税収が上がらないような過疎化と高齢化が進んでいる街にとっては「より安全な原発」ということなら、税金と補助金の誘惑に負けて原発の誘致に名乗りを挙げてしまうのでしょうか?
人が自発的に移り住みたいと思うような街を創ろうとしないで、そのように目の前にぶら下げられた人参を追いかけることが、本当に地方の生活を豊かにしていくとはにわかには考えられません。
山本七平さんが「空気の研究」で言っていたように、このように一夜にして世の風潮が変わってしまうこの空気の原因が何なのかは解りません。
ジョニー・ロットンもニール・ヤングもエクスプロイテッドもどこ吹く風で、サンボマスターの「ロックンロール・イズ・ノット・デッド」は今年を代表する最高に素晴らしいアルバムですが、その中のナンバー「Beautiful」のようにそんな人たちでも絶対に魂が死んでいない「Beautiful」なときがあったはずです

いい年して性善説に過ぎるのでしょうか?
そういう暗澹たる気持ちでいたら、ビーチボーイズの「ペットサウンズ」が聴きたくなってしまいました

ブライアン・ウィルソンを迎えての素晴らしいライブとその後の解雇などゴタゴタの騒動が続き、美しさと醜悪が隣合わせであるのを今年はより痛感しました。
でも世の中の醜悪さを忘れさせてくれるには、これぐらいメーターを振り切っているような美しさが必要なのかも知れません

だかと言ってその美しさに耽溺して、世界の行く末は「神のみぞ知る」としたくはありませんが…
