秋月は、有明海を往来する明日香舟のことであった。

筑前朝倉には、秋月がある。

明日香、奈良の神に繋がっていた。

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★目次

☆1 秋月は明日香舟

☆2 大己貴神社と三輪

☆3 大国主神と高良神と神功皇后

☆4    秋月の異類と明日香の亀石

 

  秋月は明日香舟

(「儺の國の星 拾遺」54、秋月星*あきづきほしより引用

”あきつき”とは筑紫の古語で、明日香舟、即ち有明の干潟を往来する平舟(ひらはり)の古語であった。

(真鍋,1985,P55)

 

真鍋氏は、新星を九州では秋月と呼び、筑前朝倉の秋月、古處山(古処山)の名由来はここからであり、爆発した星雲の拡散する様子が、有明の干潟を往来する平舟(=秋月=明日香舟)と似ていたからと、述べている。*1

 

秋月は、明日香舟と同義語だったのだ。

 

真鍋氏は、有明海と玄界灘が繋がれていたと説かれている。

 

 

図1 左 海面上昇シミュレーションシステム

右 Google map

 

福岡の朝倉市に、前述の秋月がある。

そこに在るのが古処山(こしょざん)。

 

古処山は図1の右、紫丸に囲った場所にある。

秋月は山の裾野にあり、「有明の船が往来する」場所ではない。

 

だが、秋月と明日香は神で繋がる。

 

 

  大己貴神社と三輪

 

この辺りには、奈良や三輪の地名があり、三輪大明神とも呼ばれる大己貴神社がある。

 

大己貴神社

 

別名、おんが様であり、大神様が訛ったものだという。

大己貴神は、大国主神。

 

三輪山を御神体とする大神神社の大物主神は、大国主神の荒魂。

同神を示唆したもの。

ゆえに、大己貴神=おんが様=大国主神=大物主神=三輪の神。

社の向かいにある山は、通称三輪山と呼ばれている。

 

 
大神山(三輪山)
 

大己貴神を祀り、三輪大明神であるのは、そういう訳になる。

 

尚、三輪山の側には大和朝倉がある。

 

 

彼は饒速日命。

后は御炊屋姫。

大神神社の境内にある摂社に、御炊社(みかしぎしゃ)がある。

御膳津神(みけつかみ)が祀られ、豊受大神、宇迦能御霊と同神。

御炊屋姫の名が、それを意味していた。

彼女は、宗像神=市杵島姫命であり、女神の天照。

 

 

大神神社の社家の大三輪氏と、宗像神社の宗形氏は同族であった。(「新撰姓氏録」)

宇佐の当初の社家は大三輪氏であり、三輪の大神神社の社家と同じであった。

 

大三輪氏は物部氏であり、ゆえに神は饒速日命夫婦ということになる。

 

大己貴命と宗像神は、筑紫で夷類退治の伝承がある。

 

彼は、筑紫の高良神であった。

筑紫では安曇磯良神、武内宿禰とも名を変えられている。

 

 

その后が神功皇后。

彼女は御炊屋姫であったのだ。

 

*神功皇后

大己貴神社には神功皇后の伝承があった。

三韓征伐の兵が集まらなかったが、大己貴命の社を建てたら集まったとのこと。

 

しかし、ここは羽白熊鷲の本拠地、秋月が目の前にある。

彼女は高良神と共に異類退治をしている。

(「高良玉垂宮神秘書」)

 

彼は祀られているはずの大己貴命。

 

祭神は、羽白熊鷲を退治して、この地を開放した者なのだ。

では、退治した彼らを敬い、土地の人が祀ったというのが、真実ではないだろうか。 

 

この辺りには大国主神を祀る社が数多ある。

では、退治された羽白熊鷲は、土地の人に歓迎されなかったものということになるだろう。

 

  大国主神と高良神と神功皇后

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

朝倉には二つの美奈宜神社がある。

両社の祭神は同神と繋がっている。

 

美奈宜神社(林原)

 

高良神は、武内宿禰=住吉神=春日神=祇園神(下社)=スサノオ命。

彼は物部の祖神の饒速日命=天照=大物主神=大国主神=事代主神。

そして、神功皇后。

 

そこには、二柱の神が祀られているだけということになる。

 

 

退治した場所には、退治した者が祀られる。

それは土地の人の感謝の気持ちの表れではないだろか。

 

  秋月の異類と明日香の亀石

 

秋月は明日香。

奈良にも明日香があるが、古来でも干潟ではないように思える。

 

大己貴神社のHPにこのような図がある。

筑前と筑紫の地名に数多の共通点があった。

 

出典*大己貴神社HP*大和郷の周りの地名
 

出典*大己貴神社HP*朝倉地方のまわりの地名

(下記、HPより)

 

上記HPでは、「筑紫から大和へ移動したのではないか」とあるが、自分もそう思っている。

 

しかし、秋月が明日香を意味していたとしたら、場所は対応しない。

 

しかし、明日香は「三輪の神」と関わりがある。

明日香の亀石は、三輪の神が水を引いたことを示すものであった。

 

筑前の明日香、即ち秋月は、三輪の神が羽白熊鷲を退治していた。

地名と「三輪の神」という共通点。

もしかすると、地名でそれを示唆しているのではないだろうか。

 

この一帯は、神話での建日別であった。

それは羽白熊鷲、異類と呼ばれ、秋月、古処山には本拠地があったという。

 

 

 

 

それを退治したのは彼らであった。

この地に在る大国主神(大己貴神)と神功皇后の社は、土地の護りにもなるだろう。

 

 

(つづく)

 

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*1 星雲の拡散が、当時確認できたのか?という疑問はあるが、新星になった後、星雲の広がりが見えなかったとは否定できない。

近々、オリオン座のベテルギウスが新星(爆発)するかもと言われているので、興味津々です。

 

 

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