ここには「火明命」の扁額が掲げられた鳥居がある。          
彼の子孫が居着き、彼を祀ったものであった。
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福岡県嘉穂郡馬見にある「馬見神社」。
まずはその鳥居の扁額。
 
 
入って三番目の鳥居、「火明命」。
扁額の神は、ご祭神である。
 
拝殿
 
 
だが、その名は由緒書きには無い。
 
ご祭神、
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
天津彦火瓊々杵尊(あまつひほににぎのみこと)
木花咲哉姫命(このはなさくやひめのみこと)
 
上宮の創立年記は不詳だが、三千年前と言われる馬見山頂(九八七m)の頂上近く御在所岩の巨石あり。ここに鎮座
瓊々杵尊は天孫降臨の御神で~(中略)~県社に定められる。
 
ここまで福岡県神社誌と大体同じになるが、この後の文はそこに無い。
 
福岡県神社誌によれば
神武天皇御東征の時、ここに参拝せられその御神馬が白い馬で(足白)又馬見の地名が起こったとも言われる。
 
おそらく、地名譚と思われる。
旧地名は、足城村大字馬見字宮小路。
 
由緒書きの「三千年」も神社誌に「神代」とある故と思われる。
 
社の名にある「馬見」は、先代旧事本記にある饒速日命と共に天鳥船に乗り天降った二十五氏の一つ「馬見物部」を意味する。
 
 
彼らは居着いた土地で、社を建てて祖神を祀った。
そうすることで、神も一族も未来に繋げる。
ゆえに「火明命」の扁額がある。
 
祭神に名が無くとも、彼は祀られている。
 
「火明命」の扁額がある鳥居。
 
神話の神はすべて二柱に集約される。
饒速日命とその后の御炊屋姫。
 
彼らは男女の天照であった。

 

この国の者は、神をすげ変えたりはしない。
外国の神さえ受け入れ習合した民が、神を捨てるような畏れ多いことをするだろうか。
 

ゆえに、ご祭神は名を変えた彼らである。

 
 
 
 
 
 
馬見山の山頂近くに御在所岩がある。
 

 
かなり大きい。
この下にあるのが、上宮。
 
 
 

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