西に天原。
そこが建日向豊久士比泥別。
儺の国があるところ。
彼らが降臨した高天原。
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★目次
☆1 有明海と玄界灘をつなぐ瀬戸
☆2 七夕の神*饒速日命と御炊屋姫
有明海と玄界灘をつなぐ瀬戸
(「儺の國の星」6、根堅洲国より 引用)
昔、太宰府の前には有明海と玄界灘をつなぐ瀬戸があった。筑紫は東野宇佐島と西の高来島の二つに別れていた。西は又の名を天原(あまのはら)とも称した。空の星を海にちりばめたような多島海がこれであった。この瀬戸の北の出口に西の儺国、東の蚊田国(かだのくに)があった。現在の那珂郡糟屋郡がこれである。神代の昔に根堅洲国と呼ばれていたところかもしれない。(真鍋,1982,P28)
ここにもあった...。
太宰府の前には有明海と玄界灘を繋ぐ瀬戸があった。
瀬戸、それが針摺(はりづり)。
図1 左 海面上昇シミュレーションシステム
右 Google map
上の左の図の紫丸が針摺。
拡大図が下の図2。
図2 左 YAMAP
右 Google map
ここが針摺(はりづり)。
文化財総覧Webより。
図2の辺りからの文化財の出土の様子。
ほぼ出土していないと言える。
北部九州は「三つの海峡」で別れていた。
これが神話の「筑紫島の四つの面」の由来なのである。
*豊日別と建日別の境は、別れていない。
冷水峠がそこにあり、「異類」の出没した場所になる。
「建日別」には、羽白熊鷲の本拠地が古処山の麓にあった。
それが熊襲である異類。
記紀にも「建日別」は、熊襲の地とある。
高良大社に伝わる「高良玉垂宮神秘書」によると、高良神(住吉神)と神功皇后がそれを退治していた。
この話に関わるのは彼らなのだ。
西に天原。
そこが建日向豊久士比泥別。
儺の国があるところ。
彼らが降臨した高天原。
七夕の神*饒速日命と御炊屋姫
(「儺の國の星」6、根堅洲国より 引用)
七夕即ち”たなばた”とは、天に懸る機帯(はたおび)のことであります。織女が天頂に上る七夕の頃に、稲の水祭(みずまつり)を行った古い習慣が、今の星座に変りました。
(真鍋,1982,P29)
七夕の神は星の神。
彼らは星神であり、いつからか結びついたと思われる。
福岡県小郡市に、七夕神社があった。
媛社(ひめこそ)神社だ。
祭神は磐舩神と棚織(たなばた)神。
前者は天火明命(饒速日命)
後者はその母の栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのこみと)
媛社神社
彦星さまと織姫さまの像がある。
そう、母子で七夕の伝承はあり得ない。
彼女は后になる。
もう一つのヒメコソ神社と、同神と示唆する伝承がある。
ここから、栲幡千千姫命は織女=市杵島姫命。
天火明命=高良神(住吉神)と繋がった。
天火明命は、籠神社でも饒速日命と辿り着いている。
この辺りの伝承は、すべて高良神と神功皇后に繋がる。
彼らが饒速日命であり、その后の御炊屋姫なのだ。
彼女は女神の天照。
内宮の神、瀬織津姫。
奈良の天河弁財天は、内宮の女神を勧請している。
御炊屋姫の社は弁天様(市杵島姫命)と呼ばれる。
つまり、天照=瀬織津姫=弁財天=市杵島姫命=御炊屋姫。
彼女が、饒速日命の后。
彼はひめこそ神社でも繋がった高良神。
ゆえに御炊屋姫は、彼の后の神功皇后となる。
(以下、詳細)
彼女は織姫。
神話では、天津甕星を退治した建葉槌でもある。
( つづく )
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