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追憶




『人間は何故まばたきをするか知っていますか?

時には人の過ちに、目をつむってやるためです』

野島伸司さんのドラマ「世紀末の詩」に出てくる言葉です。

とても好きな言葉。


人の成す過ちは、
取り返しのつかないものもある。

今日で、長崎に原子爆弾が落とされたあの日から64年。
ついこの間までこの国でも戦争があった。
たった64年なんだ。
モノクロで見る当時のフィルムは、
どこか物語のようだったり、
長い年月を連想させたりするけれど、
たった64年。
今わたし達が生きてるカラーの生活と同じ、現実のこと。

この戦争は、日本もアメリカも両方が被害国であり加害国。
原爆が落とされた日本ばかりではなく、両の国の人々が亡くなった。
何十万人というひとくくりに言われるけれど、個人であり、みんな誰かの大切な人。
加害者も同じ、みんな誰かの大切な人。
人を殺めた生々しい感触にいつまでも苦しむ人もいる。
人殺しをしたら裁かれるのに、戦争で人を殺めたら称賛される。
戦争という撹乱の後、残るのは栄光ではなく悪夢だと想う。
加害者も被害者も、どちらも傷つく。
加害者にも被害者にも、どちらにもなりうる。
広島長崎の原爆投下が、戦争はどれだけ悲惨なものなのかを想い知らし、あれほどの尊い命が奪われたのにも拘らず、今も世界中で戦争が絶えることはない。

毎日のように、テロだなんだとカラー映像が世界中のニュースで流れる。
赤い血が赤く映り、焼け焦げた死体も痩せこけた子どもも高画質で映し出される。
それでも、戦争は終わらない。


私たちの日常にも、戦争はある。
死なないだけ、血が流れないだけ、争いは絶えない。
多くの人が、被害者であり、加害者である。


後悔することも多い。
あの時、ああしなければよかった。
やり直せるものなら…。
あの時に戻れたら…。

転落した時、自分を抱きしめてくれる人がひとりでもいたら、生きられるのかもしれない。
取り返しのつかないことをしてしまったとしても、反省し、残りの人生を掛けて罪を償う勇気がもてるのかもしれない。
たとえ世界中が自分を責めても。

人が罪を侵した時、世界中がその人を責めても、たった一人、その人の更正を願うことが出来るだろうか。
罪を償うことを、傷付けた相手の悲しみを少しでも癒せるように努めることを、許すことが出来るだろうか。

そんなことをしていたら犯罪は減らないのかもしれない。
それでも、裁きを受け傷みを受け罪を償うことは、奪うべきではないのだと想う。

被害者にも加害者にも、家族が、愛する人が、いるということだ。

過ちが次の過ちを生むか、
過ちが次の過ちを食い止めるか。

裁きを受け、服役を終え、本当に反省した人でも、社会はなかなか受け入れない。
その結果、それに負けて前者に進む人が多い。

難しい問題ではあるけれど。
誰か一人でも、偏らない目でその人をみてあげることができたなら、後者へ向かえるのかもしれない。

一部情報だけで簡単に報道するメディアや、冤罪すら存在する司法、何より自分が如何に物事や人物を見ることができているのか。
自分で確かめることを怠り、安易に情報に流されることも多いと想う。

近日報道されている薬物問題も、憶測は飛べど、真実は本人にしか、いや、もしかしたら本人にすらわからないのかもしれない。
あらゆる手で、人を貶めるような組織があることも知らなければならない。
お金が流れれば事実すらねじ伏せられることもある。
いずれにせよ、薬に手を出したこと、薬に手を出させたことは絶対にしてはならないこと。
厳しく罰せられ、罪を償わなければならない。

ただ、彼らの子どもが、親をどう想っているのかは、大切にしなければならない。
薬をしていたことはもちろん親として間違っているけれど、だからといって、子どもを愛してなかったわけではない。
子ども自身が、愛を感じていたならば、愛されていたんだ。
第三者がよってたかって「あんな親で可哀想に」だのと告げることで、子どもは受けたはずの愛すら疑うことになる。
親を憎み、いつかその刃を他に向けることになるかもしれない。
罪を償い更正して、根本からやり直していくことを願いたい。
やっとゼロになれた時、子どもとの生活もやり直せばいいと想う。
どうか繰り返さないように…他人事だと想わずに、みんなで立て直していくべき問題だと想う。
薬なんて、いつ自分の大切な人にまで及ぶかわからないくらい、遠い問題じゃないわけだから。
自分が望まなくても、農薬と同じように、いつの間にか取り込んでしまうことだってあるはずだ。

戦争にしろ、薬物にしろ、日本だけが良くなっても、それは解決ではない。

いずれ、自分の大切な人にまでたどり着く。

守りたい人がいることが、世界平和につながると信じてます。

愛された記憶を大切に。


Love and Peace xxx

神様が降りてくる夜


 
川村かおりちゃんがなくなった。
かおりちゃんととても親しい、私の大大大好きな方のBlogに
彼女の名前があり、・・・まさかと想ってかおりちゃんのサイトへ行くと
かおりちゃんが永眠って書いてあった。
彼女の遺した愛娘るーちゃんが気掛かりでしかたないだろうね。
それでも、いのちを込めて、愛を込めて、
るーちゃんに大切なものを伝えてた。
時間は足らなかったかもしれない。けど、
100万年分くらい濃く愛してたと想う。
これからも、いちばんそばで、彼女を見守るんだろうな。

るーちゃんが生きる世界に 私たちも生きていて、
何が出来るかって、何にも出来ないかもしれないけれど、
ただ、
かおりちゃんが少しでも安心していられるような
そんな世界にしていかないといけないんだと想う。
かおりちゃんありがとう。
これからもありがとう。
 
 
そんな同じ日に、
大阪姉妹殺害の死刑囚らに、刑が執行された。
死刑制度には賛否両論だと想う。
以前、友達に「どう想う?」って聴かれた時に、
えん罪の恐ろしさも否めないので、良いものだとは決して想っていなかったけど、
「大切な人が殺されたら、私もそれを望むのかもしれない」と答えた。
今もよくはわからないけど、たとえ死刑が執行されようと、
遺族の悲しみは消えないのだということは、よくわかった。
 
 
まったく、皮肉なものだね。
 
私も、人を傷つけるし、他の命をいただいて生きてる。
矛盾だらけなことがいっぱいだけど、
生きるということは尊いと、やっぱり想う。
 
 
 
かおりちゃん・・・どうか安らかに。
 
 
死刑になった方、
いつか、愛のぬくもりを素直に感じられる魂をもって生まれてこれるといいね。
 
殺された姉妹・・・どんなに無念だろうと想う。
いつかまた、お父さんとお母さんの元に生まれてこれますように。
 
 
 
夕方過ぎ、近くのマンションが停電になった。
うちも、テレビが映らなくなった。
 
退屈だとボヤくことはもったいないね。
平和なようで平和じゃないこと、悲しいようでも平和なこと。
何が起こるかわからない今に目を向けること。
魂の欲求に心を澄ますこと。
 
神さまは、私にどうさせたいのかな。
そんなことを考える夏の夜。
この夏も、すぐに終わっちまうんだな。
 
 
 Love and Peace 。。。
 

愛しさかなクン


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cx ごきげんよう で
さかなクンが可愛すぎて
大変です ラブラブ


しあわせな気持ち…


ブーケ1