こころの時代〜宗教・人生〜の最新情報 - NHK https://www.nhk.jp/g/ts/X83KJR6973/
5月11日月曜日 NHK Eテレ
22時50分〜
こころの時代
山で祈り里で祈りともに祈る
金峯山修験本宗管長五條良知
過酷な修行と自然の中の祈りから到達した宗派を超えた祈りの意味とは
今日はEテレで午後の8時から日曜美術館の再放送やってまして、戦国大河にはもう呆れたので、先週に引き続きこっち見てました。
管長さん、五條さん、良いこと、ためになること仰っていただけます。
大峰奥駈け、流石に【33】回行かれただけのことはあると感じます。
でもね、一つ云わせていただくと
修行したから、苦行したから偉いんとちゃうんです。
お四国お遍路さん、五十回百回廻ったから偉いんとちゃうんです。上辺やないんです。
過去記事にも記しましたが、
【本当の修行の意味】て何ぞや…
という話です。
勿論、表は政治家・企業人、【裏】は神社仏閣関係者なんですけど。
皆さん、神社仏閣にお参りされている時に、神社仏閣関係者じゃなくて、市井で修行してはる(どっかの団体、講社や崇敬会に属してはるか知りませんが)、坊主頭の人や山伏の格好してはる人を見たことありませんか?
全員を否定する気はありませんが、私は、これ!っと思った方を見たことがありません。
勿論高野山にお伺いすれば、やっぱりここは格が違うなと感じるお坊さんに沢山出会いますけども、過去ブログの記事にも記しましたが、コロナ禍前に会社の有志で集まって、下呂温泉の湯快リゾートの宿に泊まった時に出会った山伏の集団は酷かったですね。
山伏の姿格好をして、ビールと飛騨牛喰らってましたわ。有志の方の中に霊能の話が通じる方が一人居て、「◯◯さん、あれ(山伏の格好した集団)見てどう思いはります?」
と問いかけて見ました。まあ、二人で苦笑いしてたんですけども。
「皆んなに見られている」という意識もないし、「居住まいを正すことも出来てない」という印象を、あの湯快リゾートの夕食の会場に居た全員に与えたと思います。
修行したから苦行したから偉いんとちゃうんです。【本当の修行】とは何か、考えたほうがよい。
明日から月曜日からまた私も皆さんもそれぞれの職場で「労働」が始まります。
私は明日は大手の電機メーカー、医院、金型製作の工場、保育園、SC、お寿司屋さん、喫茶、車屋さん、音楽教室、カットハウス、介護事業所にお伺いします。
皆さん、それぞれの職場でそれぞれの立場で懸命に働いていらっしゃいます。
文字通り、職業に貴賤はございません。
色んな職種、色んな人を見れて大変勉強になります。
もう一つ、「切り抜き」の発言を取り上げて申し訳ありませんが、大峰の地、吉野の地、熊野の地に入らなくても、お参りをしていたら、まあお参りせんでも、【人は生かされている】と感じる、【生かされていること】を、これでもかというぐらい突きつけられることはいくらでもありますよ。
雨に打たれて、風に煽られて、日に照らされて、朝焼け夕焼け、草花、山肌の色の変化、グラデーション………
感じる感じない、意識するしないの違いはありますが。皆んなそんなん仕事中言わないだけでね。
大自然の中に身を置いて感じることは確かにありますよ、確かに。特別なことも。
皆んな生きることに必死、食べることに必死、食べることの心配をせずに修験道の修行に集中できる、食べることの心配をせずに何回も大峯奥駈道を行できることの【有り難さ】をどれだけ理解出来ているか。
今から矛盾したことを記しますが、
今、食べることの心配をせずに云々…
と記しました。
現代は【良くも悪くも】
【資本主義社会】という価値観の中で全てがまわっています、良くも悪くも。
【宗教】もほぼ飲み込まれてしまっています、全てとはいいませんが。
修験の道、修行の道を志して、一念発起で【その道】に飛び込みますと、修験の神様兼仏様からその【志し】を【試される】機会が【必ず】やってまいります。
追い込みかけられることになります、会社の上司からではなく、神様兼仏様から。
キッツいですよ。
そこで【けつ割る】人が大半、
そしてそれで終わりやないんですよ……
何回も【志しを試される】ことがやってきますよ。
修験と関わるということは、
そんな世界に関わるということなんです。
一時の感情で、
そんな【覚悟】も無いくせに。
なんでそうなると思います?
だから云ってるじゃないですか。
修験の神様兼仏様である蔵王権現様は
【不浄を極端に嫌う】
【中途半端を極端に嫌う】
神様兼仏様なんですって。
【一心に祈り奉る】気がないなら
近付いてはいけない世界なんです、
これも言いましたよね。
まあ、【人集め】、プチ体験などと◯◯なこと言うほうも言うほうやけど。
深夜の時間帯ですが、見れる方はどうぞご覧ください。