知識社会学で著名なマンハイムは、特殊的イデオロギー理論と普遍的イデオロギー理論に分類した。特殊的イデオロギー理論は他者の考え方に限定した虚偽意識理論で自身を解説者と限定するもの。一方の普遍的イデオロギー理論は他者と自身の双方に虚偽意識を認める相対主義的なものと要約できる。勿論、自らを第三者的解説者とした相対する双方に関するイデオロギー理論も可能なのだが、問題は人間一般についての知識形成論や知識所持論(知識を所持していることで生じる社会的言動の傾向に関する理論)がどれだけ解説者自身の現知識状況にも即しているかにあります。
現象学で著名なフッサールの場合、「間主観性」が普遍的イデオロギー理論と隣接した雰囲気にある。特殊的イデオロギー理論は自らを客観視する解説者として演じながら、他者の主観性を断じるかのごとく説明する傾向にあるのだが、間主観性は解説者自身にも主観性を認めようとする普遍的イデオロギー理論の態度と類似するわけである。現象学における「判断中止」は自身の知識状況を自覚する意味でも有用性が高く、「志向性」や「ノエマ、ノエシス」は理論づけするさいの限定的事象選択を自覚させ、相対する双方の議論においても事象選 択状況の吟味や理論に潜む前提条件の吟味につながるものだろう。
そうなのだ。知識社会学には自らの知識状況も再吟味する意識が求められるのであり、いわば知識社会学と現象学には重要な接点があると言ってよい。