スイス盟約同盟は法を重視しない 

 交渉の際の信用度の増す質問を重視する 

 裏切りぽい疑いを感じたら次からはさらなる質問に発展させるのだ 

 疑われた側も言い訳としてではなく次の交渉のために事後説明をする(事後説明をすればいいだろうと思いで説明しなかった場合は 相手にバレるしバレることも知っている) 

 それぞれ立場があるだろうから 説明不要の領域を共有した交渉にもなろう

 

 ちまたに見る『私は法は犯していない 責められる言われわない』という発言は スイスでは間抜け野郎とされるだろう 

 法に反しているかどうか問うていないし 法に反するものとして責任追及しているわけでもないのに そう発言するのだから 交渉知らずの肩書バカとして排除されるだろう 

 そういうバカは自分で自分の任務を限定する外部情報収集の無能力を示しているに過ぎないのだ 

 しかし組織的団結で居座ると 現代日本の素晴らしき文化になってしまうから笑える

 スイスの軍事と産業の分業による同盟化 プロイセンの先住ユンカーと流入ユグノーの分業によるプロイセン官僚化 

 分業における共和政的と君主政的の違いはあろうが 何やらスイスのカントン間同盟とプロイセン官僚のカントン制に見え隠れする類似性も認められる

 プロイセンの先住ユンカーと流入ユグノーの間で 先住カインと後発アベルのような前後序列や職種差の争いが生じなかったのは 旧約聖書のような依怙贔屓がなかったからである 

 たとえばポツダム勅令にたいして先住ユンカーは暴動を起こさなかったし ユダヤ人差別のような目立った民族問題も生じなかった点に認められよう 

 優遇による繁栄はユグノーに自己努力の賜物という意識から遠ざけることとして働いたであろうし また神の恩寵の結果という意識やプロイセン国益のための繁栄という意識の方に向かわせたであろう 

 きっと凄みわけのみがプロイセンの繁栄につながったのではなく 凄みわけ分業による国益増大の意識が共有されていたからであろう

 貢物の多さで褒めるのではなく 貢物の多さを双方の連携のために使ったプロイセンと考えてよかろう