現代日本の公共意識は中央オールドテレビ局で作られ、BPOが自称する『第三者機関』に象徴される。似たところでは放置された兵庫県の『百条委員会』が民度となりました。

 

 『長いもの』や『虎の尾』がリヴァイアサンやピグマリオン的に出来上がる。

 

 長いものの構成員の中に「お前、虎の尾を踏んじまったな」と言う役割の係員がいますし、他さまざまな役割のコツとレシピを心得たSTAP係員が200種類ありまーす。

 

 幾らタモリばかり見ていてもタモリのことはわかりません。だってタモリは周りの様々な人々を見てきたからね?著名人ばかり見て色々言うのは、ホンマあほ。どちらかと言えば、むしろ支えている匿名裏方が曲者なんだよ。独特の公共意識をお持ちの裏方さんね?

 

 くわばら、くわばら。トカゲの尻尾きりに気を付けてね?

 

 テレビ著名人を見れば、1940年代以前の生まれと1960年代以降の生まれとは大きく異なるね。無名時代に学生運動を見ていた世代とテレビを見て育った世代。


 そんな世代変移を知らずに日本は未来へ向かって行くのだろう。テレビ局が集中する港区が著名人を序列化する中、それぞれ自分の人生を歩むべし。


 幕末の開国からあれこれ政争が勃発しながら十数年で大政奉還、王政復古など明治維新体制を整えて行った日本。ホンマ、不思議だ。
 その要因は安政改革の阿部正弘や文久改革の島津久光による清新人材登用(公議世論)、そして大政奉還の契機ともなった公議政体論(橋本佐内が先験的提唱者?)への到達を挙げたい。
 結局のところ井伊直弼の開国強行へ向かったわけだが、直弼には幕府体制の保守性のために公議世論が足りなかった。尊王攘夷派だった長州藩も結局は開国を認めた上での新たな国家体制による対処へと向かった。
 教科書的に後醍醐天皇以降、朝廷が何をしていたかよくわらない中、いきなり孝明天皇が出てくる日本史。天皇がいたから幕府は開国出来た(窓口係の幕府で本元は後出しで天皇とする作戦?)ように思えるし、政争混乱時の新体制樹立を承認する系統的権威(戦国時代からの天下統一のように)としての天皇でもあろう。

 明治維新を不思議に思わないほうが不思議。最近のタモリ論争にも清新論客の発掘につながれば面白いんだろうけど、その見込みはなさそうです。ブラタモリはある意味で幕府化したオールドメディアの開国強行派の井伊直弼と似ていて、安政の大獄という偏向報道の匂いがするのだ。