大学入試用もしくは高校教育の用語集からエドモンド・バークを探してみた。山川出版社の世界史Bと倫理の用語集2009年頃のもので、共に見当たらなかった。世界史ならば第1回対仏大同盟かイギリス首相ピットあまりに掲載してほしいし、倫理ならば啓蒙思想の終わりにイギリスの対抗思想としてかヒュームの懐疑論のあとにほしい。
 実際のところ中央公論社「世界の名著」48ミシュレ、岩波文庫「フランス大革命」マチエの双方にバークの名が見られ、その歴史的影響も小さくはない。
 中公社「世界の名著」バーク・マルサスの解説によると、金子堅太郎が最初期のバーク保守思想の始まりらしい。日本の大転換となった明治維新において様々な西欧思想が一気に入り込む中、藩閥政府に対抗する連携同士の中でも急進的フランス的な自由党と穏健的イギリス的な立憲改進党が現れたとおり、ひとまずの保守思想として働いたバークと思われる。
 また解説によると、1913年夏目漱石がバークほど解らない本はないと述べていたとされ、明治維新という特異なる急進的な日本の政変にあわせて理解するのには困難であったろうし、イギリス市民革命後のフランス市民革命として理解するのにも難しい日本情勢であったろう。
 今や社会学やら経済学やらの合理性という名目が優位に立ち、古典的な急進性と保守性の対立軸は不透明になりつつある。そしてそれは日本の政党対立軸の茶番化とオールドメディアの恣意的誘導性に深くかかわってしまっている。
1980年生まれカジサック梶原と1991年生まれヒカルがタモリ芸面白くないという感想で賛否両論で話題?まあどちらかというと否定派の意見が強い感じで、芸判定したことで『彼らに新たな評価拠点を与えかねない』ということにたいする批判だったかな。
確かにタモリ芸はみんなに等しく面白いものではないんだよね。そこには日本の社会観というのが働いた、世代やら社会人意識の特定規範操作の意識が絡んだ安定指針の暗示みたいなものね。
1945年生まれタモリと1947年生まれたけしは芸能以外(たとえば安保闘争)の分野を漠然ながらも見渡した社会観が多分に働いた著名人。1955年生まれの紳助とさんまはやや政治性が薄れた多様化若者文化の社会観を利用した芸人かな。そして漫才ブームを経てイジリ権による業界至上体制の番組作りと合わさった1960年代前半生まれのダウンタウン、とんねるず、爆笑問題。その行き過ぎから幾らか常識性を取り戻したくりーむしちゅー、ネプチューンで、島田紳助が司会者として上田と名倉の評価を残しておいたのは覚えておきたい。
カジサック梶原とヒカルがタモリ芸論を示したことは面白いが、結局うやむやのままそれぞれがそれぞれの思惑で覗き見しながら未来へ向かう日本であります。
 
ブラタモリはチコちゃんと同じ構造にあり、池上解説の陳列出演者たちは池上解説に箔が付くよう言葉を選ばなくてはなりません。

「馬鹿と天才は紙一重」と言いますが「ささやき女将とひとみばあさんも紙一重」だと思います。


何だかセルバンテスに日本文化を拝見してもらいとう気持ちにもなって来ます。


どうか私にも 新しすぎるドン・キホーテになれる力が 与えられますように。