ボブ・ディラン『激しい雨』は、現実に関する情報収集のため青い眼に少年に色々尋ね、将来の予感を示す。井上陽水『最後のニュース』は、現在の今は亡き行方不明なものや未来危機のための是正修整の行方を問い、現在の個々人の休養にご挨拶を示す。


背中のボタンが留めにくい貴婦人のため ドン・キホーテにふんする 青い眼の騎士よ 今いずこ?



モンテーニュはピュロンそしてセクストス・エンペイリコスの古典を通して判断中止に達し、そしてイギリス経験論と大陸合理論の議論を通過した後、フッサールの現象学に至った。


フッサールは判断中止に加えて『判断をカッコに入れる』としたが、私はさらに様々な人々が現に抱いている様々な判断を集める『判断収集』、そして大乗仏教の唯識思想に立脚する知識社会学を加えた立場としたい。


たとえばアインシュタインが特殊相対性理論に自信を持ち得たのは、特殊相対性理論にたいする批判にアインシュタインが考えた事柄、つまりアインシュタインの判断内容が批判側の判断において全く考慮されていないということ(アインシュタイン自身の判断を含めた様々な判断収集の結果を意味する)も一つに挙げられようからである。


フッサールは哲学的専門家として判断中止を扱ったが、モンテーニュの場合は素朴ではあろうが一種の知識社会学の立場から判断収集を行う判断中止に達していたと思われるが、いかがであろう?




『ドン・キホーテ』の絡みで中世ルネサンス論のブルクハルトとホイジンガから、騎士道、田園パストラル、宮廷の関わりを述べた。そこで格差平等の意識からそれぞれの違いについて述べたいと思うが、イタリア中心のブルクハルトは多少の都市からの田舎蔑視はあろうとも比較的平等意識にあったイタリアとしており、亡命貴族のコスモポリタン的な生活確保が可能であったとしている。一方フランス・ブルゴーニュ中心のホイジンガはジャクリーの反乱など農民蔑視が強い北部とし、民衆の悲惨がテーマとなった文献や宮廷嫌悪の文献が多々認められるとのことだ。 

そんな違いの中、イタリアでは盛んな嘲笑や悪口合戦が国益を損なうと思って(なかばマキャベリ『君主論』の国家理性に基づく思いからか)か、上層階級では、カスティリオーネの『宮廷人』やカーサの『礼儀作法指南』ような礼節やら品格が求められる雰囲気になったらしい。 

一方ネーデルラントでは『新しい信心』運動やケンピスの『キリストのまねび』が現れ、ホイジンガが述べているわけではないが、フランスではモラリストと呼ばれるようなモンテーニュやパスカルなどの宮廷生活経験者らによる自己を含めた人間考察がなされ始めた感じである。