「三度目の正直」を二回つづけて失敗、つまり六回つづけて失敗で「二度あることは三度ある」の二連勝!
さらに二回の失敗を重ねた合計八連敗の中、「二度あることは三度ある」の三連勝を阻止する、そんな「三度目の正直」という挑戦も発生?
いやはやそんな「九つ目の正直」が可能なのも「二度あることは三度ある」というライバル的な諺がいてくれたからだろう。
「三度目の正直」を二回つづけて失敗、つまり六回つづけて失敗で「二度あることは三度ある」の二連勝!
さらに二回の失敗を重ねた合計八連敗の中、「二度あることは三度ある」の三連勝を阻止する、そんな「三度目の正直」という挑戦も発生?
いやはやそんな「九つ目の正直」が可能なのも「二度あることは三度ある」というライバル的な諺がいてくれたからだろう。
諺だいすき人間、集合!
ここに二度の失敗を重ねた中、三度目の挑戦について悩んでいる人がいたとしよう。もしあなたが世話焼き大好き人間ならば、挑戦しようとする場合には「二度あることは三度ある」と注意喚起し、断念しようとする場合には「三度目の正直」と叱咤激励してください。もしあなたが後押し大好き人間ならば、挑戦しようとする場合には「三度目の正直」と超激励を促し、断念しようとする場合には「二度あることは三度ある」と正解の演出をお願いします。
デカルトは『我思うゆえ我あり』としたが、もしパスカルが『パンセ』のために次のことを書き忘れなければ、フランスはもっとモンテーニュを理解したであろう。
(私は様々な意見が飛び交う中、どれを信じたらいいのかわからなかった。そこで信じられるものが現れるまですべての事柄を疑った。ただ「その私自身が疑っている」ということ自体は疑えなかった。というのも、それ自体を疑っているという私自身が現れてしまうのだから)
カエサルのものはカエサルに
パンセのことはパンセに