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加熱する、ニセコへの投資熱

北海道は今、冬のハイシーズンを迎えている。

札幌では恒例の雪祭りが開催されるこの時期、運河や石原裕次郎でお馴染みの港町小樽では、ローソクの灯が街全体をおおい尽くす「雪明りの路」が開催される。また、2月初旬のこの時期は「チャイニーズイヤー(中国の旧正月)」と重なるためか、北海道にまでその活気が波及しているようにも見える。

ここ最近の世界情勢を見てみよう。日経平均はリーマンショック以降、最高値をつけ、円安は海外旅行を後押しするような状況だ。

その一方で、隣の大国中国では、尖閣諸島問題で予断を許さない状況が続いている。ところが、つい先日まで滞在していた香港では、一般市民にそんな不穏な気配は見られなかった。先に紹介した北海道の二大イベントには、アジア各国からお手伝いのボランティアもかねて観光客が押し寄せている。

その観光客たちの最近の買い物事情について、面白い話をあげてみよう。
数年前までは、日本製の粉ミルクや紙オムツなどが多かった。ところが最近は、日本製コンドーム(オカモト㈱)、成人用玩具(TENGA)などの人気が高い。中にはわざわざメーカーまで指名する人が現われるほどだ。

それはつまり、日本の製造業の技術力はどのあらゆる分野において、世界的に評価が確立していて、その品質の高さを、誰もが認めているということだろう。

そして、さらに世界的富裕層が認めている北海道の魅力がもうひとつある。

それは北海道が誇る、汚染されていない自然資源!
その資源を活用した四季折々のアクティビティがあり、山海の幸があり、身体を癒す温泉があり、なんといっても美味しい水がある。

中国では大気汚染や水質汚染が毎日のように報道され、現地では死人が出る程深刻な汚染状況が続いている。

そんな状況下、富裕層のみならず一般市民も北海道の資源に目を向け始めている。それは「不動産」だ。

国土交通省の調査によれば、不動産価格の上昇率第1位は「ニセコエリア倶知安町」。なんと2位の東京都渋谷を抜いて堂々1位に輝いている。
その理由として考えられるのは、「①汚染されていない自然 ②四季折々で変わる風土 ③四季に渡ってのアクティビティ ④山海の幸をもたらす一次産業 ⑤蛇口を捻って飲める水」である。

ニセコエリアが1位に輝く背景には、世界中の富裕層が世界最高質の雪を求めてスキーやボードを楽しみにくる。そこでの長期滞在を目的とした外資からの不動産投資が進んでいる実状がある。

当社も、ニセコエリアで約数万坪の不動産開発を予定している。しかもその場所は、「街の中心部に近く、羊蹄山の眺望が良く、スキーエリアと買い物エリアの中心に位置する所」だ。

この土地に関しては、外資からの投資などが殺到し、価値が爆発的に上昇するとみている。

さらに数年後には、「北海道新幹線」がニセコエリアを通過し、札幌からの高速道路の開通、交通網の充実もニセコへの投資を加熱させている。


世界の環境破壊や温暖化が進む程、ニセコエリアの価値は上昇する。それはニセコの自然資源を街全体で守るという、住人の意志が確立されているから。日本では規律や法が整備され、この自然環境を守っている。

だからニセコの不動産価値は下がることがないことを、富裕層は解っている。
懸念されるのは、日本の不動産の中でも原野山林が、日本全体から見るとタダ同然。依然として安値のままの状況にあることだ。

これ以上の不動産情報は、株で言うインサイダーになりかねないので辞めておこう。(ニセコエリアに興味のある方は直接連絡下さい)

ハッキリとお伝えしよう、山林原野は最安値日本!
ボヤボヤしていると隣国が来るぞ、と……

水資源 世界水戦争勃発!!

ここ数ヶ月ブログを休んでいたのは、劇的な出来事があったためだ。
 が、それについてはまた後日、改めて述べさせてもらいたい。みんなが驚くようなことばかりなのだが……

 僕はここ数ヶ月、香港の大富豪「ゴードン・ウー会長」の案件で、北海道はスキーリゾートで有名なニセコエリアに滞在中である。会長顧問との商談のためだ。仕事の内容は日本国内のホテル投資案件で、地元ニセコエリアでは20年振りのホテル建設である。
 これは、震災後初ではないだろうか。それに連動させる形で、ニセコエリア大型開発をも手がけていく。
 全国的に不動産価値が下落する中、北海道の不動産はここ10年の間に劇的価値をもたらすと予言をしておこう。北海道には他に類いを見ない「資源」があるからだ。

 その一例として、ここ北海道のニセコエリアについて少々詳しく述べておこう。
 ニセコエリアはスキーリゾートとして名がひろまり、今やここの雪質を求めて世界各国からスキーヤーが訪れる。昨年は最高20mもの大量の雪が降った。雪質は常に新鮮でサラッとしており、外国人はこの雪を「シャンパンスノーパウダー」と呼んで珍重している。
 スキーヤーにしてみれば、このエリアは「聖地」といっても過言ではないかも知れない。

 なぜなら、ここ数年世界的温暖化の影響で、世界各国の有名なスキー場は雪質の悪化や降雪量の減少に悩まされているのだ。それは日本国内のスキー場も同様である。
 だがここニセコエリアはなぜかその影響が少なく、世界的なスキー場の劣化に反比例するようにスキーリゾートとしての価値が上昇して行く。この傾向は、これから何年も続くように思われる。

 夏はスキー場としてオフシーズンだが、その魅力が減ずることはない。
北海道の富士山とも呼ばれる羊蹄山がそびえ、その麓に抱かれるようにニセコエリアが存在し、背後には日本海が望まれる。
 これはつまり、山海の幸に恵まれた大自然なのだ。
 豊かな豊潤な土地からは瑞々しいアスパラやトウキビや小麦が収穫される。秋になればジャガイモなどが大量にとれる。

 これにははっきりした理由がある。
 ここニセコエリアは、日本では有数の恵まれた「水源地」なのだ。その水は御前水や名水百選にも選ばれいる。このシーズンになると日本の様々な土地から、いや、世界各国からこの水を求めて観光客がやってくる。

 ニセコの伏流水は甘露の水と名されるほどに甘く、そしてまろやかである。
 その理由は自然破壊が少ないことだ。
 この自然を守りながら、100年のリゾートを目指すと言う地元の方々の方針によって培われた「自然力」のおかげである。
 なんでも理化学的に言うと、水の粒子(クラスター)が分子レベルで細かいのだそうだ。それなので野菜を育てると、根っこへの浸透率が高い。
 おまけに洗濯をしても乾きが早く、料理するときは湯煎の熱の通りが早いと言うことだ。

 さて、ここからが本題だ。
 今や世界各国では、日本は別として、人口の増加により世界総人口70億人となり、やがては100億人になるとしている。
 人口の増加とともに、食糧穀物は不足に陥るだけでなく、人間が生きるために必要な「水」不足してくるだろう。日本の隣国である巨大な大陸中国では、毎年砂漠化が進み、大干ばつが襲い、農家は悲鳴をあげている。
 経済成長の発展と共に、マンションやゴルフ場の建設はすすめようとしても、昨年からは取水権の問題でゴルフ場建設は簡単に出来なくなっているという。

 
 そこで日本眼を移すと、今や北海道は片道数時間、料金数万円でこれる手軽な観光地となり、そこには水が潤沢にある、というわけだ。

 世界的な自然危機があればある程、北海道は価値を増してゆく。
 日本人の価値観とは別な意味合いで、北海道の土地は世界的に評価を高めてゆく。
 海外勢は今年は震災後の影響リサーチで様子見をしているが、来年からは間違いなく投資が押し寄せて来るぞ!!
 どうする日本!と言いたいが、僕一人の力ではどうしようもないのが自由主義社会の現状であり、土地取得に対する法整備の遅れであるのだ・・・

 が、そんな事は言ってられ無い、時間や時は目を閉じていてもすすんでしまう。
 そんな中、前段でお話したニセコエリア開発にたずさわることになったのだ。ここの土地は、ニセコを代表する羊蹄山やモイワ山が見え、隣接地には珍しい野鳥が集まり、地元住民にも知られてない池があり、そしてまた地下に伏流水が存在する。

 生きるためには絶対不可欠な水、その存在価値がここ数年急激に増してきている。
 これからの海外富裕層にとっての不動産価値とは、「水・山林・エコ」だと思う!

 結論として、、放射能や地震の影響が少なかった北海道の山林や原野は、今正に買い時だ判断できるわけだ。

新年の抱負〜人生万事わくわくドキドキ〜


新年おめでとうございます! 
久々のブログ。年頭のご挨拶も兼ねて、今年の抱負を綴りたいと思う。

私の年末年始は、アメリカの取引業者の方と旅行するのが、恒例となっている。
今年の正月は、なんとラスベガスで迎えた。
仕事でよく行くアジアとは、趣きがまったく異なり、毎日が刺激的だ。

行く先々の、見るもの、聞くものはもちろん、食べるものに至るまで、あらゆるシーンに「エンターテインメント」が施された、一大観光地になっているのだ。

私の住んでいる北海道小樽市も観光都市。しかし、現状では車や観光バスが通り過ぎる「通過型」の観光客ばかりで、肝心の宿泊客は、近隣の札幌市や温泉地の登別温泉に取られてしまっているのが実情。一部市民から批判の声も上がっている。これをなんとか滞在型に変えることはできないだろうか?

ラスベガスに滞在して、思った。
これからの北海道は、もっと「夜の観光」の充実を図ることが必要ではないか!


現地では、さまざまな場所を見物したが、街全体で満艦飾の「ネオン」が輝いていて、音楽があふれているし、いくつかのホテルでは、無料のエンターテイメントショウが夜な夜な開催している。何気なく街を散策しているだけで、高揚感が高まって、わくわくドキドキしてくるのだ。


話を北海道に戻そう。


小樽の隣町の倶知安町やニセコ町は、今やアジアでトップクラスの観光都市になっている。

中でもニセコ町は、景気が低迷する日本で唯一地価評価のポイントを上げたエリア。そして今、アジアのメジャー企業が一斉に、不動産投資を開始している。

私自身、香港で「インフラの神様」や「投資の大王」と呼ばれる、香港ホープウエルグループ会長夫妻と出会い、そのホテル建設のコーディネイトを担当することになった。


ところがその矢先、建設の行く手を阻む問題勃発。
それは、倶知安町の「景観条例」。スキー客で賑わう繁忙期り12~3月にかけての建築工事と、建築資材の搬入も禁ずるというもの。


2008年の策定に当たり、町は真っ二つに割れた。
もちろん、大部分の地元の建設会社は大反対! しかし外地の企業は賛成して可決。
今なお賛否両論があり、物議をかもしている。

香港企業が、北海道知事の許可を得て、倶知安町役場の指導も得て許可を得た「温泉試掘調査」に対しても、ある観光協会関係者達は「この条例」のもと調査を中止しろという。

この条例を盾に、まるでいやがらせ? とも思える中止要請を喰らってしまったわけだが、その顛末については、また別の機会に譲ろう。

立場の違いこそあれ、それぞれ皆、地元や観光に対しての思いはある! それは自分も理解はしている。皆頑張っているのだ!

今一度、ここで状況を客観的に整理すべきではないかと思う。
震災以降、さまざまな観光データが見直されている今、この景観条例も再度検討すべきではないだろうか?


今回ホテル建設に乗り出している建設会社は、香港で強い発言力と、影響力を持っている。だから、ニセコへのホテル誘致が成功すれば、アジアの有効なビジネスモデルになりうるし、北海道、日本のみならず、アジア全体を視野に入れた観光誘致にも追い風になるはず。また、北海道で新たな観光ビジョンを描くには、アジアの資本投下も必要なのではないだろうか?


私自身も、北海道の自然をぶち壊すようなホテル建設には反対だ。
自然保護と安全には万全に配慮して、事を進めなければと思う。
別の視点で見ると、建築物が工事の途中で工事をストップしている光景の方が、訪れる人にはみとっともなく、不安さえ覚えるのではないだろうか? 新しいホテルができるということは、街に活気がある現われてれもある。

私自身、よく北海道の飲み屋へ行く。どこへいっても店の人たちは、一様に呟く。「ヒマだ…」。夜の商売のみなさんも、決して頑張っていないわけじゃない。それぞれに頑張っているのだ。そしてこう言う。

「建築業がよくなれば、町全体が潤うのに」と。
 私も同感だ。また、ある老舗企業のトップは言う。
「私の代で借財を返せるだろうか? 石井さん、助けて……」。

だれもが皆、今まさに頑張らないといけない正念場を迎えている。

年齢を重ねる程に、人は過去の栄光や、古い考え方に縛られがち。
ただ、新年早々旅行で得たものは、
「仕事でも出会いでも、わくわくドキドキしなければ、人生面白くない」ということ。

今回の条例に関しても、自分なりにいろいろ勉強させていただいた。
ワクワクは感じられないが、自分なりに勉強になった。

とりあえず、本日から取材が入る……ドキドキだ!

いいことも、悪い事も、昔抱いた恋心のような
「わくわくドキドキ」する仕事運びに、これからの人生を謳歌しようと思う!

というわけで、皆様、今年も宜しくお願い致します!

日本の不用品が、アジアマーケットでは商機あり!?

僕の住んでいる小樽はすっかり雪景色に模様替えした。
今年もそろそろ終わりが近づいている……

この時期、いつもなら御歳暮の販促で活気をづくのだが、今年は震災の影響で鮭の漁獲量が落ちるなどして、贈答用のイクラや新巻鮭の高騰。重ねて震災ショックでの購買意欲の減退が追い討ちをかけ、様々な商用分野で悪影響が出ている……

がっ!!
チョット視点を変えて見れば好景気なバブルな世界や販売チャンネルがあるのだ!

当社は様々な商品の情報を世界各国、主にアジアに情報発信しており、逆にアジアから様々な問い合わせや依頼も沢山受けている。

今回はその中のいくつかを紹介しよう!

北海道では今、鮭の加工シーズンを迎えているが、その白子の多くは廃棄物とされてしまう。ところがこの鮭の白子、台湾では生で食べたり、中華料理の素材としてとても重宝されているのだ。

それから鮭のヒレ!? 意外に思うかもしれないが、これもアジアの広い地域で需要がある。どうするのかというと、「フグのひれ酒」で使用するフグヒレの代用品としてニーズがあるのだ。これはもしかしたら新たな商品開発に繋がるかもしれない!!

また、東北地方では良く使われる南部鉄瓶。 これが天津ではインテリアのアイテムとして使われたりする。

それから和服。中国やベトナムでリサイクル商品として、色鮮やかな着物はネクタイに加工されたり、男性用のワイシャツのオシャレな裏生地に使われたりと様々な用途がある。これなら古着屋で断られそうものでも充分商材として活用できる。

なにを言いたいかというと、視点を変えて日本からアジアと言うマーケットに持ち込むと、意外なマーケットが存在している、ということだ。

皆さん、身近なアジアに思い切ってチャレンジしてみませんか!!

祖母への思い

自分は今年38歳になる。
人生80年と考えると、約半分を生きたことになる。
ここで人生を振り返ってみようと思う。

小樽で生まれて、スナックや飲食店を経営する父母と、八百屋の市場で働く祖母の元で妹と2人で育った。
夜の商売をしている両親とは、ほとんど顔を合わせることもなく、幼少期はほぼ母に育てられて過ごした。

子どもの僕が嫌いな物。それは夕方になると家に響くドライヤーの音だった。
ゴーッと鳴るドライヤー。
赤い口紅。
きつい香水のにおい。

小学2年の時、突然母は出ていった。父と離婚したのだ。
幼い僕は、それら夜の準備をする道具たちが、母を奪ったような気がしていたのかもしれない。

僕は母が大好きだった。
その理由はいまだにわからないが、結局僕と妹は父方の祖母に引き取られた。
当時の父の苦悩がわからないわけじゃない。
それでも、何日も布団で泣いたことを思い出す。

それから間もなく父は再婚。義理の姉と弟ができた。
その再婚相手の家に住むことになったが、それも1年と続かず、ふたたび祖母の元へ……。
小学校を卒業するまで、ケンカに明け暮れる毎日。心が荒んでいくのが、自分でもわかった。

そんな僕は、絵に描いたようなヤンキー中学生となり、そのままエスカレーター式に暴走族へ、挙げ句の果てに暴走族や愚連隊の頭をとるまでになった。

警察のお世話になった回数は自分でもわからない。殺人以外は何でも経験した10代だった。

暴走族も解散して、周りのみんなが就職していく中、父が自分を厚生させようと職を見つけてくれた。それが何ともものすごい会社だった。

思えば、ここでの経験が今の自分に、おおいに役立っていると思う。
仕事の内容は、リフォーム会社の「訪問販売員」。社員のほとんどが30代以上。
それまでの人生に挫折した人が多い会社だった。
僕のような高卒で新卒の新入社員は、会社始まって以来だったらしい。

仕事の内容は、朝10時~夜の8時30分まで、とにかく玄関のチャイムを押して回る。
門前払いが当たり前。運良く中に入れてもらえたら、
「屋根が傷んでますね」
「そろそろ外壁塗り直した方がいいですよ」
言葉巧みにリフォームをすすめるのである。

簡単に注文が取れる商売ではないが、当時の先輩や上司は実に人間味にあふれていて、いろんなアドバイスをくれた。お客さんが玄関を空けて、お茶を出してくれたらしめたもの。今思えば「オレオレ詐欺」まがいな部分もあったかもしれない。とにかく僕は、新卒ながらも営業成績をあげていくのである。

ここで商売のコツをつかんだと思った僕は、21歳で独立。ところが1年足らずで解散。
その後、実家が着物の問屋業を始めたので、着物や高級毛皮、宝石を訪問販売で売込んだ。
売上げは伸びたが、それもまた長続きしなかった……。

そんな時、小樽が一大観光地になろうとしていた。
呼ばなくても全国からお客さんがやってくる。
「目の前にゾロゾロお客がいるんだから、10人に1人は売ってやる!」
そう思えた。

観光客の人たちは、北海道に来たらまずカニを食べる。そこで開業したのは「カニのお土産屋」。
23歳で3店舗開いた。夏の間はよかった。冬になると人かまったく来ない。どうしよう……。
そこで、小樽の港に来るロシア人と仲良くなり、海産物の販売を始めることになる。

港での海産物の取引には「ヤミ」の世界がつきまとう。
若造だった僕も、コワモテの方々に狙われ、さんざんな目に遭った。
こりゃいかん! と思い、先輩の紹介で全国のデパートを行脚して海産物の催事販売を始めた。
これがヒットしてテレビで取り上げられるまでに…。
それがある商社マンの目に止まり「カニの貿易に協力してほしい」と頼まれ、
某商社のアジア貿易担当となる。27歳のことだった。

当時は景気もよく、「売上げ50億」の予算で僕に仕事を任せてくれた。
いろいろあったと思っていた自分にも、初めてのことだらけ。
アジア各国を回り、さまざまな物を買い付け、商品開発もした。投資もした。
その頃の人脈が、今も生きていると感じている。

10数年前、これから自分は大きな中国市場と向き合い、商売していくことになるだろう。
そんな思いに駆り立てられ、人脈を作り、投資もして、交流を深めていった。
そこには中国に限らず、アジア全域に広がるネットワークと、当社の原点がある。

最近思うのは、今の自分がなんとかここまでやってこれたのは、辛く寂しい思いをしていた幼少期、祖母が温かく見守ってくれたからだと思う。

そんな経験が、たとえ言葉が通じなくても、相手と気心を通じ合うことができる。
現に香港の大富豪は、言葉が通じなくても、僕の名前を覚えて、信用し、評価していただいている。

いよいよ人生の第二ステージスタートだ!





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