大変お待たせを致しました❗
㉙の物語がやっと上がりました😅💦
今回ワンストーリーですが長いです😊
皆様バンタンのワルツや、ニューアルバムのわけのわからない販売形態にワチャワチャされている最中かと思いますが
しばし、こちらのテヒョンとジョングクに癒されて下さいませ😊✨✨
前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【血清を受ける】
すっかり真冬の様相を見せる街並みは、濃いグレーに満ちて、時折ハラハラと小雪が舞い落ちてきたりした。
「今朝もだいぶ冷えるな」
「はい、本当に寒いですよね。___さぁ、テヒョン様もっと近くに、、、」
「もうこれ以上近付けないだろう」
テヒョンとジョングクはクスクスと笑った。二人は馬車に隣り合って座っていた。
向かい合って座る大公は、慣れたもので息子達二人の戯れなど、見えていないかのように気にしなかった。また、お付きで同行しているオルブライトも、何も見ず静かに大公の隣に座っている。
今日はテヒョンとジョングクが《血清》を受ける為に、テヒョンの実母であるステファニアの元に、王室から差し向けられた馬車で向かっていた。
「綺麗な朝だ、、、この青みがかった空気が好きだ。グレイッシュブルーというのかな」
車窓を眺めながらテヒョンは、流れて行く景色を目で追いながら呟いた。
「グレイッシュブルーですか?」
「うん。冬の色はグレーに見えないか?更に朝は青味が掛かって見えるんだよ。それがグレイッシュブルーに感じが似てるのさ」
「ほぉ、、テヒョン、季節の《気》を色に例えるなど、お前は詩人になれるな」
大公が大袈裟に感心して言った。
「これくらいの事は、貴族の嗜みではございませんか」
「何を白々しく言っておる」
大公が笑って反論する。
「社交界を毛嫌いして、必要以上顔を出さなかったお前が、その様な芸術性でもって、人々と交流などしてはおらんだろう」
「はい。ですから必要以上はしなかっただけで、必要な方々とは親交を交えましたよ、父上」
テヒョンは澄まして言うと、ジョングクの手をポンと叩いた。
「生意気を言いおって、まったく」
大公は呆れ笑いで車窓の外に目を向けた。
「ジョングク、何を笑っておる」
大公は窓に顔を向けたまま訊いた。先ほどから親子のやり取りを黙って見ていたジョングクに、矛先が回ってきた。
「いえ、お二人とも本当によく似ていらっしゃるなぁ、、と思いまして」
「なんだ、どこがどう似て、それの何が面白いのだ?」
「父上、それは八つ当たりでございますよ」
テヒョンが見兼ねて間に入る。
「何が八つ当たりなものか」
「私にやり込められた腹いせでございましょう?」
「やり込まれてなどおらん。呆れているだけだ」
「まぁ、まぁ、お二人とも、おやめ下さい」
ジョングクは困って仲裁に入ろうとした。
「本気で喧嘩をしている訳ではないよ。父上とふざけ合っているだけだ」
「そうだぞ。テヒョンとのこんなやり取りはいつもの事だ。二人共血清を受けに行くのだから。気を紛らわしてやろうと思ってな」
「え?そうだったのですか?」
ジョングクはキョトンとして応えた。
「テヒョンは元から、血清を受けるつもりだというから、それ程悩む事は無いかもしれぬ。が、しかしお前は代々特殊部隊を司る家系の長だ。色々と思う事があろう?」
「そうでございましたか、御心遣いありがとうございます。
正直、お祖父様や父上には申し訳ない思いもございました。ですが、私が自分のヴァンティーダとしての力を制御出来ない以上、今後事故が起きないとも限りませんし、その様なことになれば、それこそ大問題になります。」
「うん、ある程度は正しい判断だな。
それと、ジョングクがヴァンティーダである事を知る同士達の疑問に、答える事にもなるのだ」
「はい。ヴァンティーダがニューマリー族でいらっしゃるテヒョン様と、何故婚姻が許されたのか、という事でございますね」
「そうだ。テヒョンの血の半分はヴァンティーダのものが流れておる。だから事実としては、ヴァンティーダとの婚姻には何も問題は無い。しかし、テヒョンの出生については国の最重要機密。だから多くのヴァンティーダは、大公子がニューマリー族であると皆思っていよう」
「君が今回、審議会で陛下から血清を命じられた事で、ヴァンティーダの《力》が封印される。それで僕との結婚に、違法性は無くなるってことだな」
「こんなにもスムーズに事が運んで、驚きました」
「陛下と父上とセオドラ卿の得策でございますね」
「なかなかのものであろう?」
大公はおどけたような言い方をした。
「「ありがとうございます」」
テヒョンとジョングクが揃って大公に礼を言った。
「こう拝見致しますと、お二人ともすっかり《ごフウフ》でございますな」
オルブライトが目を細めた。
「まぁ実際に結婚をして、王族の一員として公務が始まれば、伴侶としてお互いに支え合うことの必要性を実感するであろう。
今からフウフとしての基盤が出来ているのなら、何も心配はないな」
ジョングクは、国王や父からも《王室の人間》になる事への、覚悟や心構えを幾度となく聞かされてきた。
これから結婚式までの間、宮廷で婿入りする為の教育も始まる。ただ王族になるだけでなく、王位継承権を持つ王子の伴侶になるので、学ぶ事は多岐に渡り有る上に、全て必要不可欠なものばかりだった。
「宮廷の学者達は厳しい方々ばかりだからね。頑張れ、ジョングク」
ニヤリと笑うテヒョンに、少し引きつり気味に笑みを見せた。
「あまり脅かさないでやれ。一挙手一投足満遍なく見られるのだから」
「父上も煽っておりますよ」
オルブライトが我慢できずに笑った。
「チョン伯爵ならば大丈夫でございますよ」
「はぁ、、、」
何がどう大丈夫なのか?ジョングクは些か不安な気持ちになってきた。
気がつけば馬車はあっという間に、特別区の街並みの中を走っていた。
しばらく進むと、ステファニアの屋敷の門が見えてきた。門番が既に到着を待っているようだ。
馬車が門前に着くと、門番が車体を見て宮廷の馬車だと確認し、速やかに開門し頭を下げて中へ通した。
「母上との約束が果たせる」
テヒョンが敷地内の木々を眺めながら呟く。前回ここを通った時は、整然と並ぶ木々も、無機質な物として目に映っていた。
今、また目にする景色はとても生き生きとして見えていた。
館の前まで辿り着いた。
到着を待っていた執事が、馬車の扉をノックして開けた。
「おはようございます。大公殿下、大公子殿下、チョン伯爵」
「おはよう。寒い中ご苦労だな」
大公が先に降りて執事に挨拶をした。
続いてテヒョンとジョングクが降りた。
「殿下、信念が通じられましたな!おめでとうございます」
執事はテヒョンの手を取ると、深々と敬うお辞儀をした。
「うん、ありがとう。母上はお元気でいらっしゃるか?」
「はい。殿下のお越しを待ち遠しくされていらっしゃいます」
テヒョンは母が待ってくれていたと知って、胸が温かくなるのを感じた。
「チョン伯爵、ご立派になられましたな。この度の尊いご使命達成、大変誇りに思います。そして、お元気なお姿でのご帰還、お待ち申し上げておりました」
執事はジョングクの姿を見ると、膝まづいて手を取り、労いの言葉を掛けた。
ステファニアに就いているこの執事は、ジョングクの祖先が王として統治していた頃は、王とは遠縁に当たる侯爵の地位にあった家系の出の者だ。
代々側近として、王に仕えてきた功績が認められ、統治がニューマリーに移った後も、チョン家の補佐の立場は続いていた。
ベリスフォード王太子が亡き後は、ステファニアの執事として尽くしている。
「ありがとう。今日は宜しくお願いします」
ジョングクは執事に礼をすると、小さい頃にここを訪れた日を思い起こした。
テヒョンと大公は、二人のやり取りを見守った。王に仕えていた家系の者が、時代が変わっても従順な姿勢を見せる姿に、本物の誇りを感じたのだ。オルブライトが最後、執事の肩を叩いて挨拶をした。
「母上の執事の振る舞いを見ると、ジョングクが王の血を引いている子孫である事がよく分かりますね」
「そうだな」
「さあどうぞ皆様、中へお入り下さいませ」
執事はテヒョン達を館の中へ案内すると、応接間に通し、
「ステファニア様をお呼び致します」
と言ってその場を離れた。
暫くすると駆け足で近付いてくる靴の音がした。そして、ノックの音と同時に扉が開いたので、扉を開こうとしたオルブライトが驚いて離れた。するとステファニアが勢いよく入ってきた。
「テヒョン様!」
名前を呼びながら、いきなりテヒョンを抱きしめた。
「母上・・・」
「・・・貴方様の信念が実を結びました。よくぞ成し遂げられました___!! 」
ステファニアは歓喜の涙声で、テヒョンの偉業を称えた。
「お久しぶりでございます、伯母上」
ジョングクが、二人の親子のそばに寄って声を掛けた。ステファニアはその声の方を向くと、くしゃくしゃの泣き顔で、次にジョングクを抱きしめた。
「ジョングク!・・・ああ、妹が見守ってくれたのね、、、」
「ご心配をして下さったのですか、、、」
「当たり前ではありませんか!、、あなたはテヒョン様の大切な伴侶ですよ。それに私の可愛い甥であり、妹の大切な一人息子ですからね!」
そう言って泣き崩れるステファニアをジョングクはしっかり抱きとめると、テヒョンと顔を見合わせて笑った。そしてテヒョンも一緒に母を抱きしめた。
大公は静かにずっとその様子を見ていた。
オルブライトは執事と顔を見合わせると、お互いに頷いた。
暫くそのまま再会を喜び合っていたが、ステファニアは思い出したように立ち上がると、大公の方に向き直り、身なりを整えてカーテシーで挨拶をした。
「ご挨拶が遅れまして、大変失礼を致しました、大公子殿下」
「ははは、よいよい。ステファニア殿もずっと待ち望んでいた再会であっただろう?」
「取り乱したりして、お恥ずかしい事でございます」
「我々だけで会う時は、そんな堅苦しい挨拶は無しだ。私達はそれぞれ親同士であり、親戚でもある。ましてや、いずれジョングクは貴女の義理の息子にもなるのだから」
「大公殿下、、、」
「お互い二人の息子の親になるのですぞ」
大公が楽しそうに言うので、ステファニアは感無量という笑顔になった。
「このような和やかな雰囲気は、久しくステファニア様には無かった事でございます」
執事が万感の思いで言った。
「フィリップ様もステファニア様も、ようやく親として、心置きなく幸せをご享受出来るのではないでしょうか」
オルブライトもまた同じ思いで応えた。
紅茶で一息ついた頃、テヒョンとジョングクの血清の話になった。
「テヒョン様は本当にジョングクの為だけに、あのように苦しまれながら覚醒をなさったのですね」
「はい。それだけしか考えておりませんでした」
純粋に伴侶の為だけに覚悟が持てる息子に対し、大公もステファニアも改めて誇らしく思った。
「ジョングクは____ 」
言いかけて甥の顔を見据える。
「今回の血清は、陛下のご処分だけではないのでしょう?」
そう言われたジョングクは、思わずテヒョンと大公の方を見た。
「僕は何も母上には申し上げてはいないぞ」
「私もだ」
「あ、、いえ、そういう事ではなく・・・まるで、テヒョン様がお二人いらっしゃるのかと思いましたので」
ジョングクは言いながら笑った。
「え?」
「なんだ、そうか。ハハハ親子だから多少なりとも似るというものよ」
大公はジョングクの言わんとしている事が分かった。
「勘の鋭い所が、ステファニア殿とテヒョンが、よく似ているというわけだろう?」
「はい、そうです」
「あら、では私の勘は当たったという事かしら」
「はい。多分伯母上のお察しの通りです」
ステファニアがニヤリと笑う。その思惑を秘めたような笑みまでもが、テヒョンに似ているとジョングクは思った。
「セオドラ殿にお会いすると、必ずあなたのお話をされます。一番よく聞いたのは、元々の性格が争うこと、人を傷付ける事が嫌いな息子だから、ヴァンティエストを担わせる事に躊躇いがある、、、ということね」
「そうですか・・・父上がそのような事を?」
「ヴァンティーダが持つ《魔》の部分に、あなたは真正面に向き合って、苦しんだのでしょう?」
「あ、、はは。これは驚きました」
「ヴァンティーダに生まれた者は皆、必ず通る道ですもの」
ジョングクは何もかもお見通しだと驚く。そして流石テヒョンの実の母だと感心した。
「あなたが血清を受けて、ヴァンティーダの超霊力を封印すると決めた事は、その昔一部のヴァンティーダが犯した罪を二度と起こさないよう、ニューマリーの方々に国の統治権を譲渡した事と、本質は似ていますね」
「伯母上・・・」
「処分という形で、ジョングクの希望を叶えて下さり、ありがとうございました」
ステファニアは大公に礼をした。
「いや、処分を決められたのは陛下ですよ」
「でも決定を決められた席に、大公殿下もいらっしゃったのでしょう?」
ステファニアはまたニヤリとしてみせた。
「こちらもお見通しであるのか」
大公の言葉にどっと笑いが起きる。
「母上に隠し事は出来ないのですね」
テヒョンが楽しそうに言うので、ステファニも悪戯っぽくうんうんと頷いてみせた。
「ステファニア様、御準備が整いました」
従僕が呼びにやってきた。
「では参りましょうか」
いよいよ血清を受ける時が来たようだ。
「大公殿下もご一緒に行かれますか?」
「うん、二人への施術を見届けたい」
「それではご一緒に」
テヒョン達は立ち上がると、促されて応接間を出た。
ステファニアを先頭に、館の廊下を歩く。
「ジョングク、緊張しているか?」
「いいえ。テヒョン様がご一緒ですから、大丈夫でございますよ」
テヒョンはジョングクの手に、自分の手を重ねて指を絡ませた。冷たい指先に気付き、案外緊張しているのは、テヒョンなのかもしれないと思った。
暫く行くと一つの部屋の前に従僕が立っていて、テヒョン達が到着すると扉を開いた。
「どうぞお入りになって下さいませ」
ステファニアが振り返り、テヒョン達を中へ通した。
部屋にはヴァンティーダの医師と、テヒョンの主治医のロバートも待機していた。
「大公子殿下、お久しぶりでございます」
「先生、あの時はお世話になり、ありがとうございます」
「お元気な御姿を拝見出来て、嬉しゅうございます」
ロバート医師は両手でテヒョンの手を取った。
「母上とお二人の先生のおかげで、無事にジョングクに棒血が出来ましたからね」
「お二人揃ってお目に掛かれて感慨深く思います」
ヴァンティーダの医師は、テヒョンとジョングクの肩をゆっくりと撫でて涙ぐんだ。
伴侶の命を助ける為に、それこそ命懸けの覚醒をしたテヒョンと、自分の《魔》を封印する為に、血清を受ける道を選んだジョングク。
二人の英断を運命と捉える事は出来よう。しかし、特にテヒョンの《不確実性》なものに向かう決意には、二人の医師は畏怖を禁じ得なかった。
「お二人とも、上着を脱がれてベッドにお座り下さい」
ロバート医師が二人を促す。その間にヴァンティーダの医師が準備を始めた。
テヒョンとジョングクは、言われた通りに上着を脱ぐと従僕にそれを預け、それぞれのベッドに座る。
「大公殿下、どうぞこちらにお座りになって下さい」
ステファニアに勧められ、大公は二人が見える位置に置かれた椅子に腰掛けた。
「ではまずご説明を致します」
ヴァンティーダの医師は、茶色の遮光瓶を持つとそれを掲げて見せた。
「この中には、歴代のヴァンティーダの血液を結晶化したものが入っております」
テヒョンとジョングクは、その瓶を見つめた。
なぜ血液を結晶化させる必要があるのか、医師が説明を続ける。
ニューマリー族の人間の血液は、乾燥させるとタンパク質類が結晶化して残る。
ヴァンティーダの血液の場合は、それと共に種族の特性である、劇症成分が蒸発して無くなるのだ。あれ程凄まじい殺傷能力があるものが、乾燥で跡形もなく蒸発してしまう事実に驚く。
そういうわけで《劇症性を蒸発させるプロセス》を経過させて結晶化する必要かあった。
「この結晶をステファニア様から採血された血液に溶かし、お二人の頸動脈に注射致します」
結晶化して劇症性を蒸発させているのに、何故劇症性のあるヴァンティーダの血液を使うのか説明される。
ニューマリー族の血液にこの結晶を入れると、なんと全てが跡形もなく蒸発してしまう事が分かっている。しかし、ヴァンティーダの血液に結晶を入れると、蒸発する事はないが、どういうわけか血液中の劇症性が中和された。そして血液だという状態は保たれた。
その昔、血清を行う為に幾度となく研究と実験を試行錯誤しながら繰り返し、血清へのプロセスを生み出してきた。ヴァンティーダの優れた叡智があってこその偉業だった。
「母上ありがとうございます。私への棒血だけでなく、血清へのご提供までして頂いて」
「伯母上、私にまでご提供頂き申し訳ありません」
「二人とも何を言っているのです。あなた方の尽力に比べたら、私の血液の提供など比になりませんよ。可愛い息子と甥の為なら、私は喜んでお手伝いしましょう」
テヒョンとジョングクは深々と頭を下げた。
ステファニアは静かに椅子に座ると、腕を差し出し採血を待った。ロバート医師は事故防止の為に、ステファニアの血液を採血する事は出来ず補助に回った。用意が整いヴァンティーダの医師が採血を始める。皆、固唾を飲んで一連の流れを静かに見ている。
採血が済んでステファニアの処置をすると、採取した血液に、直ぐに結晶を入れ溶かし攪拌させる。そうして血清は出来上がった。
次にそれを二つの注射器に注入する。
「それでは宜しいでしょうか?」
「「はい」」
テヒョンとジョングクは揃って返事をした。
「多少の痛みがございます。今しばらく我慢を」
「死ぬほどの痛みは堪えた事があります」
「私もテヒョン様と同じです」
二人は笑う。大公も二人を見てフッと笑みを浮かべた。
テヒョンにはロバート医師、ジョングクにはヴァンティーダの医師がそれぞれついて、二人の頸動脈に血清の注射が同時に行われた。
注射器のブランジャーがゆっくりと血清を送り込んだ。最後まで押し切って注射器を抜いた。後処理をしながらそれぞれの医師が訊いた。
「ご気分はお変わりありませんか?」
「うん、、大丈夫_____ 」
言い掛けたテヒョンがふっと意識をなくした。ロバート医師が身体を受け止め、静かにベッドに横たえた。すると、ジョングクの方も同じように意識をなくした。
「どうしたのだ?」
大公が驚いて立ち上がった。
「大丈夫でございますよ。劇症性の《打ち消し》が始まりましたので、お二人のお身体が自然に、安静を取り始めたのでございます」
「ドクターが仰るようように、お二人は今眠っております。血清を受ける時もかなり体力を消耗するようですね」
採血後、安静にしていたステファニアが、そう言いながらテヒョンの顔に触れて、眠っている様子を見た。隣にいるジョングクにも同じようにして様子を見ると『大丈夫』と笑みで大公に頷いた。
「しかしテヒョンもジョングクも、我々の想像もつかぬほどの試練を乗り越えた者とは、到底思えない位あどけない寝顔をしておる」
「本当に。こう見ておりますと、ヴァンティーダの血を鎮める決意をした事は、この二人には正解なのでしょうね」
「そうかもしれぬな」
話を聞いていた二人の医師も、穏やかな表情で眠る貴公子達を慈しみ見た。
「ステファニア殿の身体は大丈夫か?」
「私は採血をしただけですし、量もそれほどではございませんので、大丈夫でこざいます。ご心配下さりありがとうございます」
「そうか、ならよい」
「ドクター、この子達はまだ休ませなくてはなりませんね?」
「はい、充分にお休み頂きます」
「では二人はまだ、このまま寝かせておくのだな」
「ここには従僕を控えさせますので、どうぞ応接間に参りましょう」
ステファニアは、大公や医師達を伴って部屋を出る。
「ステファニア殿、すっかり母の感覚が戻られましたな」
「え?」
「先ほどテヒョンとジョングクを《この子達》と申していた」
「まぁ、、私としたことが失礼致しました」
「謝る必要などない。貴女は正真正銘の母であり、伯母だ。いや、私は嬉しいのですよ。貴女がずっと耐えて、封印していた母としての思いが開かれたのだから」
「大公殿下・・・」
「今後二人が結婚をした後も、息子達の母として見守ってやって欲しい。それは私の妻も、ジョングクの母も望んでいるだろうと思う」
「ありがとうございます。大公殿下にはいつも御心を寄せて頂き、感謝致しております」
「貴女は兄上の大切なお方でもある。それに私にとっては義理姉でもあるのだから、遠慮なく頼ってもらいたい」
ステファニアは、大公の温かい言葉をとても有り難く受け止めた。
「あ、、、寝てしまったのか」
テヒョンが先に目を覚ました。
「お目覚めでございますか?大公子殿下。どこかお加減悪くはございませんか?」
「うん、どこも悪くない。ジョングクは?」
「まだお休みでございます」
「ではまだ寝かしておいてやってくれ」
「はい、かしこまりました。先生方をお呼び致しますので、そのまま横になってお待ち下さい」
従僕が部屋を出ていく。テヒョンは深く息を吐いた。そして少し離れて隣のベッドに寝ているジョングクの方を向いた。
深い寝息を立てて眠っている彼の口角には、薄っすらと笑みが見える。こんなにも穏やかな顔で眠っている姿を見るのは、初めてかもしれないとテヒョンは思った。
その後もずっと見惚れて見ていた。するとジョングクの瞼がゆっくりと開いた。
「起きたか?気分はどうだ?」
テヒョンが声を掛けると、その声の方に振り向いた顔がにっこり笑う。
「はい・・・身体が軽くて今とてもいい気分です」
「そうか・・ふふふ、寝起きの悪い君がすっきり目覚めたのだな」
「あー・・確かに仰る通りですね。テヒョン様は?」
言いながら起き上がろうとするジョングクを「あ、起き上がるなよ。横になったまま待つよう言われているのだ」
と止めた。それでまた横になったこジョングクを見ながら続けた。
「僕もすっきり目覚めたよ。まるで君と心を通わせた後の、初めて一緒に迎えた朝のようだ」
「テヒョン様・・・」
「歯の浮くようなセリフだと思った?」
「・・・・いいえ。私も同じ様に思っていたので、感激しております」
二人とも瞳で会話をするように見つめ合う。お互い同じ思い出を回想した事が嬉しかった。
「あれから、色んな事があったな・・・」
「本当に・・・」
二人の脳裏に去来する、懐かしい風景をお互いの姿に投影し合った。
医師達が部屋にやってきた。大公とステファニアも後に続いてやってきた。
「お二人とも、お身体に不調はございませんか?」
「いや、何もない」
「身軽になったように感じます」
医師達は、それぞれの身体を診て確認をした。
「上手く血清が行われているようです。最終確認を致しましょう。少し痛みますよ」
テヒョンとジョングクは、耳たぶに少しだけメスを刺されると、血液を数滴採った。
ヴァンティーダの医師が、ステファニアから薔薇の生花二輪を受け取ると、その茎にそれぞれの血液を染み込ませた。
「ヴァンティーダの劇症性が残っていれば、この薔薇は瞬時に枯れてしまいます」
医師達とテヒョンやジョングク、大公とステファニアが、じっと薔薇の様子を見つめた。
そして数分待ってみる。
「ご覧下さい。どちらの薔薇も生き生きとしたままでございます。血清は成功致しました」
「ジョングク!」
テヒョンはベッドを降りると、ジョングクの元に行った。二人は抱き合ってお互いに慰労した。
ステファニアは医師から薔薇の生花を受け取ると、暖炉の上に飾られている花瓶の花束の中にそれを戻した。
この花瓶の花々は、テヒョンとジョングクの為にステファニア自らが生けたものだった。
「母上、ありがとうございました」
ステファニアは振り返ると、テヒョンをしっかり抱きしめた。
「伯母上」
ジョングクも頭を下げて礼をした。そんなジョングクもステファニアは『いらっしゃい』と呼んで、テヒョンと一緒に抱きしめた。
「大公殿下、これで私達の仕事は終わりでございます」
「うん、ご苦労だった。私は立会人として陛下にご報告をする」
「はい。宜しくお願い致します」
「大公殿下におかれましても、沢山ご心労がございましたね」
ロバート医師が実感を持って大公を労った。
「いや、息子達に比べたら親の私の心労など、苦労の内には入らんだろう」
「いいえ。そのようにお優しい心で見守られて来られたこと自体が、最も尊い親心でありましょう」
「そうか?ありがとうドクター」
大公はロバート医師の手を取って応えた。
「ドクターありがとうございました」
ジョングクがヴァンティーダの医師に礼を言った。
「大変お疲れ様でございました」
医師は深々と頭を下げてジョングクを労った。
「ヴァンティエストとして功績を残された、尊いジョングク様の血清の処置をお任せされた事、大変光栄に思います」
「大袈裟ですよ、ドクター」
ジョングクは笑って医師と肩を抱き合った。
「ロバート先生もドクターも、ありがとうございました」
テヒョンが改めて二人の医師に礼を言った。
「殿下の勇気には、本当に驚かされます。
貴方様の強いご意思を目の当たりに致しました我々は、誠に光栄でございます」
「皆さんにそう言って貰えるのですが、私も無我夢中でしたから、よく分かってはいないのですよ」
テヒョンは困り笑いで応えた。
「そうして成し遂げられる事が、凄いことでございますよ」
「でもハッキリ言えることは______
私の伴侶、ジョングクを助けたい。それしかありませんでした」
テヒョンの真っ直ぐ言い切った言葉に、ジョングクはもとより、居合わせた皆がその言葉の尊さを思った。
夕方、ステファニアの計らいで夕食が用意された。
テヒョン達だけでなく、二人の医師も招待された。彼女にとっては息子と甥の為に、尽力してくれた事への、お礼の意味が込められた食事会だった。
《儀式》としての血清を終え、食事中は和やかに世間話や各々の近況等が話された。
「ステファニア殿、今回は本当にありがとう。棒血から血清まで全て成功出来たのは貴女のおかげだ」
「いいえ、私はその役目を果たしただけでございます」
「それだけではない。例え手元に子がいなくても、貴女は母としてずっと成長していた。それが今回の事にちゃんと結びついた」
ステファニアは恐縮した。
「差し出がましいよいな気もしておりましたが、、、大公殿下には母でいることをお許し下さって嬉しゅうございます」
「何を言っておる。貴女が頑なに母としての自身を拒んでいたら、あの二人の今の幸せは無かったのかもしれぬのだ」
二人の親は、目の前で仲睦まじく、幸せそうに笑い合いながら話をしている、息子とその伴侶を見た。
「巡り合わせとは、不思議なものでございますわね・・・」
テヒョンが大公と母の視線を感じてそちらに向いた。
「何でございますか?」
「相変わらず仲の良いことだな」
大公に言われてジョングクを見るとふふっと笑った。
「慎めと言われましても無理でございますよ」
「まぁ!」
しれっと言い返すテヒョンに、ステファニアが目を丸くした。
「まったく。これがいつも通りなのですよ」
大公は呆れながら言うが、何か嬉しそうだ。
「あのようなお茶目な表情もするなんて、知りませんでしたわ」
言いながらステファニア自身も嬉しそうだった。
「あのような姿を見るようになったのは、ジョングクと親交を持つようになってからですよ。
私も海外へ早くに出てしまったので、それまでは、寂しさもあったでしょうし、外に心許せる友も少なかったようで、、」
「そうでございますか、、、」
「兄や貴女から授かった大事な息子であるのに、ずっとそばにいられず、貴女にもテヒョンにも申し訳ないと思っていました」
「そう仰らないで下さいませ。王族であればなかなか難しい事。でも大公殿下のご家族は王室には珍しい子煩悩なご家庭だと、聞き及んでおりました」
「それは家の者が皆テヒョンに心を寄せて、世話に励んでくれたおかげですな」
「良い方々に恵まれて、テヒョン様はお幸せでございます」
「貴女からそう言ってもらえると安堵しますよ」
二人の親はもう一度、幸せそうに話しに花を咲かせるテヒョン達を見つめた。
夜になり皆がそれぞれ家路に帰ることになった。
一番先にテヒョンと大公とジョングクが、オルブライトを伴い館を出る。
「母上、本当にありがとうございました」
テヒョンは、馬車まで見送りに出てくれたステファニアの手を取った。
「お役に立てて何よりです」
テヒョンの手を握り返した。
「伯母上、私もお世話をお掛けしました。ありがとうございます」
ステファニアはジョングクの手を取ると、三人で固く結んだ。
「いよいよ婚儀ですね。私としては、とても感慨深いです。お二人とも仲良くお幸せでありますように」
テヒョンは母を抱きしめ、ジョングクは伯母の言葉に頷いて見せた。
「セオドラ殿に、くれぐれも宜しく伝えてね、ジョングク」
「はい。必ず」
「ありがとう、ステファニア殿。近いうちにまたお目にかかろう」
「ありがとうございました、大公殿下」
皆乗り込むと、馬車はゆっくり走り出した。窓を空けてテヒョンが手を振る。ステファニアが応えて手を振った。
ジョングクはその横で、遠く見据えるようにして、
「新しい気持ちでこれから再出発でございます」
と静かに宣言をした。
「そうだな」
大公が噛み締めるように同意した。
テヒョンが窓を閉めて座り直すと、
「その第一歩に、明日から厳しいお婿修行が待ってるぞ」
と言ってジョングクを煽った。
「ああ!そうでございました・・・」
その嘆きのような一声で、馬車の中は一気に爆笑に沸いた。
つづく____________