前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【哀愁のアンジェロ】
朝、食器を片付ける音と人の気配で目が覚める。女中達が夕べの酒宴の後片付けをしていた。
テヒョンの隣ではジョングクがまだ夢の中にいて、部屋にはアンジェロの姿はなかった。
「お目覚めになりましたか、殿下。」
デイビスがテヒョンの着替えを携えて部屋にやって来た。
「うん、今起きたところだ。アンジェは?」
「アンジェロ様は、先ほど散歩に出られました。」
「そうか、、、、」
夕べは一番お酒を飲んだのはアンジェロだ。それでも酒豪と言われるだけあって、呑まれてしまうことなく次の日には速く起きて切り替えられているのだから驚いた。
「さぁ、お着替えをなさって下さい。じきに朝食でございます。」
「分かった。」
テヒョンは起き上がる。
「殿下、、、二日酔いは大丈夫でございますか?」
「大丈夫だ。私は酔い潰れる前に眠くなってしまうからな。」
そう言って笑った。
「・・・もう、朝でございますか、、、」
テヒョンとデイビスの会話で、ジョングクが目を覚ましたようだ。
「おはよう、目が覚めたか?」
「はい、、、」
と言いつつ瞼は閉じたまま髪をわしゃわしゃとかき上げながら、よろよろと起き上がる。
「お目覚めはいかがでございます?テヒョン様。」
まだ朦朧とした眼のまま訊いてくるジョングクに、可笑しさを我慢しながら答える。
「すっきりしてるよ。僕は悪酔いしないからね。」
テヒョンはつい寝癖に視線が行ってしまい、我慢し切れず笑った。笑われた本人は何故笑っているのか分からず、ぼうっとしたままだった。
「伯爵のお着替えはお待ち下さい。じきハンス殿が参ります。」
言った後すぐにハンスが現れた。
「おはようございます。遅くなり申し訳ありません。ジョングク様、お着替えをお持ち致しました。・・・おお、これはまた、見事な寝癖でございますねぇ。」
ハンスがまともに感心して言うので、テヒョンが輪を掛けて笑い転げた。
ようやく覚醒したジョングクは着替えに取り掛かる。テヒョンは紅茶を飲みながら待った。
「でも、流石アンジェ兄さんですね。あれだけ飲んで朝一番に目覚めるなんて。」
食堂までの移動中、廊下で昨夜の話をした。
「僕は途中で眠ってしまって分からなかったよ。」
「気が付きましたら、テヒョン様はグラスを持ったまま眠ってらっしゃいました。」
「そうだったのか。」
「あなた様をベッドに運びましたのは、私ではなく兄さんですよ。」
「え?そうなの?」
「私も酔っていましたし、危ないからと止められたのです。」
「では後で礼を言わねばならぬな。」
「兄さんは大人の男性をいとも簡単に、それこそ軽々と抱き上げましたからね、、、私ももっと軽々とあなた様を抱き上げられるように鍛え直さないと、と決意を固めた次第です!」
「何でそんなことに対抗してるの?夕べは酔っていたのだから、張り合わなくていいではないか。僕だって君を軽々抱き上げるなんて無理だぞ。」
「いいえ、あなた様の伴侶になる身として私はこだわりますよ。」
ハンスが後ろで聞いていて、声を出さずに笑っていた。
「殿下、頼もしいお婿様で宜しいですね。」
デイビスがニコニコしながら褒めた。
テヒョンはこれ以上はきりがないと思って話題を変えた。
「ジョングクの滑舌がいいのを見ると、今朝は二日酔いにはなっていないのだな。」
「はい。深酒をするとろくなことになりませんからね。自制したのですよ。」
テヒョンを横目にウィンクをして言った。あの日の嫉妬した朝を思い出させる言葉に、テヒョンは藪蛇だったとため息をついた。
「我が家のご主人は本当にお婿様想いで、またお二人とも仲睦まじく言う事ございませんな。」
ハンスが笑いを堪えるのに耐えきれず二人の会話に入って来た。
テヒョン達は賑やかに廊下を通り過ぎて行く。
「おはようございます。なにやら楽しそうでございますな。」
ソレンティーノ伯爵と合流した。
「「伯父上、おはようございます。」」
テヒョンとジョングクは声を揃えて挨拶をした。
「これは、これは、二人とも息の合ったことで。相変わらず仲睦まじく良いことでございますな。」
それにはハンスが素早く反応した。
「そうでございましょう!私も今それをお二人に申し上げておりました。ご一緒の時の屋敷内は本当に華やぎます。」
「実に良いことだな。それも世話をする者達が皆幸せな顔をしておる。」
「仰る通りでございます。我々の務めの励みになっておりますので。
高貴な方々のおそばにいられる立場の中では、キム公爵家と我が伯爵家の者達は最たる誉れと自負しておりますでしょう。」
ハンスは嬉しそうに話した。
「うらやましい限りだな。
我が家の息子達にも早く平穏が戻って欲しいものよ、、、」
ソレンティーノ伯爵は憂いだ瞳でテヒョン達の背中を見ながら言った。
「伯爵、、、」
ハンスも事情を知っていたので悲しそうな顔をした。
「ハンスがそのような顔をしなくても、我らは必ず任務を遂行して参るぞ。そしてその後には、晴れて若者達は皆幸せを謳歌するのだ。」
テヒョンとジョングクはソレンティーノ伯爵の言葉に気付いて立ち止まった。
「アンジェロから話は聞いているかもしれぬが、、、あいつもあのように振る舞っていても、、、かなり堪えておるのだ。」
それはそうであろう。結婚を真剣に考えている相手だ。理不尽に二人の間を割くようなことは許されるものではない。
これはアンジェロの話だけではないのだ。今のヨーロッパには〈戦争〉のせいで、仕方なく離ればなれになるしかなかった愛する者同士が沢山いる。なんとも罪深いことである。
___________
その頃アンジェロは庭園の噴水の辺で、ぼんやりと物思いに浸っていた。
普段の快活な彼とは雰囲気が全く違い、静かに一人の時間を過ごした。
そこに夜の間止まっていた噴水孔から、勢いよく水が上がったので、はっとしてやっと我に返った。
手には数本の花を持っていたが、渡す相手がいないことに我ながら不甲斐なさを感じ、呆れて気の抜けたように笑う。
空を仰ぐと、陽がもう明るく昇ってきていたので館に戻ることにした。
アンジェロが玄関に着いたのは、丁度テヒョン達が食堂に向かっている所だった。
「これは、おはようございます。皆さんお揃いですね。」
「おはようアンジェ。今朝はあなたが一番早起きでしたね。」
テヒョンがアンジェロの手にある花を見て、その視線をすぐに彼の顔に向けた。
「ええ、夕べの酔い冷ましに外の空気を吸いに出ておりました。・・・この花はあまりにも綺麗で、手折ってきてしまったのだが、、、ハンス、手入れをしている花壇から勝手にすまないな。」
「いいえ、お気に召しましたのならどうぞ。」
「でも、私には似合わないので、、、そうだ一番花がお似合いなテヒョン様へ差し上げましょう。」
アンジェロはテヒョンに小さく頷いてから花を手渡した。
「・・・・うん、ありがとう。」
テヒョンは素直に受け取った。
「では私は支度をしてから食堂に参りますので、ここで失礼致します。」
アンジェロはそう言い残して部屋に戻って行った。
「花摘みなんて、兄さんには珍しい、、、」
ジョングクがアンジェロの後ろ姿を見ながら不思議そうに言った。テヒョンは花に顔を近付けて香りを確かめると静かに話した。
「アンジェはきっと想い人の好きな花を花壇で見掛けて、思わず手に取ったのではないか?」
「あ・・・」
ジョングクはすぐに口をつぐんだ。
「摘んではみたものの、、、目の前に渡したい人はいない。行き場のない花は僕に託したけれど、アンジェの行き場のない想いは誰にも託す事は出来まい、、、」
アンジェロの心の内を代弁するようなテヒョンの言葉に、その場にいた誰もが何も言えなかった。
「テヒョン様の今の言葉だけでも、アンジェロの想いは報われます。分かって頂けて有り難く思います。」
ソレンティーノ伯爵は父親の表情でテヒョンに礼をした。
「殿下、お花をお預かり致します。花瓶をお借りして参りますので。」
デイビスが花を預かった。
「花瓶に花を挿したら、ジョングクの部屋に飾ってくれ。___いいよね?ジョングク。」
「はい。勿論でございます。」
「陽の光で明るく見える場所に置いてくれるか?」
「はい、かしこまりました。ではすぐに。後はお願い致します、ハンス殿。」
ハンスは笑顔で応えた。
テヒョンはせめてアンジェロが摘んだ花だけでも、試練で離れ離れの二人の代わりに、陽の目を見させてやりたいと思った。
その後、朝食のテーブルにアンジェロが戻ってきたが、軽快な口調で話していて、いつもの彼に戻っていた。
日常のちょっとした話題も、機知に富んだ笑い話に変え、嫌味のないからかい方などを見ても哀愁など感じさせなかった。
人というのは辛いことがあるほど、明るく振る舞えるものなのだろうかとテヒョンは思った。
するとアンジェロは、ずっと見つめられていることに気付いて、大袈裟なウィンクを返してきた。その軽いノリがあまりにも可笑しくて思わず吹き出した。
「どうされたのです?大丈夫でございますか?」
喉を詰まらせたのかと思ったジョングクがテヒョンの背中を擦った。
「大丈夫だ。何でもない、、、」
言いながらケラケラ笑っている横顔を窺い見た。アンジェロは我関せずといったように、知らん顔を決め込んで食事を続けていた。
「ねぇ、アンジェは昔からあのような感じか?」
テヒョンがジョングクの耳元で訊いた。
「ああ、、、そうですね、腕白坊主っていう言葉が一番合っているでしょうね。」
ジョングクは何かを思い出したかのようにクスッとして答えた。
「・・・なるほどな。」
テヒョンは笑いを堪えている彼を見て、余程数え切れない程の面白いエピソードがあるのだろうと推察した。
【共に友人として・・・】
「テヒョン様。」
「ん?」
午後のひと時、今は二人の部屋となっているジョングクの部屋で、お互いに寄り添いながらソファに座りテヒョンは読書をしていた。
「出発の日程が決まる前に、アンディに会いに行こうと思います。」
テヒョンは本を閉じた。
「・・・そうだな。トーマスが出征した後、フランシスがアンディとどう過ごしているか、僕も気になっていたんだ。」
「はい。それに、、、私どもヴァンティエストが《準備》に入ってしまうと、ニューマリー族の方々に会うことが難しくなります。」
二人はこれから始まる現実を見据えて目を合わせた。ジョングクから優しい笑みを見せると、テヒョンもそれに応えて笑みを見せた。
《準備》の言葉を耳にしてテヒョンの心が緊張で揺れる。ジョングクが元々持っているヴァンティーダの真の姿に変身するのだ。普段は表に出さず封印しているが、ヴァンティエストになるには、身体を戦闘態勢にする為に準備が必要だった。
戦闘態勢とは自らが《武器》になることを意味する。
テヒョンは王族として帝王学を学んでいた時期に、同時にニューマリー族やヴァンティーダ族の歴史を学んだ。そしてヴァンティエストについても詳細を知らされている。しかし、長い間戦争が無かった為に実際に目の当たりにするのは初めてだ。
ましてや自分の想い人がその当事者なのだ。心の中で色々な感情が交錯してしまうのも無理はない。
テヒョンの身体にも流れている、半分受け継いだその《血》は決して他人事ではなく、立場は違えど仲間として魂で寄り添いたいと強く思っていた。
兎に角、ジョンソン男爵家に早速使いを出した。
「奥様、チョン伯爵家よりキム公爵と伯爵お二人の当家ご訪問のお知らせを頂戴致しました。」
「分かりました。それではすぐにお返事を差し上げなくてはなりませんね。
では、私共はいつおいで下さいましても、喜んでお待ち申し上げておりますとお伝えして頂戴。」
「はい、かしこまりました。」
従僕はすぐに使いを出す手配を始めた。
『そういえばテヒョン様は今、ジョングク様のお屋敷でお過ごしになっていらっしゃるのね。・・・もしかしたら、ジョングク様の出征が近いということなのかしら、、、』
フランシスは膝の上のアンディにぬいぐるみを見せてあやしながらふと思いを巡らせた。
二人の結婚の延期に留まらず、ジョングクが戦地に行かなければならない現実に胸が痛む。
お互いにどう受け止めて今を過ごしているのだろうか。
本来であるなら幸せを享受しているはずなのだ。しかしフランシスは気付いていた。あの二人のことだ、ヨーロッパ中が戦争に巻き込まれている中で、公人の自分達が祝い事をしている場合ではないと考えたであろうことを。
だからこそテヒョンやジョングクの気持ちを思うと胸が締め付けられるのだ。
『素晴らしく素敵な方々が当たり前に幸せを味わえないのはなぜなのだろう。』フランシスは不条理な現実を憂いだ。
数日後、テヒョンとジョングクはジョンソン男爵家を訪ねることになった。
「殿下、こちらがご依頼のお品物でございます。」
テヒョンがアンディの為に用意させていた、テディベアのぬいぐるみが届いてデイビスが包みの手提げを渡した。
「うん、ありがとう。ではジョング行こうか。」
「はい。」
二人は馬車に乗り込むと、その後ろに警護を伴って出発した。
ジョングクの出征前に、こうしてプライベートで一緒に出掛けられるのも今日が最後になるのだろう・・・
テヒョンは車窓を流れる木々の間の木漏れ日をそんな思いで見ていた。
今のテヒョンの気持ちを知ってか、いつの間にか隣に座っていたジョングクが、そっと手を重ねてきた。窓から目を離すと優しい瞳で笑っていて、強くテヒョンの手を握りしめた。
更に馬車の車輪の音が、時を刻むように進んでいて、《その日》に近付いて行っている事を実感させられた。
二人は何も言わなかった。ただお互いの温もりをこうしてそばで感じ、今だけを見つめようとしていた。
「ようこそおいで下さいました。テヒョン様、ジョングク様。」
フランシスがアンディを抱いて二人を出迎えた。
「やあ、来たよ。アンディ!わぁ大きくなったな。」
テヒョンが頬を撫でた。
「早いものですね、少し見ない間にこんなに大きくなって。」
ジョングクが小さい手と握手をした。
「今ではすっかりこの子中心に回っていて、毎日目まぐるしいですわ。」
そう言いながらもフランシスの笑顔は幸せそうだ。
「アンディにプレゼントがあるぞ。」
テヒョンは手提げをフランシスに渡した。
「まぁ!ありがとうございます。何かしらねぇ、アンディ。」
フランシスはテヒョン達に椅子を勧めると、アンディをクッションで囲うようにしてソファに座らせ、自分もすぐ隣に座った。そしてアンディに向きながら手提げの中から包を取り出し開封する。
「まぁ!なんて可愛らしい。」
フランシスは言いながらテディベアの顔をアンディに対面させる。アンディの目は一瞬驚いたようにまん丸になると、次の瞬間には満面の笑顔になって、両手でぎゅーっとぬいぐるみを抱き締めた。
可愛い反応に三人が笑った。
「ありがとうございます。アンディもすっかりお気に入りですわ。」
「気に入って貰えて嬉しいよ。」
テヒョンは嬉しそうにアンディを見た。
来客のためのお茶が運ばれてきた。一緒に出された焼き菓子から香ばしい香りがした。
「これは焼き立てなのか?」
「はい。お二人が到着なさる時間を読んでオーブンに入れましたの。」
「相変わらず凄いな、、、フランシスにはいつも感心させられるよ。」
「お菓子作りはやめられませんわ。さぁ、焼き立てを是非お召し上がり下さいませ。」
勧められるままテヒョンとジョングクはお菓子を取って一口食べた。あまりの美味しさに、二人は見合うと笑った。
その様子をフランシスは目を細めて見ていた。
テヒョン達がお茶で談笑している時、床にラグを敷いた上で沢山のクッションの中、アンディは養育係が見守る中テディベアと戯れていた。
「アンディはもう一人で座れるようになったのだな。」
「はい。もう手足の力もついてきておりますから、そのうちハイハイも出来るようになりますわね。」
「そうか、毎日の成長が楽しみだな。」
キャッキャと声を上げて楽しんでいる様子に、子どもの声が響く家庭は、なんと幸福感があるのだろうとテヒョンは思った。
「定期的にトーマスに送っている手紙に、アンディの成長を日記のようにしたためておりますの。」
「返事は来るのか?」
「はい。頻繁には無理のようですが、アンディがどんな風に成長しているのか、彼なりに想像しているようです。」
フランシスは遠い目でアンディを見ながら応えた。
トーマスからの手紙には、戦争に関する事は一切書かれていなかった。妻を不安にさせない配慮をしたのだろうが、その優しさが却って戦況の過酷さを感じさせた。
「泣き言は言わないのです、、、」
「え?」
ボソッと呟くフランシスの言葉を聞いて、テヒョンはジョングクと目を合わせた。
「いけませんわね、、、お二人の前だとついつい本音を言ってしまいそうになりますの。」
「はは、、いいではないか、私達は共に友人なのだから。さぁなんでも話して。」
フランシスは有り難く頷くと話し始める。
「トーマスの手紙には泣き言一つありませんの。・・・ああ、勿論軍人としてのプライドも分かりますし、戦場で弱音を吐くものではないことも分かります。
それに私を不安にさせないようにと、彼の気遣いがあっての事だということも充分に承知していますわ、、、でも、、、」
フランシスは次の言葉を躊躇した。
静かに耳を傾けていたテヒョンが、ゆっくり応えた。
「せめて妻には弱音一つでも言って欲しい・・・と言いたいのだな?唯一の捌け口になってやりたいと。」
「はい、そうなのです。」
「私にもその気持ちは分かる。凄くよく分かるよ。」
実感を込めて言うテヒョンの言葉に、ジョングクはじっと横顔を見つめた。
「実は、夜ベッドに入ると不安に苛まれることがありますの。もしかしたら今、、彼が戦場で深い傷を負っている状態だったら、、、、砲弾や矢弾に当たったりしていたら、、、」
「フランシス・・・」
テヒョンが震える彼女の隣に行くと、肩を擦ってやった。
「ありがとうございます。すみません、、、このような事を申し上げてしまって。」
フランシスは気丈に振る舞おうとした。
「いいではないか。あなたもトーマスの捌け口になってやろうとしているのだから。私がフランシスの捌け口になってやるぞ。」
テヒョンからの優しい声掛けに、彼女はフッと緊張が解けて笑うと、瞳から涙が溢れた。
主人が不在の今のジョンソン男爵家は、フランシスが代わって家長として家を守っている。家長代理としてまた母として家の職員達の前で弱さを見せる事は、彼等を不安にさせると思って出来なかったのだろう。
「フランシスはよくやっているよ。友として尊敬する。」
「本当に、、、トーマスは安心して任務が遂行出来ているはず。」
ジョングクがフランシスの前にしゃがみ、真っ直ぐにそう伝えた。
「私も近々戦地に向かいます。テヒョン様とあなたが共に私とトーマスを待って、支えて下さっていると思うと、力になりますし何より励みですよ。」
テヒョンがその言葉を聞いてジョングクの肩に手を置いた。
「そうだよ。勇士の二人を私達は待っているよ。」
「ええ。テヒョン様と共に待っておりますわ。」
三人は静かに笑い合った。そこにアンディの笑い声が明るく入って来た。
「あら、なんだか楽しそうですこと。」
フランシスはアンディがいるラグに行く。
テヒョンとジョングクはその様子を見ながらそっと、しかししっかりと手を握り合った。
夕方になりテヒョン達が屋敷に戻る時間になった。
ジョングクが籐製のロッキングベッドで眠っているアンディを覗いていた。
「いつもなら起きる時間ですのよ。今日はお二人に遊んで頂いて、よくはしゃいでおりましたから、ぐっすり眠ってしまいましたわね。」
「ははは仕方ない、もう暫くは会えなくなるから、アンディの寝顔を焼き付けて行こう。」
フランシスはテヒョンの方を振り向いた。心配をして顔を見たのだが、テヒョンは既に心の準備は出来ている、というような穏和な顔で頷いてみせた。
「帰還して再会した時に、忘れられて泣かれないか心配だ。」
ジョングクはそう言って笑った。
「ちゃんと覚えてくれてますわ。この子はジョングク様を忘れません。」
フランシスはきっぱりと言った。
「あんなに君にしがみついて笑っていたものな。」
テヒョンも賛同する。
ジョングクは立ち上がると真剣な面持ちでフランシスの前に立った。
「フランシス、友人としてあなたにお願いがある。」
いつになく重い口調にフランシスも真剣な眼差しで見上げた。
「私が不在の間、テヒョン様の弱音を聞いて差し上げて欲しいのです。」
「ジョングク?フランシスに何を頼んでいるんだ。僕に対して失礼ではないか!」
テヒョンが怪訝な声で言った。
ジョングクは静かに振り向くと、憐れむような瞳で見つめた。
「失礼なのは承知の上です。・・・でもあなた様は私が居ないと、公人のお顔しかお出しにならない。」
「・・・なに?」
何を言いたいのか分からず困惑した。
「この間、本音をぶつけて下さいましたよね?あなた様は私には素直に本心を仰って下さいます。」
フランシスは二人のやりとりを静かに聞いていた。
「何が言いたいのだ?」
「私が戦地に行った後、あなた様の不安や寂しさは誰に吐き出せるのですか?」
思いも寄らないジョングクの言葉に、テヒョンはただただ驚くだけだった。
「テヒョン様は、、、大公子と公爵の殻に生身の《テヒョン》を封印しておしまいになるでしょう。」
ジョングクは、まだよく呑み込めていないテヒョンの両手を掴んた。
「私は、、、私の愛する伴侶が悲しみや苦しみを我慢することで潰されたくないのです。ですから同じ境遇で信頼できる友に吐き出して頂きたい。」
「ジョングク様、大丈夫でございますわ。」
ここで、ジョングクの想いを理解したフランシスが話に入って来た。交互に二人を見つめながらしっかりした話し方で、それでいて子を守る母のような優しさで続けた。
「テヒョン様と私は同じ勇士を夫に持つ者同士。お望みであれば私は友として喜んで捌け口になりましょう。」
「フランシス・・・」
知らぬ間にテヒョンの頬に涙が零れ落ちる。泣きたいわけではないのに、後から後から零れてくる。もうそれをどうにかしようとか、そんな事をする余裕もなくただ立ち尽くすだけの身体をジョングクが抱き締めた。
「あなた様を独り置いて行かねばならない事を、、、私の罪にしてしまいたい!連れても行けない現実も全て、、、」
テヒョンの鼓動が、心に響かせるように速く打ち鳴らす。ジョングクの身体を何も言えずしがみつくように抱き締めた。
フランシスは、激しいまでのジョングクの想いを初めて目の前で見せつけられて、身体が震えるほど感動していた。
「お守り致しますわ!・・・尊きお二人の想いごと、私が、、」
フランシスが抱き合う二人を包み込むように抱き締めた。
ジョングクは部屋を出るとテヒョンの腰に手を添えて、しっかりと支えながら玄関まで歩いて行く。フランシスは見送る為にその後ろについて行きながら、二人の後ろ姿がまるで絵画のように美しいと感じていた。想いの強さが雰囲気に溶け込んで輝く。そんな愛し、愛され方が出来る事を少し羨ましくも思った。
玄関にはジョンソン家の従僕や女中達が、伯爵家の馬車と二人を待っていた。
「すっかりお邪魔をしてしまいましたね。」
ジョングクが振り返る。
「いいえ、充実した時間でございましたわ。アンディもとても楽しそうでしたし。」
「・・・色々とありがとう。私はフランシスにはいつも助けて貰ってばかりだ。」
テヒョンの目が涙目でまだ潤んだままだった。
「そのような事は仰らないで下さいませ。私達は共に友人であると仰って下さったのですから。」
テヒョンはフランシスを抱き締めて礼をした。
「ではフランシス、アンディと共にずっと健やかでいて下さい。」
ジョングクからの《別れ》の言葉に、フランシスも別れの抱擁をした。『ジョングク様、無茶などなさいませんよう、必ず、必ず、お帰り下さいませ。』と、念を入れるように耳元で言った。彼女の意味深な言い方にフッと笑って『はい。』とだけ応えた。
二人が馬車に乗り込むと、フランシスが扉を閉めた。
鞭が打たれて馬車はゆっくりと動き出した。
送る者達がお辞儀をしている中、フランシスは両手を胸にあて、馬車を遠くまで見送りながら『神よ、尊き友のジョングク様をお守り下さい。』と祈りを捧げ続けた。
伯爵家に戻ると二人はそのまま部屋に向かう。ジョングクはハンスに夕食の用意は自室に運ぶように頼んだ。
テヒョンは部屋に入るとソファに座る。
先程からずっと口数が少ないテヒョンを気遣い、隣に座るとぐいと身体を引き寄せた。
すると力を抜いて寄り掛かってくる。
こういう時のテヒョンはいつも可愛い。
「お疲れになりましたか?」
額に掛かる前髪を手で梳いてやる。
「君こそ疲れただろう、、、アンディがよく懐いていたな。」
クスクスと思い出し笑いをして、いつものテヒョンに戻る。
「父親のように身体を大きく動かす遊びをしたら、えらくはしゃいでいましたね。」
ジョングクはそう続けて、話が途切れないようにした。
「トーマスの代わりをして遊んでやったのだな。アンディもフランシスも嬉しそうな顔をしていた。」
テヒョンはにっこり笑ってジョングクの顔を見る。
「だけど、、、フランシスは強いな。母としての強さと初めは思ったが、、、いや、妻としても貴婦人としても芯が強い。僕は圧倒されてしまった。」
テヒョンは、トーマスが出征した後誰にも弱音を吐かず、一人で男爵家を切り盛りするフランシスを健気に思った。
「確かにそうでございますね。
そして私は、彼女が私達に心の内を話してくれて良かったと思ったのと同時に、あなた様にもそういう方が必要であると思いました。彼女の前で失礼を申しましたが、あの場で言うべきだと思ったのです。」
「ははは、流石にびっくりしたが怒ってはいない。むしろ君の僕に対する気持ちが熱くて嬉しかった・・・」
テヒョンはジョングクの首に手を回すと、思い切り力を込めて引き寄せ唇を強く押し当てた。
※ 画像はYoっち☆オリジナルです