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予約時間の午後16時
担当の看護師さんと母の残された人生をどう送らせてあげるのかを話し合いました
私たち家族は
今のまま自宅で過ごさせてあげたい
これが最終的な望みです
母の本心は望んでいるかどうか、それは分かりません
しかし、医療の現場の方からすると、本当に動けなくなったときどうするのか・・・
最悪の話では
朝起きたら呼吸をしていなかった・・という場合があります
その時に警察が先か、どうすればいいのかと迷う前に、在宅医療をお願いしている先生がいれば、その先生にお願いも出来ますと
母が本当に望む、その時の迎え方
その時(死に向かう)とは、生き方そのもの
その事を思い出しました
末期の患者であろうと、今の私であろうと誰であろうと同じじゃないか
死期については人それぞれで、長かろうが短かろうが生き方を考える本質は同じ
普段スピリチュアルな考えを取り入れている割りには、実践出来ていないじゃないか❗️と自分に突っ込みました
母の人生だから、母が主体でなければならず
決めるのは母
ソーシャルワーカーの看護師さんに
次の診察の日、主治医から提案する形で母に打診をして欲しいと伝えました
家族から伝えるより、主治医から話して頂いた方が、直接なので説得力があると思いました
(家族から・・だと、本当はもっと何か聞いていて、隠しているのかも・・と余計な詮索をされかねないので)
勿論、余命の話は絶対無しでと条件つきで
また、
これは主治医の先生に対して、少し失礼になる発言になるのですが
母の孫くらいの年の主治医に、少なからず不安があることも看護師さんにだけ伝えました
看護師さんは
患者に対しての伝え方の勉強はしているはずなので、そこは任せてあげて欲しいとおっしゃってましたが、それは私たちも充分承知していての発言です
ただ、知識と知恵は違います
専門家も場数を踏んでの実績
ましてや人間が相手
医師が向かわれるのは『病』かもしれませんが、その土台に魂を持つ身体がある限り、病状や宣告も人間力が問われるのは必至❗️
私の言い方に語弊があるかもしれませんが、患者を活かすも、殺すも医師の言葉次第
だから、全く失敗がないとは言い切れない
家族はそういう事を全てひっくるめて、不安があることを伝えたのです
だってやり直しなんが許されないし、後戻りは出来ませんから
お願い致します(。-人-。)
ホスピスの話も出ましたが、とにかく母の意向を聞くということになったので、それからです
相談室を出るときに、面倒くさい家族ですみませんと言って出てきました
人の人生に関わるということは、例え親子であろうと恐ろしいものです
責任が重くのしかかるイメージです
昔と違い『本人の意向』を重視出来る世の中になりつつありますが、まだまだ家族の自己憐愍が見え隠れするのが人の常
私の苦悩も続くのでしょう
