』壕の入口で上級生の叫び声が聞こえてきた
まだ実家にいた頃、子供の頃から私は
母や父や祖父母、中学の先生方から戦争体験の話を聞いていた
私が10代の頃に暮らしていた街は、東京のベッドタウンとして開拓されて間もなかった所だったが、少し森に差し掛かったりすると、防空壕がそこここにあって、子供ながらに、こんな場所にまで防空壕を掘るほど、B29が攻撃してきていたのか…と驚いたものだ
私の母は福島県生まれで、10代までそこで暮らしていた
母からは夜寝るまでの間、母の子供の頃の話をよく聞いていた
戦争の話も度々聞いたが、一番印象深かったのは、実際に空から米軍が攻撃してきた時の話だ
当時母は小学1年だった
頭巾をかぶり防空壕まで逃げた
逃げている時の状況を聞くと、同級生たちと…と言っていたので、登校していた時の話なのだと思う
母は下級生だったので壕の一番奥へ入れられたそうだ
上級生が壕に入り、最後に先生方が入りかけた頃に銃撃音がしたらしい
それと同時に上級生の
『先生がやられたーーー
』という叫び声が聞こえてきたそうだ
きゃーという女子の声も聞こえてきたらしい
壕の入口付近が騒然とした様子になっているのは、母にも感じられたようだ
『1年生は見るな
』という声もしていたらしい銃撃を受けたのは女性の先生だったそうだ
母が言うには、この先生は日頃から白いブラウスを好んで着ていたそうで、同僚の先生方からは、白なんて狙われやすいから危険だと、注意を受けていたらしい
しかし、まだ6才の子供が『銃撃』から逃げるという状況は、平和ボケしまくってる私にとっては異常過ぎる、狂気過ぎる
私の母は日頃から落ち着き、感情的になることが一切ない人なので、そんな惨劇を身近に感じ、思い出しながらも普通に私に話す心情は分からない(聞いてる私は子供だったし)
でも、そんな母のイメージを作り上げたものこそ、戦争体験に起因しているのかもしれない
それから間もなく、終戦を迎えたようなのだが
母たちの戦争は、生活の中にまだまだ
続いていくのだ