母の戦争の話 | Yoっち☆楽しくグテを綴る♡

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テテとグクの Me Myself写真集にインスピレーションを得て【群青と真紅】をブログ内で執筆中です️

『先生がやられたーーー!!

壕の入口で上級生の叫び声が聞こえてきた


まだ実家にいた頃、子供の頃から私は
母や父や祖父母、中学の先生方から戦争体験の話を聞いていた

私が10代の頃に暮らしていた街は、東京のベッドタウンとして開拓されて間もなかった所だったが、少し森に差し掛かったりすると、防空壕がそこここにあって、子供ながらに、こんな場所にまで防空壕を掘るほど、B29が攻撃してきていたのか…と驚いたものだ




私の母は福島県生まれで、10代までそこで暮らしていた

母からは夜寝るまでの間、母の子供の頃の話をよく聞いていた
戦争の話も度々聞いたが、一番印象深かったのは、実際に空から米軍が攻撃してきた時の話だ


当時母は小学1年だった
頭巾をかぶり防空壕まで逃げた


逃げている時の状況を聞くと、同級生たちと…と言っていたので、登校していた時の話なのだと思う


母は下級生だったので壕の一番奥へ入れられたそうだ
上級生が壕に入り、最後に先生方が入りかけた頃に銃撃音がしたらしい

それと同時に上級生の

『先生がやられたーーー!!

という叫び声が聞こえてきたそうだ
きゃーという女子の声も聞こえてきたらしい
壕の入口付近が騒然とした様子になっているのは、母にも感じられたようだ
『1年生は見るな!!』という声もしていたらしい


銃撃を受けたのは女性の先生だったそうだ

母が言うには、この先生は日頃から白いブラウスを好んで着ていたそうで、同僚の先生方からは、白なんて狙われやすいから危険だと、注意を受けていたらしい




しかし、まだ6才の子供が『銃撃』から逃げるという状況は、平和ボケしまくってる私にとっては異常過ぎる、狂気過ぎる


私の母は日頃から落ち着き、感情的になることが一切ない人なので、そんな惨劇を身近に感じ、思い出しながらも普通に私に話す心情は分からない(聞いてる私は子供だったし)

でも、そんな母のイメージを作り上げたものこそ、戦争体験に起因しているのかもしれない



それから間もなく、終戦を迎えたようなのだが


母たちの戦争は、生活の中にまだまだ
続いていくのだ