私は大阪に暮らして3年目になります
その直前には山梨にいました
実家は神奈川で、両親は弟と暮らしています
また、私には成人した息子が二人いますが
一人は山梨、もう一人は愛知にいて、それぞれ企業に勤めています
別れている元夫は、今は生まれ故郷の青森で暮らしているそうです
家族と呼べる人たちは皆、テンデンバラバラです
各々交流はあるにせよ、バラバラに暮らしています
家族が四方に離散する状態なんて、最初に望んだ形ではありません
ですが、人生のそれぞれに、選んできた結果が今なのです
向かおうとする目標点は見えるものの
寝ている間の夢の中でよくあるように、浮遊しているように、手足が浮きだって前に進みません
そうした私の行動が、家族をないがしろにしているんだと感じています
しかし、
もがきバタバタさせてはいるものの、何でも結果が裏目に出てきます
腹が立ちます、苛立ちます、やる気が削がれます
そんなことの繰り返しで
年相応の人生の流れに沿って生きていけないのです
世の中が変わって、個人の生き方が多様化してきているからだと、言われることもありますが、
本当に理由はそれだけでしょうか
自分が正しいと思っていた『私』は、実は未熟で浅はかな自己ではなかったか…
だから私は今、もがいているんじゃないか
最近そう考えています
そして、また
誰もが歩む正しいとされるレールに乗らなかったから、正しくはない経験が出来てるんじゃないか、と諭す私もひそかでしたたかに、腕を組んで傍観しています
何年か前に、実家の母から送られた年賀状に『たまには帰ってきたら』の一言が添えられていたことに、ずっと後ろめたさを禁じ得ません