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戦後の日本では、原爆に関する「アメリカの罪」に言及することは、一種のタブーとされて来ました。

それは、占領軍によって作り上げられた風潮です。

「東京裁判」で裁かれた罪は、(1)「平和に対する罪」、(2)「通例の戦争犯罪」、(3)「人道に対する罪」の三つの犯罪についてです。

「国際軍事裁判所憲章」第6条によれば、「人道に対する罪」とは、「戦争前あるいは戦争中にすべての一般人民に対して行われた殺害、せん滅、奴隷化、移送及びその他の非人道的行為、もしくは政治的、人種的または宗教的理由にもとづく迫害行為」とあります。


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本日、長崎は68回目の原爆の日を迎えました。
原爆により尊い命を奪われた数多くの方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げますと共に、被爆後遺症に苦しんでおられる皆様に心よりお見舞い申し上げます。
6日、広島市で行われた平和記念式典の中の安倍首相の挨拶で、話題を呼んだ言葉があります。
「私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります。そのような者として、我々には、確実に、核兵器のない世界を実現していく責務があります。
その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります。」
式典に米国のルース駐日大使が参列する前で、原爆投下を「非道」と言い切ったことは歴史的にも大きな意味があります。


また、大川隆法総裁は『原爆投下は人類への罪か?』(幸福実現党発行)の「まえがき」で次のように疑問を呈しています。

「本当に日本はファシズム全体主義国家で、正義の大国アメリカが、悪しき野望を二発の原爆で打ち砕いたのだろうか。

それとも原爆投下が非人道的で、人類への罪にあたるため、それを取りつくろうために、ありもしない南京三十万人大虐殺事件や、従軍慰安婦問題をでっちあげ、日本をナチスばりのホロコースト国家に仕立てあげたかったのか。」

これまで、米国は原爆投下について、公式に謝罪、賠償を行なっておらず、むしろ、日本に「自虐史観」を押し付けることで、「罪の意識」から逃れようとしているように見えます。

パール判事は、1952年の世界連邦アジア会議広島大会において、次のように述べています。

「広島、長崎に投下された原爆の口実は何であったか。日本は投下される何の理由があったか。当時すでに日本はソ連を通じて降伏の意思表示していたではないか。

それにもかかわらず、この残虐な爆弾を“実験"として広島に投下した。同じ白人同士のドイツにではなくて日本にである。そこに人種的偏見はなかったか。しかもこの惨劇については、いまだ彼らの口から懺悔の言葉を聞いていない。」

日本人は今こそ、「何もかも日本が悪かった」とする占領軍による「自虐史観」洗脳から目覚め、「日本の誇り」を取り戻すと共に、日本が二度と核兵器の被害に見舞われることがないよう、国防強化を果たすべきです。(文責・政務調査会長 黒川 白雲)



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