1966年4月6日、オーストラリア、メルボルン で、銀色のディスク型の飛行船が高校の近くに着 陸し、また飛び立ったのを大勢の人が目撃した。 いたずらや誤認と思われる証言が多い中、真昼間 に200人以上の人に目撃されたこの事件は別格で、 どうにも説明がつかなかった。

体育の授業を終えた高校の生徒のうち何人か が、車の二倍の大きさの銀色、もしくは緑がかっ た銀色の飛行船が学校の裏の松の木の上に浮いて いるのを指差したのが始まりだった。さらに生徒 たちが外に出てくると、その飛行船は大勢の前で 上昇し、45度の角度に傾いたまま、普通の自家用 機ではとても太刀打ちできないようなスピード で、空の彼方へ消えていったという。

近くの空港によると、その時間に付近で自家用 機の発着はなく、軍の演習もなかった。20分以上 もの間、大勢の人に目撃された、飛行機でも気象 観測気球でもない物体の説明はつかなかったが、 写真も映像もなく、追跡調査したパイロットもい ない。この事件はオーストラリアのもっとも不可 解なUFO事件のうちの1つである。




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1964年4月24日、ニューメキシコのソコロのさ まざまな場所で、低空飛行をする物体を見た、大 きな航空機が離着陸するような大きな音を聞いた というような証言が相次いだ。中でもロニー・ザ モラという警官が勤務中に、実際に着陸するとこ ろを目撃し、エイリアンの宇宙船に違いないと断 言した。

ザモラの証言によると、巨大な円錐形の青い光 が空中高く昇っていって炎に包まれたという。そ れが墜落したらしい峡谷にかけつけてみると、飛 行船らしきものがいて、一瞬、ふたりの小さな人 型生物がジャンプして消えたように見えた。ザモ ラがパトカーを止めて外に出ると、ガチャンガ チャンと金属音が聞こえた。音をたてていたの は、足のついた巨大な丸い金属の物体で、それは すぐに底部から青い炎を発して静かに飛び去った という。ザモラは無線で自分が見たものを報告し た。

駆けつけた仲間の警官がザモラの目撃を裏づけ る証拠を発見した。その物体の着陸していた場所 にぎざぎざのへこみ跡がついていたし、離陸のと きに燃えたらしい草木が残っていたのだ。卵型の 飛行物体や、青い炎の目撃証言はほかにもあり、 ザモラから話を聞いたジャーナリスト、空軍職 員、前述のプロジェクト・ブルーブックの元ヘッ ド、ヘクター・クインタニラ・ジュニアも、ザモ ラはまじめな警官であり、付近の航空機について も精通しているので、証言の信憑性については疑 う余地がないという同じ結論に達したという。





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1957年にエドワーズ空軍基地に着陸したという UFO事件に、空軍が神経質になるのも無理もな い。UFOの映像が撮影され、しかも、報告したの がアメリカ初の有人宇宙計画のテストパイロット 兼宇宙飛行士だったゴードン・クーパーだったか らだ。

当時、クーパーは着陸システム装置の監督をし ていて、彼の証言はかなり信憑性が高い。円盤を 目撃したとき、クーパーはカメラクルーにフィル ムを回すよう指示した。円盤は頭上にやってくる と、着陸用の三本の足を伸ばし、干上がった湖底 にゆっくりと降りてきたという。プロのカメラマ ンが撮った写真はとても鮮明で、常に18~27メー トル以内で対象をとらえていた。直径9メートルほ どの円盤は銀色ですべすべと光っており、地球上 の乗り物でないことは明らかだった。カメラマン が近づくと、それは飛び去ったという。

クーパーがこれを上官に報告すると、フィルム をワシントンに送るよう言われたが、その後フィ ルムは消えてしまい、UFO調査機関であるプロ ジェクト・ブルーブックが設立されても日の目を 見なかったという。クーパーはブルーブックが完 璧にもみ消しの隠れ蓑になったと言っていた。




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