いつのまにか空中を上昇し、はるかな上空に浮かび上がっていた。そこから見える、鮮やかな光彩を放つ丸い地球と月、金銀をちりばめたように輝いている星々。
「きれいだな」思わず嘆声をもらした。
「ホントにそうか」と言って、また先ほどのメガネを手渡した。
「なんだい、こりゃ」
魔法のメガネをかけて見ると、先ほどの地球、月、星々はきれいに一掃されて、ひろがっているのは真っ暗な空間だけ。
「地球、月、星々なんてものは、本当は存在しない。あなた達の深層意識が作り出した幻影にすぎないんだ」と言ってまた笑った、ケケケ。
自宅へ戻っていた。
上着のポケットから取り出したのはメガネ。別れ際に持って行けと言って渡されたあのメガネだ。
早速その魔法のメガネをかけて見た、窓の外。
あれと思った。このメガネをかけてあの上空から見たときとは違って、今窓から見る車や人々が行きかう街の光景は、魔法のメガネをかけても外しても同じだった。
どうなっているのだろうと思いながら、立ってみる鏡の前。
目を見張った。そこに映し出されているのはいつもの自分ではない。フチなし帽子をかぶり、番号を付けたツナギの作業服を着て重い荷物を下げた天秤棒を担いでノロノロと歩いている、上空から見たあのときの奴隷だった。
おれの前を歩いていたひとりの奴隷、天秤棒の荷物の重さに耐えかねて足並みを乱し、ヨロヨロとよろめいていく監視兵の前。その奴隷に鞭を振るう監視兵。打ちのめされて悲鳴を上げる奴隷。体が動いていた自然と。天秤棒を投げ出し、行列から飛び出して鞭を振るいつづける監視兵の腕を取り押さえようとした。とどろく銃声。その場に倒れ伏す。目の前が真っ暗。そのとき上空から聞こえてくる声。
「哀れな奴隷だな」その途端、何もわからなくなった。
気がついたとき、目の前に立っている熊吉。
何度も目をこすってみたが、間違いなく微笑を浮かべて立っている熊吉。
「あのとき見たあの奴隷はおれだったのか。そしてあの奴隷である自分は死んだということか。だがおれはこうして生きている。どういうことだ?」と聞かずにはいられなかった。
「いいや、あなたは死んではいない」と微笑を消し真顔になって言った。
「監視兵の銃に撃たれておれはーー」
断固として言う。「死というものは存在しない。あなた達の脳が作り出した幻想にすぎないんだよ。体は死ぬことがあっても自分という意識は死ぬことはない。時間、空間、過去、未来というものもない。さらに光と闇、生と死、善と悪、男と女、自分と他人といった分離もない。あるのは今ここに生きているという意識だけ。意識には自分という表層意識と潜在意識があり、その潜在意識の中に深層意識が存在している。この世界のあらゆるものは、この深層意識が作り出したのだ。厳密に言えば深層意識に潜んでいる映像が外界に投影されたものだ。それは色も形もなく実体というものがない。あなた達はその実体のないものに五感を通じ想念や言葉を付与して実体があるものとして認識している、いや認識させられている。もっと言えばとらえている、いやとらえられているということなんだ」
真摯さと熱意をこめて話しつづる。「この深層意識は宇宙意識とつながって永遠に生きている。この世界のあらゆることを知っており、あなたのこれまでの人生で起きたこと、これからのあなたがどんな人生を歩むのかも知っている、いやあなたのこれからの人生を作り出すのがこの深層意識なのだ。あなた達はこの深層意識に気づいて確かな人生を歩いていかねばならない。
ちょっと説教くさい話になってしまったが、要するにぼくが言いたいことはだな、今あなた達は夢を見ている状態だ、その夢からめざめることが大事なんだ。夢からめざめることができれば、悩みや迷いなどが吹っ切れてこの人生がどれほど素晴らしいものかということが分かるようになるだろうよ」
語り終えると、どうだというようにおれを見た。
よくわからなかった、熊吉の言うことが。「熊吉さんは、われわれが認識しているものには実体がないというけれど、だが実際にあんたは実体があるものとしてそこに存在してるじゃないか」
熊吉の体に触れようとした、手を伸ばして。
「ホントにそうか」とまた言った。
次の瞬間、消え失せていた熊吉の姿。
「熊吉、どこだ、どこにいるんだ?」
あたりを見回しても、熊吉はどこにもいなかった。
「ホラ、言っただろ」おれの胸の奥から聞こえてくるその声。
「ここだ、ここだよ」