支那、韓国は、靖国神社に所謂「A級戦犯」が合祀されているということで、日本国の総理大臣や閣僚の靖国神社参拝に反対し、外交カードとして利用している。
この件については、昭和60年8月15日の中曽根首相の靖国神社公式参拝を、朝日新聞社が大々的に問題視した記事を書き、それから支那が外交カードとしだした。それ以前において、支那も韓国も靖国参拝は問題としてはいなかった。
そもそも「A級戦犯」なる言葉の意味は、またこの用語はいつどこから発生したのか。だれが、どのような意図や目的を持って、どのような基準と法の下で「A級戦犯」なる用語を作ったのだろうか。
この部分を単なる感情論ではなく、冷静に考え正しく認識することが重要ではないか。「A級戦犯」という用語は国際法に照らしても見当たらない。
ご存じとは思うが「A級戦犯」なる用語は、先の大戦後における戦勝国(連合国)が極東国際軍事裁判(東京裁判)において急遽作られたものであり、敗戦国日本を一方的な勝者の論理で裁いたものなのである。
法の基本原則は「罪刑法定主義」であり、これが近代文明諸国の常識である。いかなる行為が犯罪であり、また犯罪にいかなる刑罰を課すかを定められるのは、行為前の法律によってのみで決まる。
すなわち「法律なければ刑罰なし」とする考え方が文明国家として、当たり前のことであり常識なのである。
極東国際軍事裁判(東京裁判)では、この近代文明諸国の法の基本原則である「罪刑法定主義」が完全に無視されたのである。
裁判での判決の根拠は国際法ではなく、裁く側の戦勝国が新たに作った「極東国際軍事裁判所条例」なる事後法によるものであった。
戦勝国が敗戦国日本を一方的に裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)は、当然のことながらが如何に不当で矛盾に満ちていたのかは、多くの人証や物証によって明らかになっている。
国際法を無視した事後法を適用されて「A級戦犯」とされた東條英機元総理ら日本の指導者たちは、
(1)日本は侵略戦争を行った
(2)侵略戦争は28人の被告の共同謀議であった
との違法な判決を下されたのである。
しかしながら、国際的にも近代文明諸国であれば「戦争は国家の行為」という考え方が主流であり支配的である。したがって冷静に考えれば先の大戦が「A級戦犯」とされた人びとだけの責任ではないことは明らかである。
いま国際社会において大きな影響を持ち、それなりの地位を確立した支那や韓国は近代文明諸国の法の基本原則である「罪刑法定主義」ではなく、「極東国際軍事裁判所条例」という事後法により、28人の被告裁いた極東国際軍事裁判をどう理解しているのか。
おそらく極東国際軍事裁判の矛盾点や違法性も理解はしているが、日本を貶め搾取するための方策、また自国内の人民を掌握するために曲解し利用していると考える。
それに呼応する日本国内の共産党・社民党をはじめ、およそ日本人とは思えない反日日本人や、在日支那朝鮮人など正気の沙汰とは思えぬ反社会的行動をしている。
いまや日本は健全な近代民主国家であり、考え方を戦前に戻すとか軍国主義の復活、あるいは侵略戦争を許すほど日本国民は未熟ではない。
「日本は侵略戦争を美化する軍国主義に右傾化の道を進んでいる」という論法で日本を批判するのならば、支那共産主義国家こそ現在進行形のチベット・ウィグルへの侵略・不当支配を続け、核兵器を含む強大な軍事力を保持増強し、近隣諸国への挑発行為を続ける軍国主義国家ではないか。
こういった部分に目をつぶり、日本にのみを批判し続ける国内の「ヘイワ運動家」は、支那・韓国の工作員としか私には思えない。
たとえて言うのならば、自宅の鍵を閉めず窓もオープンにし、室内のテーブルに現金や貴金属をむき出しに置き、張り紙で「我が家は無防備宣言をしていますので、泥棒や不法侵入はあり得ません」とでも貼っている状態、それが現憲法下の日本の現実なのではないだろうか。
戦後70年も経とうとしている現在、成熟したまともな国家として、いいかげんに国際状況を踏まえ、自国は自国で守り他国の侵略には毅然とした対応で望む、真の独立した国家になる時期にあるのではないだろうか。
さらに総理大臣や閣僚の靖国神社への公式参拝は、日本政府・日本国民の感情を含め、日本人の死生観や慰霊の仕方・習俗を諸外国に対し、事実関係を含めて丁寧に説明し説得すれば問題はないと思う。
祖国存亡の危急に殉じた戦没者の霊に対し、哀悼の誠を捧げるのは日本国民だけでなく人であるならば、だれでもが持つ素朴な心情であろう。
靖国神社への参拝は、純粋に祖国の危急に殉じた戦没者の霊に哀悼の誠を捧げ、平和への努力を誓う行為であり、国家の安泰を祈念し感謝を表し不戦の誓いをする行為と見るのが自然だろう。
まして日本国のトップ総理大臣、閣僚ともなれば、その心情ははさらに強くなければならないはずであると思う。正々堂々、靖国神社へ公式参拝をしてこそ、戦後の呪縛から解き放たれると考える。