戦後70年以上も経っている現代において、政府要人の靖國神社参拝に対し特定亜細亜数カ国や共産党などから「A級戦犯が祀られているから反対!」など、この時期になると大声をあげて騒ぎ立ててくる。
また、自称クウォリティーペーパー朝日新聞社などもその論調に乗り、大々的に政府要人の靖國神社参拝を紙面で批判し問題化を大きくしている。なにかがおかしいのではないかと、数年前に書いたものを再編集して下記に記してみる。
はたして所謂「戦犯問題」なるものが、実際に存在し得るのであろうか。私は法学部出身でも法律の専門家でもない。しかしながら、様々な条約や国会決議を読んでみれば、現在問題となっていること自体が、正常な論旨ではないと判断する。
1951年(昭和26年)9月8日にアメリカ合衆国をはじめとする、連合国諸国と日本国との間で締結された平和条約にて日本の独立が実現すると、「戦犯」の早期釈放を求める国民大運動が沸き起こり、その後の国会での決定により、すべての「戦犯」が釈放され、彼らは国内法上「犯罪者」ではなくなった。
戦争当事国間の講和成立と同時に、占領中のすべての指令などが効力を失うというのが国際法上の原則である。しかるにこれに基づき日本が戦犯を直ちに釈放する可能性があり、それを防止する目的で連合国側はサンフランシスコ講和条約の第11条を設定した。
しかし赦免の条件も規定している。裁判参加11ヶ国の過半数が同意すれば日本政府は受刑者の赦免・減刑ができると規定している。そして、昭和33年(1958)東京裁判参加11ヶ国から日本政府に対し、戦犯者の刑の残りを免除する旨の通知があった。
また日本の国会においては
「戦犯在所者の釈放等に関する決議」:1952(昭和27年)年6月9日(月曜日) 第13回国会参議院本会議 第49号
「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」:1952(昭和27)年12月9日(火曜日)第15回国会 衆議院本会議 第11号
「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」:1953(昭和28)年8月3日(月曜日) 第16回国会 衆議院本会議 第35号
「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」:1955(昭和30)年7月19日(火曜日) 第22回国会衆議院本会議 第43号
これらの国会議決にて、全ての戦争犯罪人とされた人たちは「公務死」と扱われることとなった。これは日本政府及び「サンフランシスコ講和条約」に則った、正式な手続きである。
終身禁固刑を宣告された賀屋興宣は第三次池田内閣の法相になり、禁固七年を宣告された重光葵は、出所後は改進党総裁、鳩山内閣では副総理・外相となり、日本が国連への加盟を承認された第11回国連総会には日本代表として出席している。
サンフランシスコ講和条約第11条の諸判決を受けた人たちは、国際舞台へも復帰しているだけでなく、日本を裁いた連合国から判決を受けた人たちへの法的解釈や、その後の活躍に一切異議は出されなかった。
極東軍事裁判の関係諸国も、当時の日本政府と同じ解釈を第11条について持っていたと云えよう。また敗戦直後の日本の政治家の大多数は、支那や朝鮮に卑屈ではなかったが、講和条約締結から時間がたつにつれ、卑屈度が増してきている。
このことは外務省における講和条約第11条について、解釈がいつの間にか「裁判」と「判決」を混同してしまい、それを政治家にレクチャーし続けている事に原因があるという。
日本が「サンフランシスコ講和条約」にて独立を回復したころは、日本政府や国会は正しくこの条文を理解していた。したがって「A級戦犯」といわれた人々も、正当な国際的、国内的手続きを経て釈放されたのである。
さらにこの問題の発端となったのは、昭和60年8月15日の中曽根首相の8月15日としては、戦後初めての靖國神社公式参拝を実施した事であった。
公式参拝実施に当たっては、内閣官房長官の私的諮問機関である「閣僚の靖國神社参拝問題に関する懇談会」からの報告書に基づき、従来までの「憲法上疑義がある」との政府見解を改め、「公式参拝は合憲」との内閣法制局の新たな解釈により実現した。
しかしながら、日本国の国内問題である靖國神社公式参拝に対し、朝日新聞社の批判的記事が発表されて中国外務省から「中国人民の感情を傷つける」とか「靖國神社にA級戦犯が合祀されている」などの、理不尽な内政干渉的な抗議が始まった。
それに対する我が国政府首脳(金丸幹事長・二階堂副総裁・後藤田内閣官房長官など)のあまりにも基本的な問題に対する認識不足な発言が続き、(支那側が問題にしているのは、A級戦犯が祀られているからだ、とか戦犯が一般戦没者と一緒に祀られているとは知らなかった、とかA級戦犯合祀が公式参拝の障害になる。と言ったような発言。)従来の憲法問題として捉えられてきた公式参拝が、中国からの内政干渉と政府首脳の勉強不足から問題の焦点が変えられてしまい、靖國神社がA級戦犯を祀ったのが悪かったような印象を与えるようになってしまったのである。
このような経緯を顧みず、おおよそ日本人の死生観とはかけ離れた一部特定の反日国家である支那・朝鮮に迎合し、先人たちを貶めることに奔走する左翼および朝日新聞社は、歴史の真実に目を向けるべきであり、何度過ちを繰り返せば気が済むのだろう。
いまの私たちが平穏に暮らせるのも、先人たちの尊い犠牲があってのことであり、先人たちの魂の安らかならんことを祈ることは、国民として政治家として当然のことではないだろうか。A級戦犯は永久戦犯ではない。