あの日の記憶 | 123nomikataのブログ

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西暦2004年2月から証券投資を開始。幾多の相場の荒波を乗り越えて得られた株式投資の極意を皆様にお届け。

東証株価指数は+5.55上昇して1888.85でした。

 

東証REIT指数は-2.41下落して1963.84でした。

 

金の小売価格は-84円暴落して金1g=8391円でした。

 

GMO証券口座の評価額は前日比ほぼ変わらずで引けました。

 

野村證券B口座は貸株のせいで一部の銘柄が非表示です。

なので評価損益額は参考程度です。

 

SBI証券口座の評価額は前日比+7万円ほど増加しました。

 

前置きここまで。

今日の株ログの内容は「昔話」です。

今から11年と3か月前、2011年3月11日(金曜日)の

午後2時46分ごろ。東北沖で超巨大地震の発生した直後に

一二三が何を考えて何をしたか思い出しながら記述します。

 

一二三が地震の発生を知ったのはインターネットからの

情報でした。それまでは雑用をしていて、ひと段落付いたから

パソコンを起動してみたら、ヤフーのトップページに

「栗原市 震度7」という謎のメッセージが出ていたのです。

それからテレビをつけて地震の発生を知ったのでした。

ちなみに一二三は当時も香川県で暮らしていましたので

揺れとかはまったく感じなかったです。

 

地震発生を知ったのは午後2時55分ごろでした。

そのとき一瞬だけ、手持ちの電力株を売却しようか、とか

あるいは東北電力を空売りしようかとか、考えましたが

残り時間的に間に合うかギリギリだったのと、

株式投資なんぞより自分の命が危険になっている

という恐怖感が勝って、トレードをやっている場合ではない、

と思い、ただただテレビの画面にくぎ付けになっていました。

 

そしてその日の夜。

とりあえず瀬戸内海には津波は来ないと確信し、

停電や断水の影響も全くないと安心出来たのが

午後9時とかその辺り。

そこで少し気持ちが落ち着いてきて今度は投資先の

電力株をどうすればよいかと考え始めました。

 

当時は手持ちの株のほとんどが電力株で、

もちろん東京電力の株式も2千株ほど保有していました。

メインの株は地元の四国電力だったのですが、

これは東電の株は紙切れになるだろうと覚悟を決め、

買値と株数を確認するためにSBI証券にログインした時、

あることに気が付きました。

 

PTS(個人向け夜間取引)が作動している!

 

しかもその日のストップ安水準にそこそこの買い板が出てる!

(アルゴリズム取引が停止されておらず、通常運転だったぽい)

 

その上GMO証券でもPTSが作動している!

(東電株は、SBI証券で1000株、GMO証券で1000株保有)

 

というわけで2400円くらいで購入していた東京電力株

計2000株を2100円くらいですべて売却完了。

東電だけで450万円くらい損をするはずだったのが

60万円程度の損切りで済みました。

ちなみにその日を境にGMO証券のPTSが作動することは

2度となく、今では完全に廃止されています。

捨てる神あれば拾う神あり、と実感したのでした。

 

これにて昔話終了。

 

本日の日本経済新聞に懐かしい文字が並んでいたので

ちょっと思い出した過去の出来事をつらつら書いていたら

やっぱり長文になってしまいました。

 

 

まだやっていたのか、という印象です。

しかも地裁って。

最高裁の判決が出る頃にはみんな寿命が来ているのでは。

 

本日の株ログはここまでとします。

 

END