堪航性担保義務1 - 概要 | 海事法まとめノート

海事法まとめノート

英国海事法を勉強している日本の弁護士です。海事法の知識をまとめています(記事の内容は特段の断りがない限り、英国法の解釈を示したものとご理解ください)。質問は歓迎ですが、回答にはお時間をいただきます。現在都合により更新しておりませんが、6月頃から再開予定です。

1 堪航性担保義務とは?

 

運送契約において、船主は原則として堪航性担保義務を負います。すなわち、船主は、船舶が航海においてさらされるであろう海上の危険その他のリスクに耐えられる船舶を提供する必要があります。

堪航性担保義務は、黙示に認められる義務(implied obligation)です。契約書上明確に規定されていなくとも、船主はこの義務を負うと解されます。コモンローにおいては、この義務は絶対的な義務であり、堪航性を欠いた場合には、仮に船主に過失がなかったとしても責任を負うこととなります。

 

実際には、何らかの文言で契約書に記載されていることがほとんどかと思います。例えば、NYPE 4621行目以降では、”Vessel on her delivery to be ready to receive cargo with clean-swept holds and tight , staunch, strong and in every way fitted for the service, having water ballast, winches and donkey boiler with sufficient steam power, or if not equipped with donkey boiler, then other power sufficient to run all the winches at one and the same time (and with full complement of officers, seamen, engineers and firemen for a vessel of her tonnage),…”と規定しています。ここでいう”in every way fitted for the service”との表現は、”an express warranty of seaworthiness”であるとされています。

 

このNYPEにおける文言も船主に絶対的な義務を負わせるものと読むことができると考えられます。一方で、他の規定において、傭船契約に堪航性についてdue diligenceを尽くす義務と規定している場合や同じく当該義務をdue diligenceを尽くす義務に軽減しているUS COGSAを摂取している場合があり、その場合は、それらの規定と併せて解釈し、絶対的な義務ではないと解釈される場合がありますので、注意が必要です(Fjord Wind [2000]2 lloyd’s Rep 191)。

 

船主は、どのような事故にも耐え得る完全な船舶を提供しなければならないと解されるべきではありません。あくまで、意図された船舶の使用方法に合理的に合致する船を提供する義務があると解するべきでしょう。では堪航性担保義務違反の有無は具体的にどのように判断されるでしょうか。

 

Lord Justice Scrutton は、F.C. Bradley & Sons v. Federal Steam Navigation Co., [1926]24 Lloyd’s Rep. 446おいて、Carverstatementを認めました。それは以下のような判断基準です。

 

“The ship must have that degree of fitness which an ordinary owner would require his vessel to have at the commencement of her voyage having regard to all the probable circumstances of it. Would a prudent owner have required that it should be made good before sending his ship to sea, had he known of it?”

 

したがって、具体的に要求される堪航性の程度は、航海の性質、貨物の種類及び当該船舶が遭遇するであろう危険によって変わってくるということになります。

 

2 契約によって当該義務を免れることが可能か

 

堪航性担保義務は、原則として当事者間の合意によって排除することが可能です。ただし、免責の規定は裁判所によって厳格に解釈されます。

Nelson Line v Nelsonにおいては、保険によってカバーされる貨物の損傷については免責とする旨を規定していた契約条項について、不堪航によって生じた損害には適用されない旨が判示されました。堪航性担保義務の適用を排除するためには、その旨を明確に規定する必要があるでしょう。

 

 

3 ハーグ・ルール及びハーグ・ヴィスビー・ルールが適用される場合

 

仮にハーグ・ルールやハーグ・ヴィスビー・ルールが適用される場合、コモンロー上、絶対的な義務であった当該義務は、堪航性についてdue diligenceを尽くす義務に軽減されます。これにより、船主の過失が認められない場合には、船主は責任を負わないこととなります。

 

一方で、船主には過失がないものの、堪航性に係る責任を委ねられた者に過失がある場合には、船主は、当該過失について責任を負うこととなります。例えば、船舶の修理を下請業者に依頼し、その業者の修理に過失が認められる場合などです。また、船主は、契約条項によって当該責任を免れたり、軽減したりすることはできなくなります(ハーグ・ルール及びハーグ・ヴィスビー・ルール第3条第8項)。

 

定期傭船契約のフォームの一つであるNYPEにおいては、至上条項(paramount clause)により、US Carriage of Goods by Sea Act 1936を組み込んでいます。

 

定期傭船契約には原則的にハーグ・ルールやハーグ・ヴィスビー・ルールはないものの、この至上条項によって、US COGSAにおける堪航性担保義務(due diligenceを尽くす義務に軽減されている。)が適用されることとなります。ただし、当該傭船契約の他の条項に絶対的な堪航性担保義務が規定されている場合、その契約をどのように解釈するかが問題になることは上述のとおりです((Fjord Wind [2000]2 lloyd’s Rep 191)参照)。