空と 海と 君と 11 | Blue in Blue fu-minのブログ〈☆嵐&大宮小説☆〉

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嵐、特に大野さんに溺れています。
「空へ、望む未来へ」は5人に演じて欲しいなと思って作った絆がテーマのストーリーです。
他に、BL、妄想、ファンタジー、色々あります(大宮メイン♡)
よろしかったらお寄りください☆

 

 
 
 
それから2ヶ月後の9月、いよいよ試験勉強の追い込みの最中、智がまたふらりと部屋を訪ねて来た。
 
「はい、これ」
 

ソファに座り、横に置いたトートバッグから無造作に取り出した四角いモノ。

 
「翔にやる」
「…え?」
 
コーヒーのカップを置き、立ったまま受け取る。
その硬い手触りと厚みで、多分、絵ではないかと思う。
 
「俺に?」
「うん、こないだ完成した」

 

青いマグを手に、ズズとコーヒーを啜りながら、智が頷く。

 
「見て…、いいの?」
「だから、翔のだって」
 
ふふ…、と嬉しそうな笑顔を見下ろしつつ、よくわからないまま8号ほどの大きさのキャンバスを、そっと布袋から取り出す。

 

「…………」

 

瞬間、翔は言葉を失くしてしまった。

 
これは…

 

何にも縛られることなく、心のままに描かれた絵。

 

目標と出来る最高の師を得て、たくさんの優れた感性の中に身を置き、内から外からの沢山の刺激を柔軟な心で受け止めて…。
 

これほどまでに、智は成長していたのか。

 

知らずに手が震えていた。

 

 
「智、凄いよ…」
 
「シリーズで描いた、最初の一枚」
「シリーズ? 季節? 四季を描いたのか?」
「よくわかったね。それ、夏」
 
 
目を丸くして見上げている。
 
分からないはずがない。
描かれていたのは、忘れることの出来ない青い空、あの日、二人で見上げた最後の夏空と二羽のカモメ。
 
 
あの海鳥は、やはり智そのものだったのだ。
しなやかな翼を広げ、上へ上へと昇っていく。
 
その翼を追いかけて、必死に羽ばたいて、でも追いつけなくて。
それでも追わずにいられない、もう一つの翼。
 
…でも同じ空にいる。
 
 
「ありがとう。最高のプレゼントだ」
 
 
そっと目を閉じる。
 
 
堪えきれない雫が一筋、翔の頬を滑り落ちた。
 
「…え? なに? 泣いてるの? そんな嬉しかった?」
 
戸惑ったような智の声。
 
「人生最良の日だよ…」
 
「ふふ、大げさだよ」
 
 
いや、ほんとだよ。
 
 
 
 
 
 
『夏空』 『晩秋』 『冬風』 『春雨』

 

翔は『四季』と名付けられたこの4枚の絵を、コンクールに出品すべきだと思った。
 
自然の風景を切り取った4作品はどれも素晴らしく、観る者の心を奪う。
今ほど、あの高校で絵の鑑賞力を身につけておいて良かったと思ったことはない。                             誰に問われたとしても、この作品の素晴らしさを自信を持って解説出来るだろう。
早く、早くそんな晴れやかな場所にこの絵たちを連れて行きたいと、心から望んだのだ
 
「好きにしていいよ」
 
智は、あっさりと承諾した。
新しいキャンバスに向かって、翔に横顔を見せたまま。
 
 
もう、次へと進んでいるらしい。
 
昔から変わらない整ったプロフィール、でも、何処かが違う。
背中が変わったように、腕が少しだけたくましくなったように、
その横顔も強く、男らしくなっていた。
 
 
智は、上を、上を行く…

 

 

 

6年振りに応募したコンクールは、高2の時の東京都主催の絵画展とは比べ物にならないほどの、全国規模の権威あるものだった。

 
そして明けて2月、澤木の誕生日の前日、特選に選ばれたとの報告があった。

 

歴代受賞者の中で最年少で、その上芸大中退という経歴の持ち主が受賞したということで、智は一躍業界から注目を浴びた。その上、端麗なその容姿も話題となり、あっという間にマスコミに追いまわされることになってしまった。

 

煩わしいことが嫌いな智は、顔写真やプロフィールを公開したがらず、取材などもってのほかで授賞式さえも代理の者を出席させた。

 

それでもしつこい輩はいるもので、どこでどう入手したのか智の実家の周辺をうろつく怪しい者が出始め、智は家に帰れなくなってしまった。

 

翔は、智がそういう一過性のアイドル扱いされる事は賢明ではないと判断し、しばらく伊豆のコテージに移ることを薦めた。

そして、父親に頼み、形式的ではあるが櫻井文具の専属デザイナーとして智と雇用形態を結び、敏腕ベテラン女性社員をその管理者とした。

 

 

世話好きなバツイチ女性社員は頻繁に伊豆と東京を往復し、姉となり母親となり得体のしれない人物の接触から智を完璧に守った。

 

ある時伊豆の智を訪ね、窮屈な思いをさせて申し訳ないと謝れば、

 
「毎日、海見れて楽しいし」
 
と、普通に笑った。
 
「……そうか、よかった」

「翔の言うコトに、間違いないからね」

 

「…もちろんさ」

 

さり気ないその一言が、なぜか不意に翔の胸を刺した。

この痛みは何なのか、理由を突き止めることが怖くて、翔にしては珍しく疑問を放置した。全ては智のためなのだと、そこから目を背けたのだ。

 
 
 
 
 

4月、翔は前年までにチャレンジした資格試験に全て合格して大学も無事卒業し、3日後の『株式会社 櫻井文具』の入社式前のわずかな休暇を、伊豆のコテージで久々、寛いだ気分で過ごしていた。

 
「春の海もいいな」
 
いつものテラスから穏やかな海を眺めながら呟けば、
 
「うん、春っぽい。波音も、なんか柔らかい気がする」

 

テーブルの向こうにはもちろん、智がいた。                             ざわついていた周辺もようやく落ち着きを取り戻し、女性社員の管理の手も緩められ、   「いつでも東京に戻って大丈夫ですから」と言われていたのだが、結局伊豆を離れずにいたのだ。

 

すっかり智のアトリエと化したコテージに翔以外の者が訪れることはない。まるで聖地であるかのようなこの場所を翔は大切にしていた。当然、時折父親から言い渡される返還要求にも応じる気は全く無かった。 

 

穏やかな顔で暮れゆく海を見つめている翔に、

 

「おれ、しばらく南に行くよ」

 

前を向いたまま、智がぽつりと呟いた。

 

「南?」

「うん、バリ島に龍ちゃんの別荘兼アトリエがあるんだ。やっぱ海のすぐそばなんだけど、ここみたいに穏やかなだけじゃないんだって」

「うん…」

「荒々しい海とか真っ白い砂。生命力に溢れた濃い緑や原色の花とか、まだ絶対見たことない色があると思う。それをこの目に見せてやりたいなって思って」

 

 

前を向いたその目は、すでにここではない南の島に向けられているようだ

 

「どれくらい?」

「…分かんない。1ヶ月かもしんないし、1年かもしんない。龍ちゃんは、どんだけいても構わないって言ってくれてるけど」

「…そうか」

 

翔は微笑んで俯いた。さり気なく探った左のポケットには、二日前に受け取った澤木龍公からの長い手紙が入っていた。何度も読み返したので文面はほとんど覚えている。

 
「あ、夕日と海がつながった!」
 
 
「ほんとだ…」
 
海に目を置く振りをして、オレンジに染まる横顔を見つめる。
 
 
(いいよ、智。君は自由だ。誰に言われなくても、澤木先生に言われなくても、俺が一番智のことを分かっている)
 
 
手の平が、知らずに封筒を握りしめていた。
 
 
 

 

『 櫻井翔 様

 いつぞやは楽しかった。また、お付き合い願えたらと思う。といっても、君は、心底楽しんでいたようには見えなかったが…。

無理もない。僕という人間を目の前にして、自然に振る舞えというのが無理な事だ。特に、君のように、芸術に関する仕事に携わっている人間にそれを強いるのは酷というものだ。

長年の経験で、それは充分に理解している。例え、本人が望まなくともだ。それが当の本人にどんな孤独を与えているかも知れぬのに。

 

 だが、智君は違った。出逢った瞬間からあの柔らかい笑顔で僕を包み込んでくれた。僕が誰かを知っても、なんの衒いも屈託もなく素直に向き合ってくれた。孤独な男を救ってくれたのだ。

 

初めて彼を知ったのは、大学の近くの公園だった。その頃、僕は自分に限界を感じていた。芸術家を目指す若者たちの前で教鞭を振るいながら、果たして僕にそんな資格があるのだろうかと。こんな迷いだらけの老人の戯言は、若い才能に悪影響を及ぼすだけではないのかと。

何もかもに行き詰り、廃人のようにベンチに座る僕を、智君が少し離れた場所から、無人の遊具に座って見ていたんだ。視線に気づき、ちらりと横目で見上げた時に、どうやら彼は僕を描いているらしいというのが分かった。いつも描く側で描かれる経験など全く無かったから、妙に緊張したよ。それまで足元に付きまとっていた鳩たちも僕の緊張が伝わったのか、いつの間にか逃げていった。

 

智君は、夏の灼けるような強い日差しの中で、ずっと鉛筆を走らせていた。僕は木陰にいたから平気だったが、日向にいる彼は、このままだと熱中症にでもなってしまうのではないかと心配になった。40分ほど経った頃、そろそろやめさせようと決めた時、智君はスケッチブックを置いてその場を離れた。僕の緊張も限界だった。ふうっと大きく息を吐いて、肩の凝りをほぐした。そして、好奇心を押さえ切れなくて、ベンチを立って遊具に置かれたスケッチブックを手に取った。

 

衝撃だった。そこに描かれていたのは、枯木のような一人の老人だった。歳を重ね、生気を失くし、あとは、くずれおちるだけのただの老木。若い目には、やはり僕はこんな風に映っているのかと、情けなくなったよ。と同時に、猛烈に腹が立ったんだ。なにくそ、僕はまだまだ、お前らなんかには負けないぞって。

瞬間、昔を思い出した。

がむしゃらに描いていた日々。誰の機嫌を伺うでもなく、何のためでもなく、ただ、自分のためだけに描いていた。僕の体内を何かが駆け巡った。枯木の中に少しだけ残っていたらしい生木の部分が頭をもたげた。

 

戻ってきた智君は僕が誰であるかに気づき、大いに慌てていた。謝りながらスケッチブックを取り返そうとする手を押さえ、お詫びにコーラでも買ってきてくれと、人質のようにスケッチブックを抱えて木陰のベンチに戻った。そして、色んな話をした。聞けば、学校を辞めたいと言う。描く事に迷いを抱いていると。

 

 

簡単な線画でこんなにも人の心を打つことができるのに、何てもったいない事だと単純に思ったよ。これは僕が一肌脱ぐしかないと。

思い切って彼をインドに誘った。なぜインドだったのかは今もわからない。単純に僕も現実逃避をしたかったのかもしれないし、もしかしたら昼食に食べたカレーが頭にあったのかもしれないな。

 

後の事は、多分君も知っていると思う。いつか酔った彼が僕に礼を言った。(おれを救ってくれたのは龍ちゃんだ)と。本当は逆なんだとは、僕は言わなかった。彼が図に乗るといけないからね。

 

そこで、礼というわけではないが、今度、彼を僕のアトリエに連れていく事にした。彼の絵は優しく、慈愛に満ちている。どんなに哀れな老木を描いても、そこには愛が満ちている。それは、彼がそんな温かい愛ある環境の中で成長してきたからこそだと思うが(それは君にも大いに心当たりがあるね?)、今一つ、力強さ、胸に訴えかけるような何かに欠けていると思う。それが加味されれば、彼は、もっと大きくなる。

誰も知る者のない、異国の地でたった一人で過ごす。彼の事だからすぐに溶け込んで、まるでその地の住人であるかのように暮らし始めることだろう。だが、まだまだ未開発な地での生活で、生きるという事はいかに大儀であるかを彼は身を持って知ることになる。キツイ日もある。泣きたくなる日もある。だが、そんな難儀な日々も、溢れるほどの自然の前ではほんの細事であると思い知らされるはずだ。その経験は必ずや彼の絵を進化させると確信している。

 

翔君、彼の共通の友人として協力を願いたい。彼の成長を一緒にゆっくりと見守ってくれないか。彼はそれに値する才能を持っている。僕が言うから間違いない。ただの老木ではない、背負っている肩書きの重みを十分に理解している大御所としての意見だ。でも、彼はこんなおっさんの言うことよりも、君の言葉を信じるだろう。誰よりも、自分を理解してくれているのは翔君だと彼は分かっている。どうか、君の言葉で彼を奮い立たせて欲しい(勿論、そんな素振りなど彼は見せないだろうとは思うが…)。

 

準備が整えばすぐにでも現地に向かうつもりだ。彼の成長を僕の老後の楽しみとしたいんだ。よろしく頼むよ。

 

追伸として、立花文具オリジナルの絵筆は絶品だ。今後、長く使わせてもらう事にした。

折りを見て我が工房まで画材一式を届けてもらえないだろうか。その時こそ、ゆっくりと飲み明かそうではないか。大事な友人を肴にでもして。では、その日を楽しみに。                         

           澤木龍公  』

 

 
 

 

「…いいさ、智がそうしたいんなら、智の自由でいいと思う。ただ…」

 

暫くの沈黙の後、翔はさっと顔を上げ、体を前に乗り出した。

 

 

「約束だ。必ず、成果を見せてくれ」

「…成果?」

 

智が戸惑った表情を見せる。

 

「そうだ。俺は、3日後、櫻井文具に正式に入社する。新入社員として一から現場で学ぶ。そして、必ず進化するであろう、智の才能を本格的に世に送り出す準備を整える」

「翔・・・」

 

尚も視線を強くする。

 

「だから、智は、俺の目に叶うものを生み出さなければならない」

 

気迫に満ちた顔で迫る翔に、智は逆に身を引いた。

 

「どうしたの? 翔、何か、いつもと違う」

 

今まで智には見せた事のない、ビジネス仕様の鋭い目で翔は続ける。

 

「これまで櫻井文具は、智にかなりの投資をしている。勿論、これからもそのつもりだ。有望なビジネスに対する投資だから、負担に感じる事はない。でも、智にも解るだろ? 投資に対する利益は、必ずその値以上のものを回収しなければならないんだ」

「カイシュウ?」

「そうだ。智は、櫻井文具に利益をもたらさねばならない義務がある。もちろん、澤木先生にも、優れた作品を描き、ご恩返しという名の利益を回収してもらわねばならない。分かるな?」

「う…ん、まぁ、大体…」

 

翔は、体を起こした。椅子に深く座り直し腕を組む。智は、眉間にシワを寄せ、しばらく考えていたが、ふと、眉目が開いた。ふわりといつもの笑顔になる。

 

「ようするに、いい絵を描けって事でしょ? もぉ、難しく言わないでよ。そんなこと当然じゃん」

 

翔は当分見ることが出来ないであろう、その笑顔と声を胸に刻みつける。

 

「それで、みんなが満足するんなら、単純な事じゃん。おれは、描く事が好きだし、描くことしか出来ない。ただ、描いてればいいって事なら逆に嬉しい。それで、翔も龍ちゃんも喜んでくれるんだろ?」

 

 

と、下から見上げてくる。翔は腕を解き、椅子の肘掛をギュッと掴んで、溢れそうな思いを何とか堪える。

 

「…ああ、そうさ。単純な事さ」

 

吸い込まれそうな茶色い瞳から目を剥がし、今まさに沈もうとしている夕日に向ける。

 

(そう、何より智が楽しければそれだけでいい)

 

翔は、水平線に消えようとするあの巨大な太陽が、この二人だけの聖地で見る最後の夕日になるだろうという予感がした。

希望に満ち、明るい智の表情とは対照的な自分の胸中を、智が気付いてしまわぬようにと、頬杖をついて我が目を隠すことしか出来なかった。

 

 
 
 
 
 
 
 
続く。
 
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