゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
5年前、桜吹雪の中、かずと出逢った。
泣いているかずを抱き寄せた時の、温もりと甘い香り。
今を盛りと咲き誇る桜の芳香と相まって、おれの心を一瞬で捉えた。
かずは無防備な可愛い笑顔で、闇の中に沈み込んでいたおれに、光を与えてくれた。
日に日に朧げになる視界の中で、おれはかずを求めていた。
『やめろ』
理性は叫んだ。
『あんなに若くて可愛くて、その先に広がっている限りない可能性を持つかずに触れてはならない』
と。
『夢を失くし、そして、全てを失くそうとしているおれなんかのものにしてはならない』
と。
なのに、引き留める理性を振り切って、まるでその香りこそが、かずこそが、おれのたった一つの道標であるかのように。
おれは、光に手を伸ばした。
そして、優しく差し出された、ふわふわの丸い手を掴んだんだ。
手を繋いだまま、寝室のドアを開けて、カーテン越しの柔らかい光の中、かずをベッドにそっと横たえる。
「もう… 春も終わるね」
どこからか舞い込んできた花びらを目で追いながら、かずが呟く。
花びらは、かずの開けた白い胸に吸い寄せられるように落ちた。
「大人に、なるね」
春が終われば、すぐに誕生日が来て、
かずは20歳になり、名実ともに大人になる。
シャツの隙間に両手を滑り込ませ、落ちた花びらごと抱き締めて、だけどまだどこか少年の名残りがある真っ直ぐな背中と尖った肩甲骨を、手のひらで味わう。
「もう、とっくにオトナだし」
これも変わらない膨れっつらと、細い顎の小さなホクロ。
つるりと舌先で味わって優しく食む。
「うん、オトナの味がする」
「ぅふ、どんなの?」
「すごく美味い…
…他も、食べていい?」
「いいよ…
…全部、食べてよ…」
上気した頬で、伸ばした両手をおれの首の後ろでクロスして、かずはゆっくりと目を閉じた。
いただきます。
なにそれ…
かずと出逢う前、全てを失くすかもしれないと思っていたあの頃、毎夜、酷い夢を見ていた。
おれは、一人、真っ暗な星も見えない宇宙を漂っていた。
大好きだったはずのその場所は、孤独と絶望しか与えてくれず、助けを呼ぼうにも干からびた喉からはヒューと空気の漏れるような音しか出せなくて。
そして、突然目の前に口を開けたブラックホールに呆気なく呑み込まれてしまうのだ。
もがく間もなく、圧倒的なその力に四肢を絡め取られて。
後に残るのは、空洞と化した真っ暗な宇宙(そら)だけ。
…そして、ようやく意識が浮上する。
覚醒する脳、じっとりと汗ばむ背中、カラカラな喉、激しく脈打つ心臓。
目を開くことが出来ずに、開けたとしてもそこは夢の続きのような真っ暗な闇でしかないのではと、とても怖くて。
何もかも諦めて、達観していたつもりでも、意識を手放した無防備な眠りの中では、皮を剝がされた剥き出しの心が夜ごと泣き叫んでいたんだ。
そんな春。
全てのものが目覚める輝かしい季節、寝不足のぼんやりとした頭と目には眩しすぎる満開の桜の並木。
不意に、昔から変わらないその風景を、この目に焼き付けておきたくなって、祖父から譲り受けた古いカメラを手に、降りしきる花びらの中に足を踏み出した。
桜色の風の中、ふわり、浮かんで見えたのは桜の精…?
…いや、そこにいたのは泣いているただの少年だった。
やがて、おれの掛け替えのない大切な人となる、15歳のかずだった。
桜降る春の真ん中で。
祖父の愛するこの「宇宙堂」が、幼い頃から堪らなく好きで、特に桜の時期にはずっと入り浸っていた。
『智は、ここが好きか?』
『うん、大好き』
『そうか。じゃぁ、祖父ちゃんがよぼよぼになった時には、智にこの店をやろう』
『ほんと?』
『ああ、お父さんはここには興味が無いみたいだからな』
『やった! 僕、ここにプラネタリウムを作るんだ。いつでも星が見れるように!』
『智は宇宙が好きだもんな』
『うん、僕、宇宙飛行士になるのが夢だもん』
『じゃぁ、祖父ちゃんも智の宇宙船に乗せてもらおうかな』
『いいよ。このお店、もらえるんだから、そのお礼に乗せてあげる』
『夢、叶うといいな。楽しみに待ってるからな』
増築したばかりのテラスの椅子に座って、二人で植えた桜の幼木に水を掛けているおれに語り掛けていた祖父の声。
温かくて懐かしい思い出。
優しい祖父は、大人になって夢を失くしたおれをここに置いてくれた。
まだまだよぼよぼじゃなかったけれど、行き場のないおれのために居場所を与えてくれた。
祖父ちゃん、おれ、夢は叶わなかったけれど、幸せだよ。
今度、かずを連れていくよ。
おれの宝物だよって。
あ、もちろん『宇宙堂』も大事にするし、ちゃんとメンテもするけど、
ごめん、『宇宙堂』よりも何よりも、ずっとずっと大事なんだ…って。
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
すっかり日暮れてしまって、西日の差すキッチンでカラカラの喉を潤す。
いい大人が昼間から…。
などと、ペットボトルを手に、少しだけ反省。
あれ…?
「かず、お客さんでも来るの? コーヒーカップが出てるけど」
浴室から出てきたかずに声を掛ける。
「え? ああーーっつ
」
「どうした?」
「工務店の人、忘れてた」
慌ててドアを飛び出して、テラスでキョロキョロしている。
「工務店…?」
後を追って外に出る。
ああ、そういえば、屋根を見にくるって言ってたっけ。
「…これ、置いてあった」
シュンとしたかずが、A4サイズの紙をおれに差し出す。
「見積書だ。いつの間に…」
って、まぁ、おれたちもそれどころじゃなかったけれども。
「悪いコトしちゃった。怒ってるかな、おばさん」
「おばさん?」
首を傾げつつ、見積もりに目を通せば、
一番下の余白に、手書きの文字。
『ほんとの工務店の方が見えましたので対応しておきました。
どうぞ、末永くお幸せに♡』
……なんだ、これ?
瞬間、強い風が吹き抜けて、桜の花びらが一斉に舞う。
「うわー、すごい!」
弾む声。
「さとし、見て、キレイ!」
降りしきる花びらを背景に、振り向く可愛い顔。
この胸とこの目に鮮やかに映って、それは痛いほどに心に沁みて。
一緒に居られる奇跡に、また泣きそうになる。
「…さとし?」
「…ああ、ほんとにキレイだ」
ったく、いい大人が…。
桜、終わりだね
また、来年見られるよ
一緒にね
ああ、ずっとずっと二人で
この古ぼけた『宇宙堂』で。
おしまい。
最後の素敵な絵、大好きな『悠さん』にお借りしました♡
後半の部分とか、この絵を載せたいがために書いたようなもんです。
(悠さ~ん!ありがとー。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。!!)
皆さんすでにご存知だと思いますが、ウットリするような素敵な大宮さんがたくさんいらっしゃいます。
どうかマナーを守って訪問なさってくださいね。
大切な大切な宝物を快く貸してくださった悠さん、ほんとうにありがとうございました。
感謝 (。-人-。)。