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昨日までわずかに残っていた桜の花びらは、夜半の風で全て飛ばされて、木はすっかり新緑色になっていた。
テーブル一つ分のスペースしかない小さなテラスでコーヒーを片手に見上げれば、瑞々しい濡れた様な若葉は昨夜のかずを思い出させた。
艶めいたキャラメル色の目は、おれだけを映していた。
その目を見つめながら震える唇にキスをしたら、
ユラユラと瞳が揺れて、絶え間なく押し寄せる過ぎる快感にココロが追いつかずに、薄い瞼はキツク閉ざされた。
透き通った涙が頬を滑り落ちて…
切なく 喘 ぐ かずに、苦しいほどの愛しさが湧き上がり、華奢なカラダを強く強く抱きしめた。
そして、おれの腕の中、大きく息を吐いたかずが目を開けたとき、オトナの貌(かお)になっていた。
揺れていた瞳は蕩けて、濡れた眼差しでおれを誘って、これ以上は…、とギリギリの理性で躊躇うおれを許さなかった。
…それから 二人で 昇りつめた。
頭を過った小さな罪悪感。
でも、そんなちっぽけな感情、一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの 快 感 と 高 揚 感。
久しく忘れていた血の滾(たぎ)り。
かずは全部が初めてで イ く という言葉さえも知らなかった。
…おれが、教えた…
こうして記憶をたどるだけで胸が震える。いいトシをして感じた、この身に持て余すほどのトキメキ。
それはずっと昔、夜空を見上げてその先の果てに夢を馳せた時と同じ…、いやそれ以上かもしれない。
そのまま鼓動を重ねて抱き合って、ようやく息が落ち着いたころに、かずが何も食べていないコトを思い出した。
それから急いで服を整えて簡単な食事をさせ、トロトロ眠りに堕ちそうな体を抱えて、裏のガレージに停めた軽ワゴンの助手席に座らせた。
母親は夜勤で夜は一人だという。
ほっとする反面、後ろめたさを感じつつ何とか聞きだした住所に向かった。
かずは、車をスタートさせてすぐ、5分も経たないうちに眠ってしまった。
すうすうと聞こえる寝息に目をやれば、少しだけ口を開けて、なんともあどけない寝顔でシートに沈み込んでいた。
ほんの少し前、とてつもない色を放っておれを煽っていたとは、まったくもって思えなかった。
そう、まだ、少年なんだ。分かっていたのに、どうにも止めることが出来なかった…
……………………
呆れる。いい加減にしろ、いつまでかずのことばかり、考えてるんだ。
コーヒーを飲み干して、何とか気を逸らす。
そういえば、昨夜久しぶりに走らせた車は、ガソリンがほとんど空だった。
帰ってきてからそれに気づいた。
後で給油に行こう。
また、昨夜のようなことがあるかもしれない…って、またかずのこと。
どんだけなんだよ。
車は元々は祖父のもので、ここに住み始めた時に、店と共におれに託されたものだ。
それから5年、ヒトを乗せたのは初めてだった。
正直、店のことはよくわからない。
祖父の言う通りに品物を買い付けに行き、祖父の付け値で店に置く。
時にはこんなガラクタに、本当にそれほどの価値があるのかと、疑ってしまうこともある。
でも欲している人にとってはそれが宝物であり、それを手に入れた時の喜びは、価値など全く分からないおれにさえも伝わってくる。
今朝も、祖父から連絡があったとのことで、1週間前に仕入れた古い花瓶が一人の老人に引き取られていった。
老人は、花瓶が納められた古ぼけた木箱を、手中の玉を愛でるが如くに痩せた両手で、大事に抱えて帰って行った。
その後姿を見送りながら、おれはまたかずのことを考えていた。
昨夜は熱情のままにあんなコトになってしまったが、それは許されないのではないか。
先の見えない自分が、可愛くて大事な宝物のようなかずを手中に収めてしまうなど、有るまじき行為なのではないか。
このままでは…
バンッ!
「よっ、さとし」
背中を叩かれて驚いて振り向けば、クッキリとしたキレイな顔がおれを見下ろしていた。
「痛いよ…」
「どうしたの?ぽーっとして」
ポケットに手を突っ込んで、あ、いつもかとニンマリ笑っている。
「…ジュン、学校は?」
「とっくに終わったよ」
「もう、そんな時間か…」
「俺にもコーヒーくれよ」
「自分で入れてこいよ」
「…ケチ」
毒づきながらもおれのカップも持って、身軽な動作で中に入っていった。
3時か… そろそろ和も帰るころなのかな。
ふふ、また、かずだ。
サラサラと若葉が揺れる。
風はもう晩春を飛び越えて、夏の香りを運んできそうだ。。
「はい、どーぞ」
「…お、サンキュ」
香り立つカップが目の前に置かれた。
ジュンの淹れるコーヒーは味も香りもいい。
「それと、これも食ってみて」
一緒に出されたのは、可愛らしい一口サイズのクッキーだった。
キッチンにあった何でもない白い皿に淡いブルーの紙ナプキンが敷かれ、丸い形の揃ったクッキーがキレイに盛ってある。
こういうところにもこだわる奴なんだ。
「甘さ控えめにしといた」
「ジュンが焼いたの?」
「そっ」
指でつまんでぽいっと口に放り込む。
仄かに香るシナモン。
「美味い。オトナの味」
「だろ?」
「ジュンは、器用だな。何でもこなす」
それに頭も良くて、こんな濃い顔をしてるけど、とても繊細で優しい。
「俺は、オールマイティな医者を目指してるんだ」
歌って踊れる的な?ってにかっと笑う。
「お前ならなれるよ」
「だろ?」
そう、この先、何にでもな。
カランコロン♪
表で店のドアが開く音がした。
かず…?
ドクンと心臓が跳ねた。
頬が一気に紅潮したのが自分でもわかった。
「…アイツ?」
ジュンが探るようにおれの顔を覗きこんだ。
「…さあ?」
さり気ない風にコーヒーを口に運ぶ。
ジュンの視線がイタイ。
「…さとし、もう、ヤったの?」
ぶっ!
「おっ、おま、おまえっ!」
タイミング悪く、かずが裏に回ってきた。
「さとしっ♡」
おれを見つけて嬉しそうに駆け寄る。
「よぉ」
「あ…」
ようやくジュンに気づいたようだ。
「おまえ、ガキのくせにヤること、はぇーな」
「え、なに?」
「さとしに抱かれたんだろ?」
瞬間、真っ赤になる顔。
耳が溶けてなくなりそうなほどに赤い。
「ジュン、止めろ…」
「俺にはずっと出来なかったコト、秒でやっちまったんだな…」
独り言のように呟いた…
「…帰るわ」
ジュンはスッと立ち上がるとひょいとテラスから降りて、すれ違いざまかずの真っ赤な耳に何かを囁い
た。
そして、首筋まで赤くなってるかずの頭を掴んでクイッと弾くと、ステップを踏むような軽い足取りで桜の木の向こうに見えなくなった。
かずは、その背中を見送ってからテラスにぴょんと飛び乗った。
ホワホワのあどけない少年の、なのに、おれを包み込んでくれる温かい笑顔と一緒に。
「ジュン、何て言った?」
となりに椅子をくっつけて座って、さっそくクッキーに手を伸ばしてる。
「うん、よくわかんないけどお前に預けるって」
何をだろ…って、首をかしげるかずの肩を優しく抱き寄せる。
「そっか、そんなこと言ったのか」
ジュンはずっとおれのそばにいてくれた。
あの時、幼いジュンの前でおれは涙を流した。
ずっと憧れの存在だったおれが、夢破れ、その生まで奪われてしまうかもしれない。
純粋で心底優しいジュンは、それを自分の痛みとして受け止めてしまったんだろう。
そして、おれを見捨てることが出来なかった。
おれに対する憧れと同情と優しさが、いつの間にか恋に変わっていたことには気付いていた。
でも、自分にとってジュンはいつでも可愛い弟であり、そのキモチには応えられないということも、充分すぎるほど分かっていた。
それでもそばにいて欲しくて、おれは見えない鎖でジュンを縛りつけてたんだ。
弱くて、なんて自分勝手な…
こんなズルイおれがかずを好きになるなんて、やっぱりだめだ。
「…さとし、どうしたの?」
感情が制御できない。
丸い指先がおれの涙を掬う。
かず、そんな可愛い無垢な指でこんなどうしようもないヤツに触れちゃいけない。
「こっち、向いて?」
優しく囁くかず。
そっと目を開ければ、唇が微笑んだままの形でおれのそれに触れた。
「さとし、好き」
零れる甘い声。
堪えきれずに抱き寄せてしまった華奢なカラダ。
あの日、夢を捨てたはずのおれの前に、また、夢が現れた。
必死に手を伸ばして、ようやく届きそうだったのに、指をすり抜け再び遠ざかった宇宙(そら)。
……目の前の宇宙(そら)色の瞳。
失くしたくない。
もしも、許されるのなら、この宇宙を抱きしめて、この胸に閉じ込めて、ずっとこのままで…。
さとし…
優しくおれの名を呼ぶ唇に、熱いキスを落とす。
:…あぁ さ、とし…
可愛い声が耳をくすぐる。
かずを、この小さな宇宙(そら)をおれだけのものにしたい
それは、やはり許されないのか…?
続く。