空へ、望む未来へ ⑤ | Blue in Blue fu-minのブログ〈☆嵐&大宮小説☆〉

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嵐、特に大野さんに溺れています。
「空へ、望む未来へ」は5人に演じて欲しいなと思って作った絆がテーマのストーリーです。
他に、BL、妄想、ファンタジー、色々あります(大宮メイン♡)
よろしかったらお寄りください☆


男はそれには答えずに、

「妹さん、大きくなりましたね」

と小さく微笑んだ。

「コーヒーでよろしいですか?」

粉をセットし、ゆっくりとお湯を注ぐ。店内に香ばしい香りが広がる。でも、二人の間に漂っているのは張り詰めた緊張感だった。

「…どうぞ」

差し出す智の手が微かに震え、カップがソーサーと触れ合いカチカチと小さな音を立てた。

「…いい香りだ。本部のコーヒーとは大違いだ…」

男は目を閉じ、香りを吸い込んだ。そして、ゆっくり目を開けると、カップを両手で包み大事そうにそっと持ち上げた。一口啜って再び目を閉じる。智は複雑な表情で男を見ながらカウンターを出た。入口の木製の札を準備中に変える。鍵をかけ、レースのカーテンを引き、照明を落とすと、カウンターの中には戻らずに、ミニひまわりの花束を手に取った。
ちらりと見た横顔はまだ目を閉じたままだ。智は言葉が見つからず、再び花束を置くと男から二つ離れた椅子に座った。

「…智…さん」

ふいに、男が智の名を口にした。

「僕は、あなたにお別れを言いに来ました」

「…どういう意味だ?」

花に目を落としたまま掠れた声で問い返す。男はゆっくりと目を開いた。

「部隊が動き出します。組織が総力を掛けたプロジェクトの開始です」

と言って、ポケットから一枚のディスクを取り出した。

「あなたの任務についての詳細な情報です。僕が志願して届けに来ました」

ディスクを二人の間に置くと、男は再びカップを手に取った。

「今回は僕も前線に参加する事にしました」

小さな声で告げ、静かな動作でコーヒーを飲み干した。智の表情が動いた。

「なので、あなたにこうして会うことはもう出来ないかもしれない。だから、最後にお別れを言いたかった」

淡々とした口調で続ける。

「…何故、そんな事を」

男は答えずに空になったカップを置いた。

「もう一杯いただけますか。とてもおいしい。本部のはコーヒーとは名ばかりで、ただの色つきのお湯ですからね」

智はカウンターの中に戻った。新しい粉をセットする。ポットから熱いお湯を細く回しかけ、合間に暖めたカップを用意する。男はその一連の動作を目で追った。

「相変わらず、動きに無駄がない。しなやかで美しい。その繊細な指先が恐ろしい武器を操るなんてとても思えない…」

「何故だ?」

言葉を遮り、質問を繰り返した。コーヒーの香りが再び二人を包む。男はミニひまわりの花を一輪手に取り、

「沙耶さん、綺麗になりましたね。一緒にいたのは、ボーイフレンドですか?」 

花をくるくると廻す。智はその手から花を抜き取ると、手を伸ばし新聞紙ごと花束を抱えた。そして、蛇口から水を流しながらひまわりの茎の水切りを始めた。ゆっくりと時間が過ぎる。流水の単調な響きが、再び過去の記憶を呼び起こす。


―20年前―

智はその日から三日間眠り続けた。体に異常があったわけではない。脳波には安眠を示すアルファー波が頻繁に現れていた。椎名は安らかなその寝顔を見て、智は野生の動物のように自分自身の治癒力で心と体の傷を懸命に修復しているのに違いないと思った。だが、さすがにもう体力的に限界のはずだ。どうしたものかと自室で今後の対策を考えていると、胸ポケットのPHSが鳴った。

「はい、椎名…」

「先生、智君が目を覚ましました!」

看護師が興奮した声で告げる。

「本当か? すぐ行く!」

椎名は部屋を飛び出した。病室までのわずかな距離に様々な悪い予測が頭を過ぎる。

(どうか、無事でいてくれ!)

祈るような思いでドアを開く。看護師は落ち着きを取り戻し、聴診器で心音を聞いていた。

「様子はどうだ?」

「全て正常です。でも…」

眉をひそめ智の顔を見る。虚ろな目が宙を見つめている。焦点が合っていないようだ。

(しまった、やはり心が壊れてしまったのか…)

椎名は唇を噛んだ。その時、

「…しい、な」

小さな声が智の口から洩れた。

「何だ?」

「何?」

二人が同時に応える。

「ふふふっ、やっぱり二人とも返事した」

「え?」

椎名が怪訝な顔をすると、智が、意外としっかりとした声で続けた。

「看護師さんも同じ名札つけてたから、どっちが返事するかなって思って…」

「あ…」

椎名は妻のいずみを振り返った。半年前に結婚し普段は違う科にいるが、今日は臨時休暇を取った看護師に代わり、ピンチヒッターで智に付いていたのだ。

「先生たちって、兄妹?」

「私たちは夫婦よ。新婚さん」

にっこりと笑っていずみが答える。その間も手は休むことなく体を調べている。

「俺が分かるんだな?」

処置をいずみに任せ、椎名はその表情を見ていた。

「わかるよ。どうしたの? 先生」

「いや、分かればいいんだ」

椎名はほっとして大きく息を吐いた。智とは逆に、眠れない夜を送っていた夫の苦悩を間近で見ていたいずみも、安堵の思いでそれを聞いていた。



 続く…