1年間のMDの仕事は満足の行くものではなかったが、

この時のデザイナーとの縁で思ってもいなかった仕事に挑戦することに・・・

 

 

デザイナーの友達から

「専門学校のファッションデザイン科の学科長をしてくれる人を

探しているのだけど誰かいない?」

という問いかけがあった。

 

 

教職の世界に紹介するような知り合いもいないし

もちろん自分自信も縁のない世界だと思っていた。

 

「ちょっと心当たりはないわね。」

と軽く受け流していた。

 

 

ところが話はそこで終わらなかった。

 

 

しばらくした頃

またその友達から声をかけられた。

 

「学科長をやってみる気ない?」

「一応学校長と話をしてみない?」

思ってもいない提案にしばし考え込んでしまった。

 

 

確かにファッションという点では共通しているが、

学科運営となると皆目見当もつかない。

 

 

今までやってきたファッションデザイナーの仕事は、

どちらかというとデザイナーが主導権を持っていて

自由な発言のできる世界だった。

 

 

教職の世界で自由な生き方をしてきた自分がやっていけるのだろうか?

 

ましてや50代で経験のまったくない人間が

他の学科長と肩を並べてやっていけるのか想像すらできなかった。

 

 

いつもだったら好奇心が優先するところだが、

今回ばかりは「できれば関わりたくない」と及び腰の自分がいた。

 

 

 

いろいろ考えあぐねた結果

一応話だけでも聞いてみようかと思い

学校長と会うことにした。

 

 

 

 

学校長の話は、

けして生やさしいものではなかった。

 

 

前任の学科長が、講師に専念したいということで辞めることになったこと。

そこにはかなりハードな仕事が想像できた。

 

学科の講師の中に派閥らしきものがあるらしいこと。

新米の学科長としては大きな不安材料である。

 

ファッションデザイン科主催のファッションショースタッフの

管理をしなくてはならないこと。

「皆目見当がつかない。」

 

学科の運営に当たり、独自のプレゼンテーションをすること。

「やったことがないし、専門学校のことすら初めてである。」

 

学生指導と授業を持つこと。

「どれも経験がないし、できるだろうか?!」

 

 

他の10学科の学科長の中にはベテランの人も多い中

新任だからといっても学科長として入る以上新人では務まらない。

 

 

これだけわからない世界に足を踏み入れることは

怖いもの知らずのジュンヌもチャレンジする理由が見つからなかった。

 

 

半分以上断るつもりだったが・・・

ある人から「せっかくのお話だから考えてみたら?」と言われた。

 

 

自分では答えが出せず、

ある専門家に相談した。

 

 

「確かにこの仕事はとても大変でしょう」

「でも、3年、5年と期間を決めて乗り越えていった時、

あなたの今までにないスキルが認められ、

また他の仕事が来る可能性もありますよ」

あえて茨の道を進めてくれる人がいた。

 

 

 

熟考した結果、

50代の自分にとってこの機会を逃したら

二度とこのような仕事の話は来ないだろうと思った。

 

「できないことだったら話は来ないはず!」

 

「清水の舞台から飛び降りる気持ちでやってみよう!」と決心した。

 

 

これからどんな大変なことが起こるかも想像できなかったが、

3年は頑張ってみようと自分に言い聞かせた。

 

 

 飛び込んだものの

人生でこれほど自分の無力さを感じることになろうとは知る由もなかった。

 

 

次回に続く。

 

 

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4章:自立への道

4章-1 【デザイナーのプライドを捨てることから始めた自立の道】

4章-2 派遣販売員からMD(マーチャンダイザー)へ!