専門学校の学科長として着任して

最初に直面したのは、パソコンのスキルのなさだった。

 

メールやワードくらいしか使ったことがなかったのに、

学科のプレゼン作りや

オープンキャンパスのパワーポイント作成をしなければなくなり、

とたんに困った。

 

 

助手やスタッフに教えてもらいながら

なんとか形にはしたが、

 

時間ばかりがかかり遅々として進まない。

 

 

学科の年間計画や授業と講師の配分。

学科の予算出しをし、

必要なものの予算を取るために稟議書なるものを書かなくてはならない。

 

 

必要なものを購入するにも前もって稟議書を出さなくてはならず、

すぐに購入することはできない。

 

その稟議書が中々通らず、何度も返され書き直した。

 

 

 

デザイナー時代は、必要なものは先に購入して

領収書と引き換えに現金をもらえたのに・・・

この稟議書というものに悩まされた。

 

 

 

さらにファションデザイン科は授業以外に

他にはない大きなイベントチームを抱えていた。

 

 

前任から引き継いだ「ファションショースタッフチーム」

年間3回ほどファッションショーをやるために

ファッション科以外の学生も加わっていて、

「ショーモデル」「舞台スタッフ」「音響スタッフ」「衣装担当」etc….

 

2年生から1年生に引き継がれて一緒に作り上げていた。

 

 

特に「卒業制作ショー」は外部の会場を借りるため、

会場探しや予算取りのための稟議書など時間がかかった上

事細かなチェックが入り、泣きたくなるようなこともしばしばあった。

 

 

 

学科長の仕事はこれで終わりではない。

学科担任としての学生指導は学生だけではなく、

休みの多い学生と保護者との3者面談もあった。

 

 

2年制になると就活のための指導や

企業へのアプローチなど目に見えない仕事が山のようにある。

 

 

授業も持たなくてはならないのだが、

今まで授業をしたことがないため、

他の先生の授業を見学して授業を進めた。

 

最初は学生との距離感もつかめず、

緊張していたため、信頼関係もうまく結べないでいた。

 

 

1年間はすべてが未知との遭遇だった。

 

 

胃が痛くなるようなことばかりで、

無力な自分を思い知った1年でもあった。

 

このまま続けていけるのだろうかと

いつもとは違った弱気なジュンヌがいた。

 

 

 

2年目になると、全体の流れは見えてきたが、

相変わらず学科長会議や学科運営、稟議書のたぐいは好きになれなかった。

 

 

ただ、学生との距離が急激に縮まって可愛いと思えるようになってきた。

特に、優等生よりも手を焼かせる子ほど可愛く思え、

その子達が変化していく姿を見るのが嬉しかった。

 

 

3年目になっても相変わらず業務は減らず有給も取れない状態で、

夜も遅くまでかかることが多く、

その頃の写真を見ると疲れた顔をしている。

 

 

 

3年も終わりに近づいた頃、

身体に異変が起きた。

 

 

朝、起きると手がこわばり、指を曲げようとすると痛い。

ベッドから立ち上がろうとすると足の裏に痛みを感じる。

 

一番辛かったのは階段で、特に降りる時は膝が痛くて

手すりに掴まって少しずつ歩を進めることしかできなかった。

 

 

父がリュウマチだったこともあり、

いよいよ自分もリュウマチになってしまったのかと落ち込んだ。

 

 

「来年も続けるだろう!?」

と学校長から言われたが、

即決ができなかった。

 

リュウマチ専門の病院に行って

検査してもらってから決めることにした。

 

 

 

検査結果は、

リュウマチの要因は一切ないということだった。

 

「えっ!?」ホッとしたと同時に、

「では、この症状は何?」

 

ストレスが原因だということを思い知らされた。

 

 

37歳の時、乳癌を患った時はわからなかったが、

思えば、あれもストレスが原因だったとその時確信した。

 

 

このまま放っておいたら取り返しのつかないことになる

という危機感を身体が教えてくれたのかもしれない。

 

激務の学科長の仕事を辞める決心をした。

 

 

そして、

学生と関わる講師の仕事だけにすることにした。

 

 

 

学科長をやめて身体を休め、

好きなことだけして楽しんでいると段々と症状が緩和して、

4ヶ月たった頃にはすっかり元気な身体に戻っていた。

 

 

この体験を通して、ストレスの恐ろしさを知るとともに

ストレスに対して関心を持つことになった。

 

 

次回は、ストレスから身体を守るためにやることは・・・

 

 

 

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4章:自立への道

4章-1 【デザイナーのプライドを捨てることから始めた自立の道】

4章-2 派遣販売員からMD(マーチャンダイザー)へ!

第4章-350代で遭遇した人生最大のチャレンジ!】