〈搾取される歯科技工士〉「時給換算すると1005円、都の最低賃金以下」「粗悪品しかつくれない」現場の悲痛な声…自民党の「歯科技工士議連」に質問状を送ってみると…〈8月1日は歯が命の日〉
8/1(木) 8:01配信
集英社オンライン

入れ歯や差し歯を歯科医の指示でつくる「歯科技工士」。その労働環境が悪化して成り手が減り続け、入れ歯などが必要な人に行き届かない時代がくるのではないかとの懸念が強まっている実態を集英社オンラインは伝えてきた。私たちの口に入る入れ歯や差し歯の品質を高めるにはどうしたらいいのか、現場の技工士と、彼らの声を政治に反映させる立場にある自民党の議員連盟(会長・上川陽子)に聞いてみた。

技工物を軽視する歯科医が増えた背景

これまでの取材で、歯科技工士の待遇が悪化し、市民の口腔の健康がおびやかされつつある事態が、下記のような構造的な理由でできあがっていることが見えてきた。

(1)歯科技工物の制作にかかる保険請求は歯科技工士が直接行うのではなく、患者の歯型を取って技工士に制作を発注した歯科医が行う制度になっている
(2)この保険請求に基づき支払われる技術料について、国は、おおむね歯科技工士の取り分を7割、歯科医は3割とするよう指針を出しているが、歯科医が発注する立場を利用して自身の取り分を多くするために技工士に値引きを求め、技工士が「7割」を受け取れない状況が常態化している
(3)そもそも歯科技工物の制作にかかる保険点数が低いため、技工士は最低賃金水準の収入の確保も難しい

歯科技工士は技工物の単価が安いため「薄利多売」でしのぐしかなく、ひとつひとつを作るのに時間をかけていられない。そうなれば個々人の口の形に合わせた技工物の品質は低下するしかない。患者にすれば恐ろしい話だが、こうした状況はすでに深刻化している。

高い技術力を誇り、自由診療による高価な技工物の制作を多く手掛けてきた都内の歯科技工士Aさんが業界の実態を改めて解説する。

「保険適用なら、奥歯のかぶせ物だと技術料が2870円、指針通り7割が歯科技工士に配分されたとすれば、受け取れるのは2010円です。私ならきちんとしたものを作るとすると1日8時間で4つ作るのが精いっぱいです。一個に2時間はかかります」

時給に直せば1005円。東京都の最低賃金である時給1113円を下回り、数十年のキャリアを持つ技術者の収入としてはあまりに少ない。しかもこれは国の指針通り7割がきちんと支払われた場合であって、歯科医のダンピング要求で技工士の取り分はさらに少ない場合が多い。
なぜこれほど技工士の技術が軽視されているのか。質の悪い技工物が出回れば歯科医にも不利益にならないのだろうか。

「歯医者さんはでき上がってくるもの(技工物の質)に興味がないから『安いものがいい』となるんです。その背景には歯科医の養成課程が変わったことが大きいと思います。
以前は歯科大で歯科技工の実習が行われていましたが、今はやらないみたいなんですよ。(歯科医は)自分たちのカリキュラムから外れた時点でまるっきり興味がない。多くの歯科医は何がよくて何が悪いかもジャッジできないんです」(Aさん)

歯科医の中には、最初から精巧な技工物を求めない者までいるという。

「私たち歯科技工士は歯科医が患者さんの口から型を取ったものを元に入れ歯や差し歯を作りますが、そもそも型取りをきちんとできない、技術のない歯科医が多いんです。型取りができないといくら精巧な技工物をつくっても口にきちんと入らない。
そこで、できあがったものを『口の中で合わせる』と言うのですが、患者さんの口に入れるときに削ったりして調整するんです。でも、きちんとした型取りを元に精密に作った技工物ならすぽっと口に入るはずなんです。

歯科医としては下手な型取りを忠実に反映させた質の高い技工物ができてくれば、患者の口にうまく合わないのは自分に技術がないからだとバレてしまう。そこで、むしろ“適当なもの”でいいから安く作らせ、口に入れるときに調整すればいいや、という考え方になるんです」(同)

信じがたい話に困惑する記者に、Aさんは「びっくりするほど世の中にはいい加減な歯科医が多い。本当に僕、知らない歯医者には自分の口、開けられないです」と続けるのだった。

最大の課題は歯科技工士が直接保険請求できないこと

そんな歯科技工物が口に入れば当然不具合が起きてくる。だが、例えば入れ歯なら6ヶ月に1回、作り直しに保険が適用される。「半年使えるものでいい」という感覚で口にはめられ、患者が違和感を訴えても「保険(診療)だったらこんなもんです」と取り合ってもらえない治療が蔓延しているというのだ。

Aさんはこうした風土の中で多くの技工士の技術が劣化し、また待遇が改善されないことを憂慮しているという。そしてこの状況は歯科技工士が保険点数を直接請求することでしか打開できないとみる。

「技工士が直接請求すれば技術の向上は絶対見込めます。だって技工物の料金が(歯科医が示威的な取り分を得られなくなることで)同じ料金になれば、歯科医はより上手な技工士を探すし、歯科医自身も(型取りの技術を上げるため)一生懸命勉強する、という流れが起きると思います。患者さんの口に入れる時に1時間かけて“合わせる”必要がある入れ歯よりも、すぽっと入る入れ歯を用意した方が歯科経営にもプラスになるからです」(Aさん)

集英社オンラインが歯科技工士業界の現状を伝える連載を始めてから、全国の技工士やその家族から多くの声が寄せられた。おおむね共通していたのは、保険点数請求を直接行えないことで歯科医にピンハネされ、良質な入れ歯を作りたくともかなわない、という嘆きだった。

こうした訴えを政治はどう受け止めるのか。自民党の『歯科技工士に関する制度推進議員連盟』(上川陽子会長、松本洋平事務局長)に、

(1)歯科技工士と歯科医がおおむね「7対3」の割合で技術料を配分するとの国の指針が履行されていない状況を改善するため何が可能か
(2)歯科技工士からは保険請求を直接行えるよう制度を改めてほしいとの要望が多くあるがどう考えるか
(3)最低賃金水準の所得の確保も難しいとの指摘がある歯科技工物の製作にかかる保険点数の水準をどう評価するか
(4)歯科技工物を医療機器として位置付けるべきだとの声をどう考えるか

―など、連載で浮かび上がってきた課題を尋ねると、項目を分けずに一括して回答があった。

保険請求に関して議員連盟の回答は…?

回答は、歯科技工士の役割の重要性を強調し、高齢化を大きな問題と認識しており「国民生活を支える歯科技工士を確保するためには、その労働環境等の改善が必要不可欠であると考えています」と表明。そのためさまざまな問題に取り組んできた、と説明した。

その上で(1)と(3)の質問を念頭に、

「労働環境等の改善のために、いわゆる『7:3』の割合で技術料を配分するとの指針をより明確にするために、平成 30 年において『材料費を除いた部分について、7:3 の割合で技術料を配分する』との疑義照会の結果が示されるなど、より一層、技術料を明確にし、歯科技工士が適正な対価を受け取ることができるように努めて参りました。
また、診療報酬改定時には歯科医療費の確保に向けて働きかけを行い、令和 6 年度診療報酬改定においては、歯科技工所で従事する者の賃上げ等の観点から、歯科初診料、再診料の引き上げだけでなく、歯科補綴(ほてつ)物に対する診療報酬の引き上げが行われました。診療報酬改定の影響の調査の中で、歯科技工所における賃上げの状況等を把握する調査も行われる予定と聞いています」

と表明した。一方、(4)に関しては、

「歯科技工物は、歯科技工士法に定める歯科技工指示書によって作成されており、歯科技工物の作成にあたっては作成管理及び品質管理に関する文書(歯科技工録)を作成することが求められています。また、2023 年 12 月には、都道府県に対し、取引先の歯科技工所の開設届出の有無を歯科医療機関が的確に識別できるよう、開設届出を行った歯科技工所に管理番号を付与してホームページに一覧として掲載するようお願いしました。
こうした取組を通じて、国民の不安等に応え、品質の良い歯科技工物を国民に提供するためにトレーサビリティの強化を促進して参りたいと思います」

として現行の制度を維持するのが妥当との考えを示している。

回答はさらに、

「歯科技工や歯科技工士に関する課題は歯科全体の問題として考えることが必要であり、歯科医師の皆様ともよく相談しつつ、現場の声に耳を傾けて課題解決に取り組むことが重要です。また、近年、歯科医療においても広がっているデジタル技術等の新たな技術導入を後押しすることなども含め、歯科技工士の業務の改善に向けたあり方を検討することも必要だと考えています。
いずれにせよ、歯科技工士は国民の健康で文化的な生活を守るための重要な存在であるとの認識のもと、国民に必要なサービスを提供し続けることができるように、現場の皆様の声を大切に、労働環境等の改善を含めた歯科技工士の方々が働き続けることができる環境の整備に向けて、引き続き検討して参る所存です」

と表明している。
しかし、上述のように、保険請求を直接行えるよう制度を改めてほしい、という最も多い要望に関する言及はなかった。

「歯科医が保険請求をするというのが(歯科医には)一番おいしいところですね。それが進んでいく先に歯科技工士がどんどん離職していっている。回り回って一番の被害者は患者さんということになる」

都内のベテラン歯科技工士が指摘する問題の核心には、いまだに手がつけられる気配はない。

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