去る2020年3月26日に令和元年度歯科技工士国家試験の合格発表が行われ、882名が受験し838名が合格(合格率95.0%)した。
歯科技工士を目指す学生が減っていると叫ばれるなか、合格者が前年比40名増加となり(前年798人)減少傾向は一旦踏みとどまった。
ここ数年は合格者数で一喜一憂する状況が続いてることから、本記事では各養成機関の歯科技工士養成機関の現況に理解を深めて頂きたくお伝えしたい。

 

●瀬戸際の状態が続く歯科技工士学校、その現状と課題とは?

 

偏在する歯科技工士養成機関
資料によると48校の歯科技工士養成機関から受験があったことがわかる。単純計算で都道府県数より多いことから各県に1校あることになるが、実際は東京と大阪などに複数校あるため、15県には養成機関がない状況である。
なお、歯科衛生士の養成期間は47都道府県全てに設置されている。学校の無い地域から歯科技工学校へ入学しようとするならば費用負担は大きくなり進路の選択肢から外されてしまう可能性がある。
その他職種に比較し魅力的であれば候補に残るだろうが、現状は以下の表からも読み取れる通り厳しいと捉えるのが妥当だろう。

 

歯科技工士養成機関がない県
東 北:    秋田
関 東:    群馬、山梨
中部北陸:静岡、福井、長野、三重
関 西:     和歌山、奈良、兵庫、岡山、滋賀
四 国:     高知
九州沖縄:長崎、沖縄

 

 

●歯科医師による受験の痕跡
本題から外れるが、上記の表には55校が記載され、うちの7校は歯科医師の養成機関である歯科大学からの受験であった。
いずれも既卒であり、歯科医師免許を取得済みとすれば記念受験なのか、もしくは歯科医師国家試験は落ちてしまい歯科技工士の道を選択したのか、推測の域を脱しないが興味深い内容である。
なお歯科大学からの受験者は9名で、全員合格していた。

 

●規則定員数を満たせないという問題
各学校の受験者数を詳細に見ていくと、新卒の受験者数が10名を切っている学校が13校あることがわかった。なお、本資料に記載の人数は実際の学生数とは異なる可能性があることに留意したい。
ここで10名未満という数字には意味があることを覚えていただきたい。歯科技工士学校養成所指定規則第二条の五には、“学生又は生徒の定員は、一学級十人以上三十五人以内であること”と規定されている。

 

つまり受験者数が10名未満の養成機関はこの規則に準じていない可能性が高い。その学校が48校中13校あるということは1/4以上の学校は定員割れということになる。厚労省が歯科技工士の養成と確保の検討委員会を開催する理由はここにある。
以上のように歯科技工士の養成機関の現状は非常に厳しいことがわかった。なお、厚労省は10名以上という規則を変更する方針を立ているが根本的な問題解決にはならず、その場しのぎの対応と言わざるを得ない。

 

●学生集めに奔走する歯科技工士学校
厚労省の検討委員会では現状をどのように認識しているのか。報告書から以下の文章を引用しよう。
「歯科技工士という職業に対して、長時間労働や低賃金というイメージが(学生だけではなく、進路指導の教員も含めて)あり、歯科技工士養成施設は進路の選択肢の中で敬遠される」

 

残念の一言に尽きる。学校はこのような状況に置かれるにも関わらず運営のために学生を集めなければならない。各校のHPを見ていくと、常時オープンキャンパス開催や入学金/授業料の補助や給付を案内して、学生集めに必死だ。
「負のサイクル」から抜けるためには?
学校側が来るもの拒まずの状況で、はたして卒業生の質は保たれるのだろうか。定員割れの状態では疑問に思わざるを得ない。

 

40−50年前の入学試験は倍率が非常に高かった。その世代の方に聞くと、歯科技工士が儲かったイイ時代だったと聞く。
下世話だが儲かる職業にはいつの時代も人は集まるものだ。負のサイクルを抜けるポイントは簡単である。現役世代が不幸自慢を止めて、歯科医療に貢献しながら儲かるアピールをしていけば良いのである。


 

 
 
(加藤の一言)

 

現状の技工士が負のサイクルをから抜け出すことは、簡単ではなく困難なことである。
歯科医師は補綴料金を決められた金額で国から受け取り、それでいて歯科医師に納品する歯科技工士の製作する補綴物には定価はなく自由価格で販売されている。
そのため歯科技工士自らが価格を下げ、未だに価格競争で仕事を確保している現状が散見されるからである。
現実的に、一社が価格を上げれば他社がそこにつけこんで仕事が奪われ潰される可能性が大いにある。その様な状況下の技工業界では、まだ儲かるアピールをするほど価格を上げることは難しいのである。

 

解決策は「公的委託技工料の大臣告示」しか無いのだが、過去その大臣告知も曖昧な形となり現状を迎えている(参考資料)。

 

さて負のサイクルを抜けるポイントは、現役世代が不幸自慢を止めて、嘘をついて「儲かるアピールをしていけば」生徒は集まるのだろうか。このネット社会においてそんな嘘はすぐ見破られる。
 
今考えられる技工業界が負のサイクルを抜け「儲かるアピール」をするためには、唯一「技工学校が減り、生徒が減り、現役技工士が引退し、もっと技工士の数が減る」ことに尽きる。それが良いか悪いかは、別の問題であり、またそうなれば海外委託解禁、免許制度廃止などという議論を生み出す切っ掛けにもなりかねない。
 
そうならないためにも、(厚労省もすでに理解していると思うが)いまだからこそ「公的委託技工料の創設」の議論から目を背けずに真摯に向かい合うときではないのだろうか。
 
 
(参考資料)

【歯科技工所アンケートを読む】第4回 「7対3」大臣告示

告示「知らない」半数超  

告示が出されてから長い期間が経過しているため、「7対3」大臣告示を知らない歯科医師も多くなっている。岩手、宮城各協会のアンケートでは、「7対3」大臣告示を知らないとの回答が、半数を超えていた。

 

(厚労省の資料)

歯科技工士の平均年収は408万円と理学・作業療法士の393万円より若干高く悪くないように見える。しかし時給を比べると歯科技工士は1088円で、理学・作業療法士は2951円と3倍近い差が生じている。歯科技工士は看護補助者の1072円に近い。ちなみに最低賃金法の平均は930円である。

 

この厚労省の表からも歯科技工士の年収は長時間労働の結果であることが理解できる。イメージではなく、厚労省の資料が歯科技工士という職業は長時間労働で低賃金であることを示している。

医療職種別時給からしても、若者の歯科技工士の選択は最後の最後の選択と言っても良いかもしれない。