こんにちは。ままんです。
今日は少し重たいけれど、私が離婚するまでの結婚生活の中で学んだ、「家族」「嫁」「尽くすこと」についてのお話をしたいと思います。
これは過去の私自身の体験であり、今だから冷静に振り返れる、ひとつの人生の授業です。実体験なので、話しを少し変えています。
H家に嫁いだ私の結婚生活
私は、うつ病を患う姑、モラハラ気質の舅、そして男の子2人の家庭の次男と結婚しました。結婚当初はまだ若く、「嫁として頑張らないと」そう思いながら生活していました。
数年後、義兄が結婚。年上でしっかりした印象のお嫁さんでした。しかし結婚直後、義姉は姑にこう告げました。
結婚式はしません
親戚付き合いもしません
私たち夫婦に関わらないでください
まさかの“絶縁宣言”![]()
正直、私は「冷たい人だ」と思いました。
私は11年間、姑の介護を続けた

私は姑の近くに住んでいたため、自然と介護や対応を担うようになりました。精神疾患があった姑は、何度も呼び出し1日に何度も電話突然のトラブル私はそのたびに駆けつけ、必死に対応しました。
「嫁としての務め」そう思っていました。もちろん姑は義姉にも電話をかけていましたが、義姉は冷静に距離を取り、「何度も電話をかけないでください」と、はっきり伝えていたそうです。
当時の私は「なんて冷たいんだろう」そう思っていました。でも、後になって気づきました。義姉は、姑の性格を理解して自分の家庭を守っていたのだと。
11年目の夏、突然の離婚

結婚11年目の暑い夏の日。夫から突然、「浮気相手と一緒になりたい。離婚してほしい」と言われました。
突然のことで頭が真っ白になりましたが、夫の意思は固く、私たちは離婚することになりました。
最初、姑は私の味方でした。でも次第に息子をかばうようになり、最後にはこう言われました。「浮気されたのはあなたが悪い」そして私は、息子と一緒に家を追い出されました。
11年間、介護し、尽くしてきた日々は、あまりにもあっけなく終わりました。
数年後に起きた相続の話
その後、数年の間に舅元夫姑が亡くなりました。相続権は、私の息子と元義兄に発生しました。
しかし、「財産は100万円しかない」と言われました。私は、もっと大きな資産があったはずだと感じていましたが、結局、息子にはほとんど何も渡りませんでした。
風の噂では、義兄夫婦は裕福に暮らしていると聞きました。
今だからわかる、義姉の“強さ”

結婚していた当時、義姉の態度は冷たく見えました。でも今ならわかります。
義姉は、距離を守り家庭を守りお金も守り自分の人生を守った賢く生きていたのです。
そして私は、すべてを背負い込み自分の家庭を後回しにしてしまった結果、家庭は崩壊しました。
尽くしても、真心が伝わらないこともある
私はこの経験から学びました。どれだけ尽くしても、必ずしも感謝されるわけではない。どれだけ頑張っても、守ってくれる人ばかりではない。
それでも、その経験は、今の私の人生を支える大切な学びになっています。
わたくしは、今でも、おせっかいだけどね…。
今、結婚している方へ伝えたいこと

義理の家族を大切にすることは決して悪いことではありません。
でも、一番守るべきなのは、自分と自分の家庭です。無理をしてまで背負い込まないでください。境界線を引くことは、冷たいことではなく、自分の人生を守ることです。
最後に

これは私にとって、とても痛い授業料でした。でも今は思います。あの経験があったから、私は本当の意味で「自分を守ること」を学べたのだと。
もし同じように悩んでいる人がいたら、どうか一人で抱え込まないでくださいね。あなたの人生は、あなたが守っていいんです。
それと人生は戻ってこないんです、人ではなく自分自身を大切にしてくださいね。