私の父は昨年七回忌を済ませた大正生まれの物静かな人で、私は叱られた事は生涯一度だけであった。もちろん手を上げられたことは一度も無いし母との夫婦喧嘩の記憶も無い。生涯を地方公務員として全うした真面目を絵に描いたような人であった。


その父が私が大学に合格したときにこの本だけは読んでおけといったのが「出家とその弟子」(倉田百三)である。


1917年(大正6年)に岩波書店から単行本として出版されたとたん大きな反響を呼び、ノーベル文学賞を受賞したロマン・ロランも感動して1932年にはフランス語訳が発刊されたほどの本である。

私が最近五木寛之の本の中に「出家とその弟子」の話が出ていたので、久しぶりに読もうと本棚を探したが見つからなかったので購入しなおした。


 読んでいてその内容はもうすっかり忘れていたが、改めて読んでみてその「罪について、死について、愛について」親鸞と唯円の対話を中心に構成されている内容に感動させられた。


18歳の時には理解できなかったことが数十年の年月を経て理解できることが多く良書は人生を豊にするものだと実感させられた。


 
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 今朝は普段でも警察官の多い界隈の赤坂周辺が明日からの「日中韓首脳会議」の影響でものすごいことになっている。


早朝6:35頃に毎朝迎賓館の前を通るが今週は警察官の姿が多く、今朝は特にニューオータニに装甲車が10台近く止まっていて、毎朝日本庭園を誰もいない中通行している私は職務質問を警戒し?笑顔で「おはようございま~す!」と警察官にご挨拶をしながら出勤した。


そんな中今朝も7:00開店の3分前に赤坂見附のファーストキッチンがオープンしてくれてなんかこの3分が嬉しいものです。

私は大体三番目に並んでいるのだが、毎朝観察しているといろんな人々がいて面白いものだ。


TOPに並んでいるおじさんは50代後半のサラリーマンで朝食セットを頼み定期券を見せて10%の割引をしてもらっている「定期券おやじ」。

2番目に並んでいるのは60代前半のリュック姿の「リュックおやじ」。

二人とも喫煙者なので2Fのガラス張りの中へ消えてゆく。そして「定期券おやじ」は必ず席を取ったらトイレへ駆け込むのが常だ。


 私は非喫煙者なので赤プリの見えるカウンター席の端っこに陣取り、コーヒーとお水を飲んで7:52まで過ごすことにしている。

そしていろんな人が入れ代わり立ち代わり入ってくるが、今朝も50代の日経新聞に赤線を引きながら近くのコンビニで買ったパンを食う「コロッケパンおやじ」が横に座ったが、店員が見回りに来ても堂々とよそで買ったパンを食う神経には驚かされるというか、絶対に友達になりたくない人種である。


女性も2割ほどいらっしゃるがだいたいはレポートなど見ながら仕事をする真面目な人々が多く、思わず振り返るような美人さんはいないので安心して?新聞を読んだり文庫本を読める。

六本木の時は喫茶店に入っても見たことのあるようなモデルさんやタレントさんがしょっちゅういたので、気が散って仕方なかった・・・


そんな時間を毎朝過ごしながら平河町のオフィスへと向かうのであります。


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 最近昔読んでいた五木寛之の本を読み直しているが、歳をとっての感想が昔と変わっていることを実感している。


彼は「他力」を海外で「TARIKI」とそのままの言葉で出版して好評だったが、その中でヨットの話が出てきて大学生のときヨット部に所属していた私は納得していることが多い。私の操縦していたヨットはエンジンのついたクルーザーではなく小さなディンギであった。


エンジンのついていないヨットはまったくの無風状態では走ることができない。少しでも風があるとなんとかなるがまったくの無風ではお手上げで、そんなに頑張っても無駄だ。


「自力」ではダメなので「他力」の風が吹くのを待つのだが、そのときにヨットの帆を降ろして居眠りしていれば走る機会を逃してしまう。

だからどれだけ無風状態が続いてもじっと我慢して注意深く風の気配を待ち、空模様を眺めて風を待つ努力が必要だというような文章です。


「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが彼はこの天命を「他力」と読み替えて、死に物狂いで人事を尽くそうと決意してそれをやり遂げる。それこそ「他力」の後押しが無ければ実現しないということです。


 私はスナイプや470でクルーをしているときは、無風のとき本当に回りに目を凝らして小さなブローを探して、スキッパーの先輩に正確に伝えなければ為らない。


琵琶湖だったから風の状態が微妙で、どこから風が吹いてくるかの予測が勝敗を分ける重要な部分を占め、無風の状態は緊張したものです。

海で練習している他の学生達との交流戦では、圧倒的に琵琶湖で練習している我々の優位性は絶対で、まあ学生日本一であったと当時は自負していた。


しかしそういう常勝が宿命づけられている体育会であったために、あるときいやな経験もしてしまった・・・

ライバルに大切な試合で負けてしまったときに、先輩達が協議し、審判であった実力のアルOBを動かし、無実の他のヨットを失格にして優勝したという経験は、世の中のいやな部分を見せられてまだ18歳の世の中を知らない私は大きなショックを受けたな~・・・


・・・話が横道に逸れてしまったが、ヨットの「他力」のお話はよく理解できた私でありました。



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 3月11日以降のTVその他マスメディアの「頑張ろう日本!」キャンペーンにはもう辟易とさせられる。


 東北の人々は何もかも失って今はどん底の状態なのだから、鬱病の人に「頑張れ!」と言ってはいけないのと同じく「頑張ろう!」の言葉ではなく、ただ自分も同じ境遇になった時のことを考えて、ただ静かに涙を流し募金をするとかボランティアをするのが一番良いことだと考える。


 今の自分の境遇がよい人だけが励ます側に回れるわけで、「頑張って!」の言葉の中にはなにか上から目線を感じてしまうのは私だけか?


 上から目線といえば「土下座」を見るのは気分の良いものではない。

気持ちはわかるが東電の社長に住民が「土下座しろ!」なんて命令するシーンは最悪の気分になってくる。

また焼き肉チェーンの社長の土下座にもなにかその場限りの違和感が見えてくるし、あんまり行き過ぎた行動態度はよくないものだ・・・


 話は変わるが先日の脇谷の件だが、最近の6試合17打数ヒットは1本だけでとうとう1割8分に低迷し、精神的なショックからの立ち直りが普通でないことがうかがえる。



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 今朝の朝日新聞のスポーツ欄に「いまだに続くブーイング」の記事を見て、たまたま4月20日TVでそのシーンを見ていたので感じるところがある。


7回裏2アウト1・3塁で阪神ブラゼルのセカンドフライを脇谷がワンバウンドで捕球したのを土山塁審がアウトと判定して、結局その日は逆転負けとナリ、阪神ファンは怒りまくっていた。私もVTRを見てこれで阪神が負けたら騒動になるな~とは予感できる明らかなものだった。


そしてその後の脇谷の発言「私は捕りましたよ。テレビの映りが悪いんじゃないの?」なんてとぼけたことを言ったものだからツイッターは炎上して、今でも彼の公式ホームページは閉鎖されたままだ。


 そして今朝の新聞記事によると、昨日でも彼が打席に入るとブーイングが起きるようで、今後の彼の野球人生に大きく影響を与えたどころか一生傷がついてしまった。


 プロとしては何も発言しないか「審判が下したジャッジですから・・・」くらいで済ましていればよかったものを、落としたものを捕ったとアピールする上にしゃあしゃあと悪びれることなく発言したことが一生の不覚でしたね。


 一番に野球少年たちへの影響だ。

「バレなければ儲けもの!」とか「正直者は馬鹿を見る!」の発想につながるのが恐ろしい。昔々私たちがワシントンの桜の木を折ってしまった話を聞かされて、正直に告白すると将来良いことがあるよ!の教訓が思い出される。


 とにかくその後の脇谷の打撃成績は無残なもので昨日で217と低迷。

プロとしては開き直ったが、やはり人間としての罪悪感が絶対にあるはずで、たぶん後悔していると思う。


 だから落としたのに捕ったようなポーズはしないこと、サッカーでも自分から倒れてファールを誘うとイエローカードになるように、うそをついて有利に進めることはプロでもやはりやめたほうが良いと思う。


たった一つの小さな嘘が一生を揺るがすことになってしまうという、今回の事件は良い教訓になったと私は見ています。



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