小学5年生の従妹が、友達とのコミュニケーションに悩んで泣いていました。


もうこういうことで悩む年頃になったんだなぁ、と染々。


叔母の説明によると


給食のお味噌汁を良かれと思って友達に運んであげたら、こぼしてしまい、それで友達からキツいことを言われてしまったようです。


キツいことを言われてしまうと何も言い返せなくなってしまい、コミュニケーションが取れなくなってしまうとのこと。


どう思う?


と叔母に聞かれても、なんとも答えられませんでした。


まず私は、良かれと思って誰かに何かをしてあげた経験があまりないからです。


ヒトに優しくすることがとても苦手なのです。


こうしてあげたら、きっとこの人は喜ぶかもしれない。


ということを思い付いても、


それを実行する私の心に偽善はないか?自己満ではないか?とかグチャグチャ考えてしまうのです。


結果、何もできないわけで。


だから、良かれと思ったことを素直に行動に移せる従妹の純粋さ、優しさがとても羨ましかったです。


キツいことを言われた経験ならあります。


誰でもあると思いますが。


そんな時のアドバイスとして、私は何を言ってあげられるだろうと考えて思い付くのは、


もし誰かにキツいことを言われたら、相手を友達だと思っているならとことん喧嘩しなさい。そうでなければ、自分の方が大人だと信じて受け流しなさい。


って言うな、と思いました。


言うまでもなく、私がそうして生きてきたからです。


中学の頃、私はある女の子に嫌われていて、理不尽に悪口雑言を浴びせられたことがありました。


私も彼女が嫌いだったので、ひたすら無視して受け流した記憶があります。


でも時を経た今、本当にそれで良かったのかな?と思いました。


その子とも、正面切って喧嘩すれば、友達になれたんじゃないか。


そういうのも、曲がりなりにもコミュニケーションの一つなんじゃないのか、と思ったのです。


だからこのアドバイスは言わないことにしました(笑)


従妹には、私みたいに友達の少ない女の子にはなってほしくないからです。


休学していたこの1年、私は自分が気を許した相手としか関わってきませんでした。


でも当然復学したら…というか社会復帰したら、そういうわけにはいかなくなるわけで。


苦手な人、知らない人とも関わっていかなければならない。


従妹のコミュニケーション能力より、自分のコミュニケーション能力の方がよっぽど危ういことに気付きました。
体調が戻り、すやすや眠れるようになってから、また以前のように昼間にすやすや眠るようになってしまいました。


そういうわけで、結局また私はこの時間帯に眠れなくなりました。


いつもはひたすらSMS界を徘徊してこの時間に至るのですが


今日は、書きかけていた小説を進めていました。


6月、失恋したショックで一睡もできなくなったある日夜通し朝まで書いていたものの続きです。


あれから、ちょこちょこ読み返してはいたのですがなかなか進まず放置していました。


しかし、絵の上手い友達の


春休み中、1日1絵書こうかな


というTwitterに触発され、急に創作意欲が還ってきたのでした。


とはいえ時間も時間なのでキリの良いところまででやめにしましたが。


久しぶりに小説を書いてみて思ったのが、


ブログじゃん。


ってこと。


ネタが実体験8割だからなのか、一人称を私ではなく敢えて"あたし"としているからなのか、どうも日記やブログの域を出ないような気がしてなりません。


この先動いてくるのか、伏線を回収できるのか、テーマがちゃんと立つのか


正直厳しいです。


昔はファンタジーを書いていたので、書いてる間はもう自分も冒険世界にトリップしているみたいで楽しかったのですが


今の楽しさは、まさにこのブログを書いているときと同じ楽しさなのです。


作品として良いレベルは望めそうもありません。


ですが、ずっとやりたくても踏み出せないでいた執筆という作業に、ひょんなことから踏み出せたのには自己満しています。


あのTwitterのお陰です。


なんだか本当に友達に触発されることが多くなりました。


休学という、一時的な人生からのドロップアウトを経験して、周りから学ぶ姿勢が身に付いたんだと思います。


この一年で、ずいぶん謙虚になりました。


前は、周りを参考にするなんてプライドが高くてできなかったのに(笑)


いつでも、自分が能動的にやりたくてやることが最善で正しいと思い込んで生きてきました。


そういう危うい自信過剰を見直せたことは、休学したことで得た大きな儲けです。


…とまぁ話がズレましたが、今日言いたかったことは、久しぶりに創作意欲が戻ってきて嬉しかったよという、他愛もない話です。
芸術の話、なんて銘を打ちましたが、私に芸術が語れるはずがないのです(笑)


今日はオタクの従弟が初ライブでギターを演奏しました。


「けいおん!!」のあずにゃんに恋して、弾けもしないギターを集めて、そしてギター教室に通い初めて…


ギターを弾きたい動機がオタク丸出しで気持ち悪いとも思ったけれど、


テレビで憧れたものを、自分も努力して並みにやってのけてしまう行動力には感服しました。


どんだけ文学に心酔してようと、何もかけない私とは大違い。


さて、もしも芸術を音楽・美術・文学に3つに大別しようとしたら、(もっとあったらすみません)


音楽はカラオケに、美術はイラストのネット投稿なんかに一番の手軽なアウトプット活動があるのではないかと思いました。


そこで文学はなんだろう…と考えたときに、それはまさにブログなんじゃないかと思いました。


堅苦しくないけれど、自分の好きな言葉を操って文を紡げる。


しかも誰かに読んでもらえる。


もちろん単に日記として活用している人もいるでしょう。


でも私のように、文学に憧れながら、文を書いていたいと思いながら、勇気がなかなか出ない人には、ブログってスッキリするというか…単に楽しいと思いました。改めて(笑)


昔から、実用的な事柄よりも"芸術"に惹かれていた私は、いつも自分はその芸術という表現世界でどんな立場をとればいいんだろうって、益か無益かもわからないことを考えていました。


でも最近、友達とカラオケに行ったり、友達の絵を見たりした中で気づきました。


私が好きなことは


歌わせること
描かせること


そして書かせることじゃなくて、
読ませることでした。


裏を返せば、書くことがやっぱり好きだった、と言うわけです。


文学に関しては


…「文学」が大袈裟なら「文章」に関しては


インプットだけじゃウズウズしちゃうわけです。


友達と過ごすなかで


歌って!
描いて!


は良く言ったけれど


書いて!


はなかなか言ったことがない。


小さい頃、


読んで!


を言ったことはありました。


カラオケに行ったり、
ネットでイラスト見たり、
ブログ書いたり


そんな日常の中で、自分がどの芸術で生きていたいのかがわかったわけです。


大別した、音楽・美術・文学…この3つの中で、自分も携わっていたいのは文学でした。


学芸員になりたいと思ったのも、図録を作りたかったからで、やっぱり書くこととは離れていない動機です。


好きなことがわかってよかった。


それがいつか、得意なことになりますように。